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二章『第五話 暴走 オーバーヒート①』
校舎の廊下に響く、自分だけの足音。この棟はこの時間、使用されていない部屋しかないというから仕方がないとは言え、学校で、まだ外は明るいのにここまで静かだというのもなんだか異様だ。
……落ち着かない。……いや、違うか。自分が一番落ち着かない理由は、そこじゃない。
「……やっぱ、任務に私情を挟むのは、流石に副長失格だよなぁ……」
はぁ、と息を吐きながら俺は、報告を任せた瑠璃さんのことを思い、一人頭を悩ませていた。
『それでは副長、現状報告は俺がしますので、先に見回りを進めてください』
教頭と別れ、連絡通路を通って今いる別棟に着くと、瑠璃さんは早々に俺へと宣言してきた。
正直、問い掛けではなく言い切りのその言葉に、初めは驚いた。なにせ普段の彼は、あまり自分の意見を率先して口にはせず、こちらからの指示を待つ姿勢を取ることの方が多いから。
多分、それはきっと瑠璃さんにとって、瑠璃さんより経歴の浅い俺や燐を鍛える意図もあってのこと。だからこそ、それに気付いているから俺たちは、日頃から長の名に恥じない言動を心掛けている。
だと言うのに。そんな瑠璃さんが、今日に限っては俺に有無を言わさず、報告は自分がすると俺へ先を促してきた。
「……やっぱ、気を遣わせた……のかなぁ」
例の如く感情の読めない顔で、ただ淡々と告げた瑠璃さんの言葉を思い出す。
ああいや、もしかすると気を遣わせたと言うより、仕事に差し支えると判断された結果、報告を引き受けてくれただけなのかもしれない。うん、そっちの方がしっくりくる気がする。……それはそれでへこむけど。
一人、廊下を歩きながらそこまで考えた後、俺は深くはぁ、と息を吐いた。
「……折り合い、なぁ」
こう静かだと、どうしても考えてしまう。この一週間の燐とのやり取りを。
いくら鈍い奴とはいえ、ここまでくれば流石に気付いているかもしれない。俺が、意図的に燐を避けてること。瑠璃さんが気付いていたくらいだ。その可能性は高いだろう。
なら余計に、早くこの雑念を振り払うべきなんだろう。頭では理解している。……そう、理解はしているんだ。
「そうは言ってもなぁ……」
事はそう簡単な話で済まないんだよなあ、なんて。そんな言葉と共に俺は、また大きく息を吐き出した。
燐への気持ちを隠して、隠して、ひた隠しにして……かれこれ十五年。年季が違うのだ。そう簡単には、この想いは昇華できない。
「昔は良かったんだけどなぁ」
ぽつり、零す。
学生の頃は、友達として隣にいればまだ、苦しくなかった。それで、大人になったらきっと、子供の頃に抱いた恋心なんて次第に薄れて、普通に接することができる……そう、本気で思ってた。
それなのに。
気付いたら、燐はずっと俺の隣にいて。そのせいで、薄れるどころか、日に日に燐への想いが溢れて仕方がなくなった。
「……やっぱり、どうにか離れるしかない、か」
何度思考を巡らせても、いろんなパターンを想定しても。最後に行き着く答えは、結局それだ。燐に想いを告げる事はできない。でも、その想いを殺すこともできない。……であればもう、自分にとっての最適解は――燐との離別、ただそれしかない。
……でも。
「離れようにも、アイツの方が気付いたら、いっつも横にいるんだよなぁ」
どうしたものか……そう、何か良い案はないかと、歩きながら思考を巡らせていた、その時。
不意に鼻を掠めた、微かな臭い。
「……っ! ……なんだ、この臭い……っ?」
突然香った、特徴的なにおい。それにすん、と鼻を鳴らす。
さっきまでは全く感じなかった。けれど明らかな違和感に、臭いの出処とその臭いが何なのか意識を集中する。
そして、その刹那。すぐにそれが、鉄錆に似た、嗅ぎ慣れた臭いだと気付いたものだから。俺はすぐさまその場から駆け出した。
――――間違いない、これは血の匂いだ!
平穏な校内には似つかわしくない、不穏で鮮烈な臭い。それがすぐ側ならまだしも、遠くから漂ってくる。それは、その出血量の多さを物語っている。瞬間、俺は臨戦態勢を崩さないよう、臭いの発生源へと駆け付けた。
「ここか……っ!」
そうして、血の臭いを間近で感じる教室まで辿り着いた俺は、開け放たれていた扉から身を乗り出し、すぐさま現場の状況を確認した。
そして、次いで映り込んできた衝撃な光景に、思わず目を瞠った。
「なっ、……⁉」
そこは、恐らくは空き教室なのだろう、ひどく殺風景な一室だった。隅に追いやられてある机と椅子以外、目ぼしい物はなに一つない。申し訳程度に取り付けられたカーテンが、窓の外から吹く風によって静かに揺れている。
その部屋の中央には、銀髪の少年が一人。己の体を守るよう、自分で自分の体を抱え込み、遠目から見ても分かるほどに荒く肩で息をしている。その顔は前髪で隠れて上手く見えなかったが、見たところ、この学園の生徒だろうことは伺えた。
そんな彼の前に、幾人もの人間が血を流し、倒れている。その異様な光景に、俺はすぐさま部屋の中へと駆け出していた。
「っ、だ、大丈夫ですか⁉︎」
一体何が……⁉︎そう声をかけながら、倒れている人たちの側に駆け寄り、すぐさま容態を確認する。
倒れている者は皆、学生ではなく成人済みの大人だった。教員だろうか……その人たちは、不思議と体格の良い男ばかり。そこに少しの違和感は覚えたものの、それは一旦隅に追いやる。
一目見ただけで皆、打撲に切り傷、骨を折られている事は伺えたものの、全員意識はないから状況が一切分からなかった。けれど、どうやら誰も死んではないようで、その事実に一先ずほっと息を吐く。
それから、俺はこの惨状の中で唯一立った状態で、状況を知っていそうな少年へと視線を移す。
「君、一体ここでなにがあったんだい?」
そうやって視線を上げた、その瞬間。俺はまた、言葉を失った。
目の前に佇む少年は、俺を気に掛けた様子もなく、終始先程から肩で荒く息をしていた。そんな彼は、近付いたことで分かったが、左目を手で覆うようにしていた。
「君っ、もしかして目に怪我を⁉︎」
状況確認も大事だが、それよりも先に負傷者だ。彼の様子を見て、そう判断し、すぐさま駆け寄った。
――――その瞬間。バシッ!と、乾いた音とともに、彼へと伸ばした手がじんじんと鈍い痛みを訴える。
「っ、! ……え?」
手を跳ね除けられた。その事実に、何故、と目を丸くしていると、眼前の少年が、すぐに俺へと鋭い視線を向けてきた。
透き通るような透明感のある黄褐色の目は、けれど今はひどく苦しげに細められており、おかげでよりこの少年の状態が芳しくないことを裏付けている。
どうして、彼は俺の手を払ったのだろうか。そう、悩んだ一瞬のこと。
「触、っるな…………っ!」
「……っ⁉︎」
少年が、そう自分へと吐き出したのと同時。勢いのある何かが己へと飛んできて、俺は抵抗する間もなく、後ろへと吹き飛ばされる。
瞬間、強かに背中を壁に打ちつけ、みしりと骨の軋む音が体の奥で響く。
「っが、っ……⁉︎」
壁へと目掛けて吹き飛ばされたその後、ずるずると床へ滑り落ちる。咄嗟に受け身は取った。が、不意の出来事に勢いを殺しきれなかったようで、背中に鈍い痛みが走る。
かは、と、肺から無理に吐き出された息をどうにか落ち着かせようと、ヒュ、ヒュ、と、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
「な、んだ……今の……⁉︎」
軋む体を支えながら、顔を上げる。そうして視界に映った光景に、俺は息を飲んだ。
銀髪の少年は、俺よりも苦しそうに、ずっと肩で荒く息をしていた。自分の体を抱き締めるよう、腕を交差したまま次第に背を丸めていく彼は、どう見ても正常ではない。加えて彼の周囲からは、不定期に、恐らくは彼の能力なのだろう、先程のような鋭い風が漏れ出ており、どうにも制御ができていないことも伺えた。
そんな彼を見て、瞬時に現状を理解する。
「これは……っ、オーバーヒート⁉︎」
オーバーヒート。竜の系譜持ちに、いつ何時も付き纏う現象。――――竜の能力の、暴走だ。
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