12 / 19
二章『第四話 報告②』
「あーくそ……つくづくあの人には敵わない……」
通話を終え、無音となった通信端末を片手に俺は、がりがりと頭を掻く。
なんとか一通り、聞きたいことは聞けた。……が、その答えは至って淡白なものだった。もっと詳しく話を聞こうものなら――――。
『先程も申し上げましたが、此方も暇ではないので。後は直接本人にお尋ねください』
これだ。そう言って最後にはバッサリ、至って普段通りの口調で素早く通信を切られてしまった。流石は仕事の鬼、遠慮がない。
本人に聞けとは言うが、その本人が俺を避けてるんだぞ。どう聞けっていうんだ。
どうしたもんか……そう頭を悩ませていると、すぐ傍でくすくすと軽やかな笑い声が耳に届いたものだから、その音の方へと目を向ける。
「……笑わないでください」
視線の先にいるのは勿論、俺へと通信を変わってくれた鴇さんだ。くすくすと口元を隠し笑うその姿に、じとりと目を細める。
ああ、いいよな貴方は。千草から避けられてないし、信頼されてるし……くそ。
「ああ、ふふっ、ごめんね? それで、千草くんの話は無事に聞けたかい?」
あまり誠意を感じない謝罪の言葉に、何か思わないでもなかったが。それはまぁ良いと一旦横に置き、ぐっと眉間に皺を寄せる。
「……ひどく思い悩んでる様子だったから、あまり身勝手に振り回すな、と……そう言われました」
先ほど言われた言葉、それをそのまま口にすれば、鴇さんは思い当たる節があったのか、『あー……』と得心した様子で頷いた。
「そうだねぇ。確かに、今回ばかりは千草くん、見るからに君を避けてるもんねぇ」
「ゔっ……」
その一言に、俺は自分の心臓を突き刺されたような心地を覚え、思わず胸を抑える。
なんだよ、やっぱり俺の気のせいじゃなかったのか、なんて思いながらがしがしと頭を掻く。
「あーくそっ! 瑠璃さんも瑠璃さんだ! 彼奴が俺を避けてるって気付いてて、報告ですら俺から遠ざけやがった……。これじゃあ話したくても話せないだろ!」
なんだかんだであの人は千草に甘い!そう、もはや苛立ちを露わに叫ぶ俺の隣で、鴇さんはまたくすくすと楽しそうに笑っている。その姿に、俺はまた笑うなよな、と項垂れる。
すると、鴇さんはまた謝罪を口にしながら、でもねと続けた。
「君たちが仲良しだから、つい微笑ましくってさ」
そうして発せられた言葉に、俺はは、と衝撃で目を丸くする。
「え……それってもしかしなくても、俺と瑠璃さんのことを指して言ってます?」
そう問えば、鴇さんは微笑みながら頷いた。その姿に、俺は顔を顰める。
「今のどこをどう見たら……いや、聞いたらか。仲が良いって思うんです……? 明らかに俺のこと面倒臭いって思ってますよ、あの人」
そう、あの人にとって俺は、本当に面倒な存在だろう。……対外的にも、対内的にも。
そんな俺の本心からの言葉を零すと、鴇さんはそれにはすかさず、そうかな、と続けた。
「僕は、そうは思わないけどなぁ。だって燐くん、彼のこと大好きだろう?」
「は……、」
まるで、こちらの答えを確信しているかのような問いかけ。そんな鴇さんの言葉に、俺は言葉を詰まらせた。
「なに、言って……」
咄嗟に、否定しようと言葉を紡ぎかけ――けれど、止める。
この人は、こちらの事情を知っている。だからこその言葉だろう。……そう思い、俺はほんの少し逡巡した後、ため息を吐き出した。
「……そうですね。向こうがどう思ってるかは分かりませんが……俺にとってあの人は、昔からなんでもできて、頼りになる格好良い存在だったので。……大好きでしたよ」
「おや、過去形かい?」
その指摘にまた、言葉を噤む。次いでそのまま『意地が悪いですよ』と切り返せば、鴇さんはくすくすとまた笑って謝罪の言葉を口にした。
その姿に、やっぱりこの人との会話は調子が狂うなと、乱雑に頭を掻いた。
「というかそもそも、好き嫌いじゃなくて、仲が良いか悪いかって話じゃ――――」
「でもね、燐くん」
話しながら、というかなんか論点がずれてないか?と気付き、そう言いかけた時。俺の言葉に被せるよう、鴇さんが俺の名を口にした。
その声に促されるよう目線を向ければ、鴇さんはにこりと柔らかい笑みを浮かべた。
「きっと、瑠璃くんも同じ気持ちだと思うよ」
そうして紡がれた鴇さんの言葉に、俺は言いかけた言葉を噤み、目を丸くする。
「え、……?」
はっきりと、そう言い切った鴇さんの言葉に、何度か目を瞬かせてしまう。
あの瑠璃さんが?信じられない……そう思うものの、鴇さんはそれでも尚、柔和な笑顔のまま続けた。
「ほら、瑠璃くん、不器用なだけで優しい人だから。なんでか彼自身は否定してるけど、無条件に慕ってくれる存在に頼られるの、なんだかんだで嬉しいと思うんだよね、僕は」
それが、たとえどんなに複雑な関係であってもね。そう言って、鴇さんはにこりと笑った。
「燐くんだって、知ってるだろう?」
問いかけ、というよりも、確認のような聞き方をする鴇さんを前に、俺は目を瞠る。
「――――、」
鴇さんは何も言わない。回答を急かすでもなく、話を切り上げるわけでもなく、ただ静かに微笑みながら、俺を見ている。
そんな彼を前に、俺は――参ったな、と思いながら、苦笑する。
「……さあ、どうですかね。俺は瑠璃さんじゃないんで、分からないです」
「ふふっ……うん、それもそうだね」
俺の言葉に、鴇さんはそう言ってくすくすと笑った。
なんとも毒気を抜かれるその笑顔からは、ただただ自分たちを心から労わろうとしている意思しか感じ取れない。おかげでまた、気が付けばこの人のペースに呑まれている。その事実に気付いて、俺ははぁ、と息を吐き出した。
「ほんと、俺の周りは厄介な人ばっかだ……」
「ん? どうかしたかい?」
俺の零した言葉に、鴇さんは首を傾げた。どうやら、呟いた声が小さすぎてはっきりとは聞き取れなかったようだ。
「いえ、なんでもないです。……ともかく、向こうは瑠璃さんに任せていれば大丈夫そうだ」
そう口ずさみながら、俺は『それじゃあ、俺も茶菓子をよばれようかな』と付け足し、鴇さんの傍から離れる。
千草のことは、彼奴が帰ってきてから話せばいい。……避けられるなら、追い詰めるだけだ。
そう思い、俺は休憩しているだろう双子の元へ向かうことにした。
***
休憩スペースへと向かう燐くんの背を見送りながら、ぽつりと呟く。
「……確かに、彼なら万が一に何かが起こっても、大丈夫だろうね」
燐くんたちが帰ってくる前に、瑠璃くんから先んじて受けていた報告。僕へと直接尋ねられたそれを思い出す。
『――――先日の西域での案件についてですが、貴方はどこまで聞きましたか』
一切のブレを感じさせない、冷静な口調。それが、暗に彼の持つ情報量を物語る。あの聞き方は、ちょっとずるいよね。
「多分、君の聞きたいことについては、全部」
『……そうですか』
僕の言葉に、返ってきた彼の固い声。機械越しだというのに、彼の表情が想像に易いと、頬が緩む。
「……気を付けてね。きっと、かなりの食わせ者がいるよ、そこ。放っておくと、ちょっと厄介かも」
『……言われずとも』
はっきりこちらが言わずとも、彼は僕の言葉の真意を理解して、ただ一言そう返してきた。
多分、燐くんには言ってないんだろうね。君の事だから。……ほんと、損な性格。
僕はぐぐっ、と固まっていた身体を解そうと、腕を伸ばした。
「さて、それじゃあ僕も、頼まれた仕事をしようかな」
仕事となると、あの子は、本当人使いが荒い。そう思いながら、僕も休憩スペースへと足を向けた。
ともだちにシェアしよう!

