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地球と火星のお話 第2話

いきなり現れた男の後を、ついていく地球。 男が足を止めた場所は、屋上前のドア付近だった。 屋上はどうやら閉まっていて、中に入れないらしい。 軽音部などの部室のある校舎は、地球の教室とは別で離れており 部活をしない人間には本来行くことはない所だった。 そのため地球は、この校舎の階段さえ登ったことはなく 屋上自体使用ができない、ということも初めて知った。 屋上ドア入口付近は踊り場のようになっており、 そこによっこらせ、と言いながら腰掛ける男。 地球は目の前に立ったまま、男に尋ねる。 「それで、ここまで連れてきてどうするつもり…」 「別に、何も?」 「は?」 とぼけるように話す、目の前の男。 (場が悪い、と言って連れてきたの誰だよ…) 男は誰だか知らないうえに、何で自分がこんな場所に 連れてこられたかもよく分からない。 「あそこにお前がずっと居たら居たで、  俺としては面白かったから良かったけど」 「…」 しかし、あのままあの場所にいたら動悸が止まらず、 どうすればいいのか分からないまま 立ち尽くすしかなかったので、 結果的にはあの場から、離れられて良かったのだが。 「というより、お前は火星の知り合いなの?」 「それ…アンタに言わないと、いけないわけ?」 そもそもこの男は一体誰なのか、 火星との関係性は何なのか、を 自分から一切話そうとしないため、 『なんで俺が先に話さないといけないのか』と地球はムッとした。 「…言わないと、  何で火星があんな感じだったか、言わねぇよ?」 「…」 半分脅しのような口調で話す男に 地球は深くため息をついて、渋々答える。 「…一応、生徒会で知り合い」 「ふ~ん。なるほど、ね~。  じゃあ、1年前のことは知らないわけか~」 「1年前?」 「そう、火星の過去」 男は遠く見るような目で、目線を反らし 物思いにふけるような表情を一瞬したが すぐに地球に視線を戻して、問いかける。 「…知りたいか?」 目の前の男はニヤニヤしながら、地球の顔を覗き込む。 「…それって、火星の許可なしに聞いていいやつ?」 「いや~、どうだろうね?」 「…」 火星の過去のプライベートの話を 本人の口からではなく、他人の口から聞くなんて、 火星に対して失礼じゃないのか、と感じた。 「気になるんだろ?火星のこと。  だから、あそこにいたんじゃねの?」 「…」 たまたま通りかかり、 火星の声と音がしたから駆けつけただけだが、 訂正するのが面倒くさいし、 正直なところ実際に気になっていたのは事実だったので、 地球は黙っていた。 「せっかく俺が教えてあげようとしてるんだから、  素直に聞いたら~?」 男の話し方にイラっとするが、 確かに興味がないわけではない。 でもそこまで仲が良いわけでもないのに 聞いていい内容なのかも、正直分からないでいた。 「で、どうすんの?  聞くの?聞かないの?」 あまりにも何も言わずにいる地球に、 男はさらに追い込むように尋ねる。 地球は改めて深くため息をつき、 考えるのを諦めた。 「聞く。  …けど、今から話す内容を俺がお前から聞いたって、    絶対、火星にいうなよ」 明らかに口が軽そうな男なので、釘を刺す。 そうでもしないと、 後から俺に話したといった事実を何食わぬ顔で、 火星に言いそうな気がしてならなかったからだ。 そもそも自分の知らないところで、 過去の自分の話をされるなんて思いもしないだろう。 しかもそれを話されたと知ったら、 火星はきっと嫌だろうと、地球は思った。 「しょうがねぇなぁ。  火星には今日のこと内緒にしてやるよ」 でも、本当かどうかも分からない話だとしても 『火星の過去が知りたい』と純粋に思ってしまったのだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━ そこ座れよ、と男は地球に座るように促す。 地球は目の前に座れるスペースがあったので、そこに腰かけた。 地球が座ったのを見た男は、ゆっくり話し始めた。 聞くところによると1年前に火星は、軽音部に入部して そこで部活の1個上の先輩と出逢い付き合っていた、 というよくある恋愛話だった。 「元々そいつはチャラかったし、  過去に付き合ってたやつ、誰も長続きしなかったけどな」 しかも話を聞く感じだと、 あんまりいい相手ではなかったらしい。 「そもそも…あいつ男いけるのも知らなかったけど」 ハハッと笑いながら話す目の前の男も大概だが、 そう思われても仕方がない先輩だったのだろうと、地球は推測した。 「アンタは、そもそも男同士で嫌悪感とかなかったわけ?」 「嫌悪感、ね~…  当時はそこまであいつらのこと意識して見てなかったからな」 「…」 本当にそう思ってなかったのか、 はたまた濁して話されているのか 相手の意図がよくわからないが、 それ以上深く当時の心境を聞いても無意味だと思い、 目の前の男にどう思ったのか聞くのはやめることにした。 「まあでも、火星と相性が良かったのか、  なんだかんだ結構続いていたわけ」 男曰く、その先輩とやらは 普段はもっても、3ヶ月くらいで別れると話していた。 その経緯を知っているあたり、 どうやら男と火星の元恋人との関係性は 親しい間柄なのだろう。 「珍しいこともあるもんだな、とあの時は思ったな。  …でも突然、別れた」 先程の出来事から何となくそうだったんだろうな、 と地球は思った。 でなきゃ『裏切った』などと言ったワードが そもそも出てくることは無いに等しいだろう。 「その理由、知りたいだろ?」 「…そこまで知ってるんだ」 「じゃなきゃ、話さないだろ普通」 男は最初ニヤニヤしていたが、 当たり前のことを聞き返したのが気に食わなかったのか、 ハァ~とため息をついた。 「さっき、少し聞こえちゃったけど、火星のあの感じからして  円満な別れ方ではなかったのは、なんとなく分かる」 「そうだな」 いつもクールで、何をしても怒らなさそうな火星が、 あんなに感情的になるなんて、余程のことだと感じていた。 「あいつ、別れるときに  火星になんていったと思う?」 「…?」 目の前の男は、先ほどの様子とは違い、 真顔になった。 「…あいつ、  『女ぽいからいけると思ったけど、やっぱ無理だわ』  そう、言ったんだとよ」 「…」 地球は驚きを隠せず、目を大きく見開いた。 「しかも、追い打ちをかけるように  『もう新しい相手いるから、俺の目の前から消えてほしい』と  …そう火星に言ったんだとよ」 「…は、最低じゃん…」 当時火星が、仮にも付き合っていた恋人に そんなことを言われたのだとしたら 相当ショッキングなことだっただろう、と思った。 そして性別のことや二股発言?はおろか、 存在否定に繋がるようなことも言われて 火星はどんなに辛かったことだろう。 その時の火星のことを考えるだけで、 胸が締め付けられた。 「…さっきお前、俺に『嫌悪感あったか?』と聞いたな」 「…うん」 「俺は別に知り合いが、誰と付き合って別れようが、    正直知っちゃこっちゃないわけ」 「…まあ、確かにね」 地球自身も今まで他人に興味がなかったので、 この男がそう言うのも理解できた。 「いくら知り合いとは言え、当事者間のことを  外野がどうこう言うのもおかしいしな。  本人たちが良ければ、俺はそれでいいと思ってる」 「…」 「だから仮に嫌悪感があったとしても、  俺は何も言わなかっただろうし    別れたと聞いた時も、何も言わなかった」 「…なんで、俺に話したの」 しかし他人に興味のないこの男が、 何故見ず知らずの自分に 火星の過去を話すのかは、理解できなかった。 「さぁな」 「は?とぼけないでよ」 はぐらかされて、少しムッとなる地球に またニヤニヤしながら男は続ける。 「お前、火星があんなに感情剝き出しになっているところ、  知らなかっただろ?」 「知らないけど…それが何なの」 からかわれているのが気に食わないので、 口調が強くなってしまう。 でもそれ以上に、何も知らない自分にも苛立っていた。 「そんなに怒るなって。  昔はもっと感情豊かだったんだよ、アイツは」 「…それは、誰に対しても?」 こないだ友人(らしき人物)たちと 楽しそうに笑っているのは見たので 本当はそうなんだろうな、と薄々感じていた。 「ああ。けど、別れた後からだったな。  火星が、感情を表に出さなくなったのは」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━ 元恋人の『裏切り』に傷つき、 純粋に感情表現ができなくなってしまった火星。 男の話を聞く限りだと、 人間不信になってしまったのではないか、 と地球は感じた。 それなら、今の生徒会での距離感も納得できる。 それに友達には偽りなく笑えるということは、 おそらく1年の時の付き合いなんだろうし、 きっと火星の過去も知っているのだろう。 (笑っている表情、綺麗なのにな…) しかし過去のトラウマのせいで、 意識しているのは無意識なのかは知らないが、 火星自身が感情を抑えているのだとしたら それはもったいない、とさえ感じた。 「やっぱ、信頼関係、か…」 地球がボソッと呟いた瞬間、 男のスマホからピロンッと通知音が流れた。 男はスマホ画面を見て、先ほど来たメッセージに 慣れた手つきで返信を打っていた。 「さあて、と…  そろそろ行くかな~」 「…色々と聞いて悪かったな」 男は返信を打ち終えると立ち上がり、 この場から去ろうとしていたので、地球も立ち上がった。 終始男は、人をからかう感じで苛立つ態度だが 話す限り何だかんだ良い奴、だということは分かった。 「別に~、お前が『火星のこと聞きたくてたまりません!』  みたいな顔していたから、話しただけだし~」 「は?」 「誤魔化すなって。  お前、火星のこと『好き』なんだろ?」 「…え?」 一瞬、頭がフリーズする。 (今、こいつ…何て言った?) 「俺が、火星のこと…?好き?」 認識が追い付かず、聞き返すように話す。 「そうだよ、恋愛感情で好きなんだろ?」 「…」 「おいおい、冗談やめろって…。  いや、…マジで言ってんの?」 男は、最初は冗談かと思っていたようだが 地球の驚いた表情や黙り込むのを見て、 咄嗟に冗談じゃないということに気づいた。 男はマジか…と、少しため息をつきながら 地球の頭に片手を置いて、 わしゃわしゃと無造作に撫でた。 「自覚なしだったのかよ…。  でもまあ、……頑張れよ」 男はボソッと呟いた後、フッと笑った。 そして撫でていた手をそっと放し、 じゃあな、と言いこの場を立ち去った。 地球は、男が去ったあとも その場で立ち尽くしていた。 そして男に言われたことに対し、 今までのことを思い返す。 (こないだから、もしかして…) 火星の笑顔に見入ってしまったこと。 火星がいると目で追ってしまっていたこと。 火星の声を聞こえただけで興味を持ってしまい、 自然と足が動いてしまったこと。 (そういう、ことかよ…) 自分でも不思議だった。 なんでこんなに気を取られてしまうのだろう、と。 しかも、日常生活に支障きたすレベルで。 「まじで、最悪…なんだけど…」 今までの行動が全部、恋心から来ていると自覚した途端、 自分の顔が茹でたタコのように、真っ赤になるのが分かった。 さらには、それを今日の今日まで自分では気づかず、 見ず知らずの他人に気づかされることになるとは。 地球は、段々と自分に苛立ちさえ覚え始めた。 「くそ…」 先ほど男に撫でられた頭を、 さらに自分でぐしゃぐしゃにして、 深くため息をつきながらその場に座りこむ。 (明日から俺、火星に対してどう接したらいいんだ…) 今まで他人に興味もなく、ましてや恋愛なんて 自分から疎遠だと思っていたのに。 (とんでもないことになってしまった…) 他人にとっては正直こんなこと、 大したことのないかもしれない。 しかし、今まで対人関係を疎かにしていた地球にとっては、 由々しき事態になってしまったのだった。 .

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