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その檻は開かれない

※別世界線の誠実と利与那の話 2025年利与那誕生日記念SS  男を拾った。  路地裏で捨て猫のように雨に濡れて震えていたそいつは、俺の職場の研究所で被験者に支給されている服を着ていた。  その服は、血塗れだった。 「ほら、飲めよ」  自宅に連れて帰り、とりあえず風呂に入れた。  一先ず俺の服を着せると、温めた牛乳を飲ませる。 (本当に、猫と変わらんな……)  警戒しつつもチビチビと牛乳を飲む姿をジッと観察しながらそう思った。 「お前、伏見利与那だろ?」  そう声をかけると、男はビクッと肩を飛び上がらせ恐る恐るこちらを見る。 「は、はい……あの、貴方は……?」 「お前がいた研究所の、研究員だ」  俺のその返事に、伏見の青白い顔色が益々悪くなった。 「あの、その、ぼ、僕は……」  震えるその手を、俺は煙草に火を付けながら横目で眺める。 「別に、研究所に報告したりはしない。行くところがないなら、ここにいればいい」  煙を吐出しそう言うと、伏見は益々動揺したように震えた。 「…………何で……?」 「……別に、なんとなくその方が面白そうだから」  俺の返事に、目をキョロキョロとさせながら何かを考えるように黙り込むそいつに、俺は毛布を渡した。 「とりあえず、それ飲んだら今日はもう寝ろ」  その言葉に、伏見はコクンと頷いた。  伏見利与那。  近々お役御免(廃棄)予定の被験体だったが、所属ラボの職員10名を皆殺しにして脱走したらしい。  今回の事件は、実験中の不慮の事故で片付けられた。  確かあの部署には死んでも問題ない連中とは別に一般職員も3人程いたハズだが、どうやって揉み消したのやら。  我が職場ながら、恐ろしいところだ。 「あ、あの、佐渡先生……」  ふと、そんな事を考えていると伏見が恐る恐る皿を差し出してきた。 「サンドイッチ、作ったので……どうぞ」 「あぁ、ありがとう」  あれから一月程経った。  研究所は既にいつもの日常に戻っている。  俺はというと、その後も家に居着いたこのデカい猫に暇潰しに色々教えたりしている。 「この中に入ってる玉子焼き、美味いな」 「ほ、ホントですか!? やった……」  いや、犬だったか。  ……なんでかは知らないが、懐かれた。 (よく知りもしない相手に、よくもこんなに警戒心を解けるもんだな……)  まぁ、俺もこれでアッサリ寝首をかかれたらそれまでだが。  嬉しそうにしている伏見の片頬を、なんとなく引っ張る。 「ふぇっ、な、なんれすか」  少し涙目でこちらを見るその顔が、マヌケで少し笑えた。 「昔、お前みたいにすぐにヘラヘラする知り合いがいたんだよ。お前と違って、軽薄そうなヤツだったけどな」 「先生のお友達ですか?」 「……もう死んでるけどな」  あっ、といった風に気不味そうにしたその顔に、謎の満足感を覚えて俺は掴んでいた頬を離した。 「大切な人だったんですね……」  その言葉に、思わず変な顔をしてしまった気がする。 「ただの悪友だよ」 「……」  なんで、こいつが泣きそうな顔をするんだろうな。 俺もなんとなく気不味くなって、残りのサンドイッチに齧り付いた。 「……んむ……っ、ん……ん゛ー!」  伏見の割いた腹に手を突っ込むと、猿轡から苦しそうな声が漏れる。  俺はそれを無視して、好奇心の赴くまま中身を見ていく。  やがて声も聞こえなくなった頃に満足すると、中身を丁寧に戻して再生するまでの繋ぎとして医療用テープで固定した。 「おやすみ」  俺が伏見をベッドに寝かせてそう言うと、まだ意識があったらしくヤツはコックリと頷いた。 (さっさと逃げればいいのにな……)  人として最低限の常識は教えた。  住所不定でも、雇ってくれるところなんていくらでもあるだろうに。  なのにコイツは、いつまで経っても此処にいて。  だから俺は、対価として俺の趣味に付き合ってもらう事にした。 「嫌になったら、いつでも出ていっていい」  そう言うと伏見は毎回頭を横に振るが、その理由が俺には分からない。  でも、もし本当に出ていくのなら。  その時は。  俺も、殺していってくれないだろうか。 _____________________ 「行くところがないなら、ここにいればいい」  そう、あの人は言ってくれました。  辛くて苦しくて、耐えられなくて、あの日何もかも全部メチャクチャにして逃げ出した僕を拾ってくれた人。  何も聞かず僕を受け入れてくれて、何も知らない僕にいろんな事を沢山教えてくれた。  いつもどこか寂しそうなあの人に取り引きを持ちかけられた時は、少し怖かったけど……正直嬉しかった。  研究所にいた時とやっている事は大差ない筈なのに、あの人にジッと見つめられると胸がぎゅっと苦しくなって、でもそれが嫌じゃなくて、唯一彼に触れられるその時間が特別に感じられた。  本当はそれ以外でも触れてほしいと思ってしまうのは、僕のワガママだって分かってるけど……でも、思うだけなら許してくれるよね……? 「………洸、なんで……」  ある日、先生が泣いていた。  ヒロって誰だろう……?  例の、先生の大切な人かな。  僕は少しだけ胸が痛くなったけど、それを見ないフリした。  先生、僕の誠実先生。  少しだけでいいので。  たまには、僕だけを見てください。  ……なんて、そんな事言える訳がないので。  今日も僕は、少しでも彼に好きになってもらえるように、ニコニコと笑顔で先生と向き合うのでした。  僕も死んだら、先生にあんな風に泣いてもらいたいなぁ。 _____________________  今日は七夕なせいか、研究所の連中がソワソワしている。  子供かと呆れたが、久しくイベント事なんてやっていなかったなと思い直し、帰りにスーパーに売っていた七夕ケーキなる物を買って帰った。  俺は甘い物はあまり好きじゃないが、伏見はどうも甘党らしく同僚や部下からのお土産をやるといつも喜んでいたから。  家に帰り着き、出迎えてくれた伏見にお土産だとケーキを手渡すと、急にポロポロと泣き出してギョッとした。  ……今日は誕生日だったらしい。  誕生日にケーキなんて食べた事がないと泣きながら微笑む顔に、そう言えば訳アリ側だったなと以前見たヤツのカルテを思い返す。  なんと言ってやればいいのか分からない俺は、無意識にヤツの頭を撫でながら伝えた。 「誕生日おめでとう」  その言葉に、本当に今までで一番嬉しそうな笑顔で「ありがとうございます」と返すその顔を見て、俺は少しだけ胸が高鳴るのだった。 _____________________ 【現在の世界線の佐渡家】 「ほら、あーん」  先生の差し出したフォークに刺さったケーキを、パクっと食べる。 「……! やっぱり諦さんの作ったケーキは絶品ですね!」  美味しさに、思わず顔が綻んだ。  それを微笑ましそうに眺める先生と目が合って、思わず赤面してしまう。  だって、いつもの朴念仁(も好きだけど!)とは打って変わって、凄く優しい顔をしているから。 「無理言って利与那好みのを頼んだ甲斐があった。全部食べていいからな、ほら」  そうしてまた差し出されたケーキを頬張りながら、先生ってたまにこういうところある……。とデロデロに甘やかされて、嬉しいやら恥ずかしいやらで照れつつ次々に差し出されるケーキに口をモゴモゴさせる。  でもそういうところも好きなのだけれど。と思いながら、先生の誕生日にはどんなサプライズをしようかと今からワクワクするのでした。

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