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一章『第四話 任務/西域の森②』

 すぐにでも出立しようとする燐を止め、なんとか諸々の準備を済ませるや俺たちは、西域方面へと向かう列車に揺られ、件の森へと辿り着いた。 「いいですか、お二人とも。『基本、単独での行動は避けること』『無茶なことはせず、危険度が変わるようなら必ず通信で報告すること』『能力の使い過ぎには気を付けること』……この三点、分かっているとは思いますが、必ずお守り頂きますよう」  くれぐれもですよと、もはやどちらが長の立場か分からない約束を瑠璃さんに取り付けられ、苦笑が漏れる。  まぁそれも仕方ないか。そう思いながら、ふと、見送ってくれた二人の姿を思い出す。 「ご武運を」 「気を付けてね」  たとえ立場は自分の方が上でも、二人の実力には到底敵わない。それが分かっているから、瑠璃さんの小言も、鴇さんの優しさも、甘んじて受け入れる。  これじゃあ、いつまで経っても子ども扱いのままだな……そんなことを思いながら、気を引き締めなおすよう、俺はぐるりと周辺を見渡した。 「村長さんの話だと、森の中腹辺りに、昔使っていた作業小屋が残ってるみたいだ。比較的綺麗な状態だろうって」  ここに来る道中、立ち寄った隣村の村長に挨拶をしに行ったら、そう教えてくれた。片田舎の辺鄙な場所だが、その分この辺りの住民は根っからの平和気質が多く、荒らすような人間もいなかったらしい。……つい最近までは。 「なるほど、そこを拠点にしてるのか」  燐の言葉に、俺はああ、と頷き返した。 「そこは、明らかに都合が良い位置だからな」  物資を奪うにしても、身を潜めるにしても。そうはっきりとは言わなかったけれど、燐も理解しているのだろう。俺の言葉に、眉間の皺が深くなった。  森は、然程深くない。だから、俺たちは足早に中腹までへとかけ走り、目当ての場所に辿り着くや、すぐさま木陰に身を潜めた。 「……あそこか」  俺たちの視線に先には、小さな木造の建物が一つ。簡素な造りのその小屋は、パッと見た感じ多少荒れてはいるものの、十分家としては機能している様子だった。 「いるな」 「……ああ」  気配を探るようにじっと作業小屋へと注視すれば、人の気配を感じる。概ね、推測通りのようだ。  けれど……すぐに、その気配に、ほんの少し違和感を覚える。 「ただ……なんというか、少ない?」  感じた気配の数が腑に落ちず、ぽろ、と声を漏らす。すると、そんな俺の言葉を燐が拾い頷いた。 「……だな。俺もそう思う」  じっと小屋を注視しながら、燐も肯定してくれる。それに、だよな、と零した。  ――――そう、視線の先の小屋から感じる気配の数が、情報と一致しないんだ。  小屋の中から感じる気配は、四つ。多少の誤差はあったにしても、流石に少なすぎる。 「まだしっかり調べたわけじゃないから、断言はできないけれど……」  現状、少ないと感じたのはただの勘だ。だから、正確性はないからと、そう俺が告げると。 「ばーか」  間を置かずに、燐がそう、一言零した。 「お前がそう感じたんなら、間違ってねぇよ」  さも当たり前だと、そう言わんばかりの言葉。それを、さらっと言うものだから、思わずは、と声が漏れた。  俺の目を真っ直ぐに見て、燐が笑う。 「ずっと隣で見てきた俺が言うんだから、間違いない」  逃がさないように、なんて錯覚するくらい真っ直ぐな目で、どこまでも真っ直ぐな信頼を向ける。その視線に、胸が苦しくなって、上手く言葉が出てこない。 「……なんだよ、それ」  それでも何とか零した言葉は、少し掠れていたけれど。燐は特に気にした様子はなく、ただ『事実だろ?』となおも続けてきた。  茶化すんじゃないと、言外に言ったつもりだった。それでも尚、返される言葉に、頬がにやけそうになる。真面目な顔が保てない。  分かっている。燐のそれは、単純に俺の系譜の力に対する信頼であって、そこに深い意味はない。そんなことは分かっているのに……それでもやっぱり、ここまで頼りにされると、素直に嬉しいと思ってしまう。 「……やっぱ、ずるいんだよなぁ、お前は」  いつもいつも、燐の言葉は真っ直ぐで、取り繕った様子も一切なくて。おかげで、素直に受け入れるには、捻くれている自分の心では少し、難しい。  そんなこちらの心の内を、この鈍感な男が気付く筈もなく。 「ん? 何の話だ?」  そう言って首をかしげる燐に、俺は苦笑を漏らした。 「……いや、なんでもないよ」  気付いてほしいような、気付いてほしくないような。そんな曖昧な思いが胸に過ったけれど、ゆるゆると首を振ってかき消す。  今は任務中だ。仕事に集中しないと。 「よし、そうと分かればまず、残りが何処にいるか探そう」  気を取り直し話を戻した俺に、燐はまだ納得していない様子だったけれど。どうにか気を逸らそうと、仕事へ軌道修正するようにもう一度話を振る。 「多分だけど、俺たちと入れ違いで物資の調達に向かったんだと思う。なら、森からは出てないだろうから、早く探そう」  次の被害が起きる前に。そう続ければ、燐も俺がこれ以上は話さないと分かってくれたのだろう。ふぅ、と諦めたように息を吐き、そうだなと呟いた。 「まぁ、そう考えるのが妥当だろうな。……探せるか?」  そうして問いかけられた、短い言葉。それに、俺はニッと笑う。 「それこそ、俺の得意分野だろ」 「……だな。悪い」  みなまで言葉を交わすことなく、俺たちは各々の言葉の真意を理解し、笑い合う。それこそ、燐が言うように、もう何年も隣にいたんだ。だらだらと長い問答なんて、俺たちには必要ない。 「それじゃあ、任せた」 「ん。了解」  燐からの言葉に、そうとだけ返すや、俺は腰に巻き付けているウエストポーチから、手のひらサイズほどのボトルを一本取り出した。  ちゃぷん、と、ガラスのボトルの中で、透き通った水が音を立てて揺れる。 「んー……多分、森の奥には行ってないだろうから、半分くらいでいいかな」  事前に見た森の地図と、過激派集団の活動範囲の情報を頭に浮かべながら、ぶつぶつと呟く。地理は頭に入ってる。だから、きっと大丈夫。  燐は何も言わない。ただ、俺を見ている。その視線が少しだけくすぐったく感じながら、俺はパチン、とキャップを開け、それを傾けながら目を閉じた。 「|探知《ディテクション》」  言葉を紡いだと同時、暗闇の中、神経を研ぎ澄ませる。ボトルから流れ出た水の軌跡を追って、ゆっくり、ゆっくり、森の全体へ。  ここは街中とは違う。人の喧騒はなく静かで、加えて森の木々は全て、根で繋がっている。だから、水が浸透しやすい。  森の全域とまではいかない。けれどそれでも、水は確実に、森の木々を伝って、波紋上に広がっていく。  木陰に潜む動物の吐息を、水辺の魚の気配を、それから木々の揺らめきを。その全てを感じ取っていると――――、ある一点で、大きく波が揺れた。 「……見つけた」  瞬間、ぱちりと瞼を上げる。すると、隣でおっ、と声が落とされた。 「早かったな」  流石、と続けた燐は、どの辺りだ?と首を傾げた。その問いに、俺は家屋の左側から伸びる道を指す。 「ここから北西の、森の入り口辺り。あの道なりに真っ直ぐ行った所だ。三人いる。……あと一応、その家の中にはやっぱり四人しかいなかった」  そう答えながら、俺は最後にまた端的に、どうする、とだけ告げて言葉を切った。  二手に分かれるのか、否か。また、分かれないのであれば、どちらを先に片付けるのか。  その意味を含ませた問いを、燐はすぐに理解したのだろう。一言、なるほどなと呟いたかと思えば、腕を組み、顎に手を当てて考え込む姿勢を取り始めた。  そうして、束の間の静寂が俺たちの間に流れる。 「……よし、分かった」  数分ほどの静けさの後。燐は、特になんてことはない様子で口を開いた。 「アレでいこう」 「? アレ……?」  アレ、とは。随分と抽象的な言葉に、緩く首を傾げる。  すると燐は、にんまりと、何処となく楽しそうな顔で再度、同じ言葉を口にした。  そして、続けてこう告げた。 「ほら、昔学生の頃、よく山の中でやってたやつ」 「……あ」  そこまで言われて、ようやく燐の言葉の意味を理解する。……が、それと同時に俺は、思わ顔が引き攣ってしまう。 「えぇ……アレ? アレ、俺苦手なんだけど」  そう告げた俺の顔は、見るからに嫌だと言わんばかりの顔だったろうに……。それでも燐は、からりとした笑みを浮かべていた。 「いいだろ。あれなら開けた場所でもこっちから先手が取り易いし、何より危険が少ない。ほら、向こうの力量がなんであれ、多勢に無勢だろ? だったら、安全第一にいかないと」  瑠璃さんもそう言ってたし、なんて、こういう時ばかり瑠璃さんの言葉を出す燐に、益々眉間に皺が寄る。  つらつらと続けられた燐の言い分は、少なからず理解できる。……出来るが、それでも、だ。 「……まじ?」  燐の案は、正直苦手な方で。できることなら、避けたいというのが本音である。 「はっはっは」 「いや、はっはっはじゃないんだけど?」  それでもどうにか撤回させようと渋ってみるも、変わらず燐は、良い笑顔で笑うだけ。そうなると、結局最後に折れるのは、俺だ。 「……やるのか」 「嫌そうにするなよ。そもそも、俺に作戦を任せたのはお前だろ?」  あっけらかんと返ってきた言葉に、ちょっと腹が立って、ああそうだな!と叫ぶ。  そうだよ、俺がお前に託したよ。つまりは俺のせいってことだろ、分かったよ! 「よし、それなら準備は良いか? お前が出来次第俺も準備をしよう」  こちらが嫌がろうともどこ吹く風なこの男は、俺の肯定の言葉を聞くや、即取り掛かりたい様子で。おかげでこっちは、さっきからため息ばかりだってのに、そのことに気付いてるんだろうか。 「あーはいはい。分かったよ、やれば良いんだろうやれば……」  これ、めちゃくちゃ疲れるんだよなぁ、なんてぼやくも燐は聞く耳持たず。始終、俺はいつでも良いぞと言わんばかりの、なんとも爛々とした瞳を向けてくる。  なんなんだ、その目は。ちょっと楽しそうにするなよな。それで昔怒られただろ。  そう思うも、そんな姿を前にすると、最後には許してしまう自分がいる。……分かってるんだ、燐のその顔に自分が弱いっていうことは。  まったく、惚れた方が負けだって、本当よく言ったものだ。 「久し振りで上手く出来なくても、文句言うなよ」  結果、俺は燐の作戦を受け入れ、そっと目を閉じた。意識を集中させ、大気に漂う空気の粒へ、気を向ける。  俺は元来、水龍の系譜だから。こっちを操るには、さっき以上に集中力がいる。瑠璃さんならもっと上手くできるだろうが……今、この場にあの人はいない。  全く無茶を言う……そう思っていると、不意に隣から、何言ってんだと声が聞こえた。 「出来るよ、お前は。……大丈夫だ」 「……またお前は、そういうことを……」  気を練り出したその直前、落とされたいつもの根拠のない、けれど何処までも真っ直ぐな信頼。それに、俺はまた頬が緩んだけれど、すぐに気を取り直す。  その時、何故か燐からの視線をずっと感じていたけれど。深く集中していた俺には、なんで燐がそこまで俺のことを見ていたのか、分からなかった。

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