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一章『第三話 任務/西域の森①』
「場所は都市西域の森でね。聞いた話だと、そこにドラゴン側の過激派がいるらしい」
職務室へと戻った俺と燐を迎え入れた後、鴇さんは、上から渡された資料だろう、数枚の紙に目線を落としながらそう続けた。その隣で、瑠璃さんが俺たちにもいくつかの書類を差し出してきて、それを素直に受け取る。
そのまま目線を紙へと落とせば、それは今話に上っている過激派についての情報だった。
「実際に遭遇したり、目撃した人の情報から、既に何人かの身元は割り出されていてね。そこに載ってる人たちがそうだよ。彼らの身体には、鱗柄の紋様があったと情報も入ってる。……まぁ、分かっている人たちだけじゃなく、他も竜の系譜者だと思った方がいいだろうね」
周辺地区の町の人たちが、何度も物資を強奪されたそうで、結果うちに連絡が来たみたいだ。その言葉を最後に、鴇さんはやれやれといった様子で一つ息を吐いた。
「人数は十人程度、ですか……。組織だった犯行は久し振りですね」
資料を見つめながらそう続ければ、鴇さんはそうだねと頷いた。
パラ、と紙が擦れる音が周囲に響く。紙面に載る写真の人物たちはみんな若く、なんなら、明らかに十代の人間もいて、顔が険しくなる。
「話によれば、年齢は全員大体十〜二十代。どうやら、学生の頃から目に余る言動が見受けられた子たちが、主軸になってるみたいだ」
「でしょうね。写真も、あからさまに紋様を見せつけてる。普通に過ごしてたら服で隠せるレベルだろ、コレ」
燐がぼやくように零したその言葉に、俺もそうだが、他の皆も、どこかげんなりとした表情で同意した。
「毎度のことながら、過激派のやることは変わり映えがないというか……。自分の力を誇示して何が楽しいんだか」
訳が分からないと呆れた表情で首を横に振る燐に、俺はまたそうだな、と賛同の声を返した。
竜の系譜者、それは、基本的には見た目は普通の人間と変わらない。身体的特徴も、体のどこかしらに紋様がある程度だから、顔など見るからに分かる部分に紋様がない限り、力を使わなければあまり系譜者だと気付かれることもない。
そう、普通は……。けれど、こういう連中の場合は違う。
「現状はまだ、負傷者は然程出ていないけど、それも時間の問題だろうね。その為の物資強奪だろうし。……力こそが正しいと思っている、ドラゴン側の過激派がやりそうなことだよ」
悲しいね、そう顔に影を落とす鴇さんの姿に、俺も間を置いてから、そうですねと返した。
過激派の手によって、平和だった村や町が、今までどれだけ被害にあってきたか……。それを思うと、否が応でも気が沈む。
「……にしても、西域か……」
「ん? ああ、うん、そうだよ」
そうして俺の呟いた言葉に、鴇さんが続けてごめんね、と零した。
「本当は僕たちの管轄地域外なんだけれど、丁度皆出払っているみたいで……仕事、増やしちゃったね」
しゅん、と眉尻を下げて謝罪する鴇さんに、俺は咄嗟にまずい、と首を横に振った。
「あっ、いや、違うんです! そういう意味で言ったわけじゃ……っ。鴇さんが謝らないでください!」
鴇さんを責めるような言い方をしてしまったと、俺はすぐさま否定の言葉を口にした。
確かに、本来自分たち文月班の管轄地域は南域で、西域を管轄地域としている班は葉月班だ。それ故に口をついた言葉だったけれど……失敗した。
「確かに、俺たちの管轄地域ではないですけれど……。困っている人がいるのなら、関係ないですから!」
そう宣言しながら、続けて『というかそもそも、そんなことを気にするような人、この機関にはいないですし』と返す。すると、鴇さんは一度小さく目を瞠った後、安堵したように表情を緩ませた。
「うん、そうだね。……ありがとう、千草くん」
そうして鴇さんの説明が一区切りすると、それを見計らってか、今まで静かに話を聞いていた瑠璃さんが、そっと口を開いた。
「……という次第ですので、編成の如何はどのように致しますか、班長」
瑠璃さんの視線を受け、その問いに燐は一つ、そうですねと零す。
「念の為確認ですが、向こう側の系譜の能力は未確認、ということで合ってますか? 鴇さん」
「ん、ああ、そうだね。把握している人数も全員ではないし、彼らがどんな能力を持っているかは不明だよ」
何分、急な依頼で情報が少なくてね。そう申し訳なさそうに続けた鴇さんの返答に、燐は分かりましたと頷いて、そっと顎に手を当てた。……思案する時の、燐の癖。そういう所は、やっぱり変わらない。
「……千草はどう思う?」
数秒、そうやって考え込むような仕草をした後、燐が問い掛けてきた。その言葉に、正直そろそろだろうと思っていたのもあって、俺はすぐに言葉を返す。
「正直、危険度は低く見ていいと思う。不安要素を上げるなら人数だけど……まぁ、とはいっても、俺一人でも十分立ち回れるレベルじゃないかな」
燐から振られたその問いに、俺は素直な意見を口にする。すると鴇さんがへぇ、と零した。
「どうしてそう思うんだい?」
投げられた鴇さんの問い掛けに、俺は小さく頷いた。
「西域の森近辺は、比較的穏やかな住民が多いです。だから、いくら過激派が複数人そこに潜んでようと、そもそも調達出来る物資はかなり限られるはず。相手方の能力が分からないのは不安だけど……それでも、仮に強力な能力を持つドラゴンの系譜持ちがいたとしても、十人近い集団で行動するとは思えないし。だったら、人数で叩く戦法でない限り、俺の能力で十分事足りる……そう判断しました」
そう、俺は思ったままの考えを口にした。
そんな俺の言葉に、鴇さんは確かに、と頷いた。
「統計的にドラゴンの系譜者だと、血が濃ければ濃いほど、一人で行動したがる……。そうだろうね。まぁうちの当主様みたいに、ちょっとした例外はあるかもだけど」
鴇さんのその言葉に、燐が反応したように口を開いた。
「言っても、当主様もよく一人で脱走して叱られてる気がしますけどね」
つまり、統計は正しいってわけだ。なんて、燐が茶化すよう鼻で笑ったら、鴇さんもまた「それもそうだね」と言って笑った。
「あと、千草くんの言う通り、あの辺りはとても長閑な村長さんが治めているからね。このご時世の中でもずっと平和だ。……流石千草くん、管轄外の地域のこともよく勉強しているねぇ」
そうしたら、突然鴇さんが『えらいえらい』なんて言って俺の頭を撫でるものだから、子供に向けるようなその仕草に、声が裏返りそうになった。
「とっ、鴇さん! それ、毎回やめてくださいって言ってるじゃないですか……っ! 俺、もう子供じゃないんですから!」
恥ずかしいです!そう続けるも、鴇さんは、謝罪はすれど変わらず笑みを浮かべたままで、その姿からはあまり反省の色は見受けられない。
ああ、この様子だとまた言われるな……なんてことを思いながら、俺は未だふわふわ笑う鴇さんを見つめ、小さくため息を吐いた。
「……んっんん!」
そんな時、隣で燐が一度咳払いを落としたものだから、咄嗟に肩が跳ねた。その、何処か不自然な仕草に、どうかしたのかと目を向けると、燐は少しだけ無言でじっとこちらを見つめていた。その隣で、瑠璃さんも似たような眼を向けている。
何かを言いたげに、けれど一拍の間を置いた燐は、ため込んでいたものを吐き出すように、深い息を吐くだけ吐いた。
「……そうだな、俺も千草と同意見だ」
少しの間を空けた後、けれど燐は、何を言うでもなくただ肯定だけを口にした。
その言葉に、そういえば軍議中だったと思い出す。
「ご、ごめん……」
「……別に、謝らなくていい」
そういうや、燐は話を戻すが、と続けた。
「とはいえ、お前一人では行かせられない。不確定要素があるのも事実だからな」
すっぱりとそう言い切った燐は、なんとなく不機嫌そうな目を俺に向けている。……なんだろう、さっきまでは何ともなかったのに。ああ、もしかして、仕事中に茶々を入れたみたいになったから?燐、あんまり仕事熱心なタイプじゃなかったと思うけど……気を付けないと。
「わ、分かってるよ。……流石に俺も、数で叩かれたら分が悪い」
「そうですね、それには俺も賛成です」
すると、今度は静かに話を聞いていた瑠璃さんからも、自分に同意するよう声が飛んできて、視線を瑠璃さんへと移す。
かちゃり、と静かに眼鏡を掛け直すその表情は、相変わらず静かなもので、正直感情が全く読めない。けれど、基本堅実的に進める口の瑠璃さんとしても、単騎での戦闘は肯定しづらかったのだろう。そのまま淡々と、『如何な状況でも、単身はやはり避けた方が良い』と零した。
「では、俺が行きましょうか?」
それから、続けて燐に提案するようそう尋ねる瑠璃さんに、けれど燐は、すぐに否定するよういや、と零した。
「瑠璃さんは本来の今日の業務に必要なんで、今回は待機しててください」
「そうですか。……では、双子を起こしてきましょうか」
そう提案はしたものの、瑠璃さんは燐がそう返答してくると分かっていたのか、待機の言葉に引き下がるでもなく、素直に受諾した。それから、そのまま付け足すよう、今度は隣の仮眠室へと視線を向けながら、そう尋ねる。
その視線を追って、燐はあー、と零す。
「やっぱり、彼奴ら寝てるのか。通りで静かだと思った」
そう漏らしながら、燐はぽりぽりと頭を掻き、間を置かずにまた首を横に振った。
「いや、それも大丈夫です。徹夜明けの二人に任せるのも酷なんで」
さらっとそう言い放った燐に、俺は思わずえっ、と声を漏らす。
「お前……。よく、山吹と銀が徹夜したって分かったな?」
双子が徹夜で寝不足だからと、仮眠室に押し込んだのは今朝。その時燐は、迷子になってたからまだこの部屋に辿り着いていない。
「昨日、報告書に苦戦してたからな。だから、千草なら二人を仮眠室に突っ込むと思ったんだ」
案の定だったなと、燐は柔らかく笑った。そのあまりに真っ直ぐな信頼の言葉に、表情に。ぐぅ、っと胸が詰まる。普段、どこか抜けたような言動が目立ちはするものの、こういう所は流石班長と言うべきか……。班員をよく見ているし、理解している。
これだからコイツはずるいんだ。そう、心の中で悪態をついていたその時、さらっと燐が続けた言葉に俺は目を丸くした。
「ああ因みに、鴇さんも大丈夫です。千草には俺がついていくんで」
「……は?」
その、さも当然といった調子で、けれどとんでもないことを燐が言ってのけるものだから。俺は衝撃のあまり、素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「……班長が、ですか」
そんな中、瑠璃さんはというと……。不機嫌そうに眉間に皺を寄せてはいたものの、燐の返答が想定内だったのだろう。然程驚いた様子もなく、静かに眼鏡を上げ直し、けれど重く深いため息を吐き出していた。
それでも燐は、そうやって呆れる俺や瑠璃さんはそっちのけで、つらつらと話しを続ける。
「はい。突発な任務とはいえ、俺なら疲れてもないし、力量はもちろん、連携も問題ない。なんなら、皆も知っての通り、俺は事務仕事が嫌いですから。丁度良いくらいでしょう」
「そこは威張らないでください」
そう胸を張って宣言する燐に、すかさず瑠璃さんが鋭い言葉を告げる。が、燐は堪えた様子もなく、真面目な顔で腕を組んでいた。
そんな二人のやりとりを前に、現実逃避で思考を停止していた俺も、ハッと気を取り戻す。
「いや、いやいやいや! そもそも、突発的な任務で、副長と班長が揃って部署内にいないとか、それはありなの? ね、ねぇ瑠璃さん⁉︎」
「……本来ならなしですが、状況が状況ですので」
この男が一度言い出したら滅多なことじゃ曲げないことなんて、古い付き合いの中から身に染みて理解している。だからこそ、助け舟を求めて瑠璃さんへと言葉を投げ掛けたというのに。瑠璃さんはといえば、至極面倒くさげに淡々とそう返してきて。おかげで、一人唖然としてしまう。
「っな、そ……っ! とっ、鴇さ……っ」
それでもどうにかこの場を覆せないかと、今度は鴇さんに視線を向ける。けれど、彼から続けられた言葉は、俺が欲しいものではなかった。
「うんうん。君たち二人なら、何も問題ないね。それじゃあこっちは僕たちに任せて、いってらっしゃい。ああでも、無理は禁物だからね」
にこにこと柔らかい笑みを浮かべ、返されたのは、最早追い討ちとも言える言葉で。ついには俺は、なにも言えなくなった。
「よし、そうと決まれば行くぞ、千草。西は……あっちだな!」
そんな中、燐は善は急げとばかりに、あらぬ方向を指差した後に駆け出そうとするものだから。呆然としながらも、俺は咄嗟にその背中を掴み、どうにか止めに掛かる。
「待て待て待て! あーもう分かった、分かったから! ちょっと待て!」
もうこうなったらこの際、この男と二人で任務に行くのは良い。諦めよう。けれど、これだけは絶対に譲ってはなるものか……!
「お前と行くのは納得したから! だからせめて、お前が先陣するな! そっちは東だ!」
「ん、そうか……?」
性懲りもなく、反対方向に駆け出そうとする燐の背中を引っ掴み、なんとかその動きを止める。なんだってこの男は、自分が極度の方向音痴であることを自覚してくれないのか。というかそもそも、なんの準備もなしに現場に行くつもりだったのか……そう思ったら、益々頭が痛くなる。
ああもうほんと……なんなんだよコイツ。
「それにそもそも、準備が色々――――、」
「西……となると、じゃあこっちか」
それでもなんとか、平静を取り戻そうと声を掛けた……が、当の本人はこちらの声なんか聞いちゃいない。そう口に出したかと思えば、すぐにまた、俺に背を向けどこぞへと行こうとするものだから、頭を抱えた。
ああもう、世話の焼ける班長が!なんて思う暇もない。引き留めたその矢先だというのに、また違う方向を指差し歩もうとする燐に、さしもの俺も声を荒げる。
「いやだから、そっちも西じゃ……っ、てっ、だから俺の話を聞けぇ!」
そうやって、こちらの意見は聞かず、燐がスタスタと軽快な足取りで歩を進めるものだから。最後にはキレながら、俺もまたその背に向かって駆け出した。
その時、後ろからは、笑い声と呆れるようなため息が聞こえた気がしたけれど、それは聞かなかったフリをした。
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