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No.1:トモイ「7日間の現実逃避へ」
【6月11日 14:45・横浜港】
梅雨時らしい曇天の空は、まもなく雨が降り出しそうだ。
いつも営業に出ている淡いグレーのスーツを身に纏った僕は、小さな社用車ではなく、12階建ての豪華客船「サンデリアナ号」へ乗り込もうとしている。
「チケットと身分証を拝見いたします」
「あっ、えっと」
スーツケースの手を離し、手元のビジネス鞄から白い封筒に入ったチケットと、免許証を取り出した。
係員は、チケットに記載のバーコードを読み取り、タブレットで照合している。
一昨日、突然僕のものになった乗船チケットが、係員の持つリストに反映されているのか心配になったが、杞憂だったようだ。
「青山トモイ様ですね。ようこそ、いらっしゃいました。お部屋は、7階7110号室でございます。スーツケースはお部屋の前まで運んでおきますので、このままご乗船ください」
「よ、よろしくお願いします」
案内されるままに足を踏み入れたサンデリアナ号の中は、豪奢なシャンデリアが光り輝いている。
船内は想像以上に煌びやかで、すでにたくさんの男性が寛ぎ談笑していた。
出航時刻15:00ギリギリに乗船した僕と違って、大半の人は時間に余裕を持って乗り込んでいたようだ。
僕は、港が見えるデッキへと移動する。
ターミナルには、乗客の家族や恋人らしき人がたくさん集まっていた。
6泊7日の船旅の見送りであることは間違いないが、この巨大な船を間近で見るため観光気分で訪れた人も多いだろう。
デッキにいる人も、港にいる人も皆、笑顔だ。
そんな中から、僕を見送りに来てくれた勤め先「はしづめソーセージ」の橋爪社長夫妻を探し出す。
12歳のときに両親を亡くした僕にとって、父の親友であった彼らは、親代わりと言ってもいい人たちだ。
二人は肩を寄せ合い、遠くからでも、心配そうな顔をしているのが見てとれた。
(こうして一週間逃がしてくれただけでも、社長夫妻には感謝しなきゃ)
僕は、彼らの姿が最もよく見える場所へ移動し、一旦大きく深呼吸をする。
そして口角を上げて、大きな明るい声を出した。
「橋爪社長ー!奥さーん!」
声に気が付いた彼らが、キョロキョロと辺りを見渡し、デッキにいる僕を見つける。
「いってきまーす!楽しんできますからねー」
奥さんはハンカチを握りしめながら、手を振ってくれた。
彼らに笑顔はない。
サンデリアナ号は、一切の振動を感じさせず、ゆっくりと港を離れ始める。
……その時だ。
曇天に似合わない血のように真っ赤なスポーツカーが、低いエンジン音を響かせ港に乗りつけた。
(うわっ。どうして……)
駐車場でもない場所に車を止め、乱暴に運転席から下りてきた屈強な男は、大きな声で喚き散らす。
「トモイはどこだ!船を止めろ!」
岸を離れた船に飛び移らんばかりの男は、係員に羽交い絞めにされている。
この後係員が、あの男が若くして大手スーパーやコンビニ、ドラッグストアを経営する岩戸コーポレーションのCEO岩戸オサムだと知り、慌てるのが目に浮かぶ。
オサムとの約束の日は、一週間後のはずだ。
なのに、ここまで追ってくるなんて……。
橋爪社長がこの豪華客船に乗せてくれなかったら、今日にでも僕はオサムに囲われていたのかもしれない。
いずれにしても、6泊7日でこの港に戻ってくるまで、どこにも寄港しないこの船に乗り込んでしまえば、僕に接触することはできないはずだ。
一週間の船の上が、僕に残された最後の自由時間なのだと、改めて実感した。
—
デッキからラウンジの中へ入ると、すかさずウェイターがシャンパングラスを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
喉の渇きを感じ、すぐにゴクリと口にした。
(ん?この舌に残る甘味はなんだろ?僕が高級シャンパンを飲み慣れないだけ?)
首を傾げながらも飲み干す頃、船内のいたるところに設置されているモニターから、一斉に動画が流れ始めた。
「皆さま、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今回、初めての試みといたしまして「異業種交流セミナークルーズ」を主催する城井カイリと申します」
そこかしこで大きな拍手が起きる。
「現在このサンデリアナ号には、20代から30代の様々な職業を持つ男性1000名が乗船しております。7日間に渡り、各種講演会、分科会、セミナー、ワークショップを多数開催いたします。積極的に参加、交流いただき、互いに高め合って、皆さまが次世代の担い手となることを望みます」
先ほどの赤いスポーツカーの男・オサムも若い実業家で40歳だが、城井財閥の御曹司であるカイリはもっと若く32歳だ。
27歳の僕と5つしか違わない。
経済界ではライバルとして並べられることが多い「アルファ」の二人。
だが、体育会系でマッチョ体形なオサムと、知的で背が高くモデルのようなカイリとでは、纏う空気がまるで違う。
もしも、僕を無理やり愛人にしようとしている男が、オサムではなくカイリだったら、躊躇わずにこの身を捧げただろう。
だって、城井カイリは僕の初恋の人だから……。
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