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第8話 異常な身体。
その後美月は名門と名高い私立の男子中学校に進学した。
丁度二年に上がるタイミングに、美月のクラスは保健体育で性の授業を受けた。
授業後の体育更衣室の着替えで、性的な視線を向けられ、美月はそのあまりの不躾さに嫌気を感じつつも、身体の芯は火照り出しはじめていた。
教科書に並ぶ『二次性徴』という四文字は、あまりに無機質で、他人事のように白々しかった。
射精、精通、身体が大人になるための準備。
保健体育の教員が淡々と読み上げるその言葉が、更衣室の澱んだ空気の中で、遅れて熱を持ち始める。
美月は、湿ったシャツのボタンを外す指先が微かに震えているのを、誰にも悟られないよう必死に抑えていた。
さっき教科書で見た図解には、こんな熱い疼きの答えはなかった、と、美月は思った。
汗の匂いと制汗剤の人工的な香りが混じり合う、むせ返るような男子更衣室はロッカーが乱暴に閉まる音や、クラスメイトたちの無神経な笑い声が鼓膜を叩くたび、美月の背筋にはゾッとするような嫌悪感が走り抜ける。
けれど、その嫌悪に反比例するように、下腹部は重く、熱い。
『俺の身体は、あんなに無機質な言葉で説明できるものじゃない。もっともっと、ずっと汚くて、勝手に熱を持つ感覚だ』
授業で習った『生理現象』という言葉。
そんな清潔な言葉で、この泥のような執拗な熱を片付けられてたまるものか。
背後に感じる、誰かの粘着質な視線。
それが肌に触れるたび、美月の身体は主人の意思を無視して、蜜を滴らせる花のように無防備に開こうとする。
美月は、やはり己の身体は『異常』なのだと確信した。
「……っ」
震える指先で制服のボタンを掛け違え、美月は喉の奥で小さく、自分自身を呪うような吐息を漏らした。
「お疲れ、北白川!!さっきの授業マジで気まずかったよなぁ」
と、笑いながら肩に手を置かれ、美月はビクリと反応する。
「北白川、お前顔赤いぞ?まさかあんな授業の内容にのぼせたのかよ」
クラスメイトの一人が冗談めかして言ってきたが、今の美月にとっては内側の羞恥を暴かれたことに怒りが込み上げ、美月は殺気を込めた視線を向けて言い放った。
「……君にはデリカシーの欠片もないんだね」
氷点下の冷たさを含んだ美月の声が、騒がしい更衣室の空気を一瞬で凍りつかせる。
極道の家系に生まれ、死線を見てきた者の眼差しは、蛇に睨まれた蛙のように相手の動きを封じる。
凍てつく怒りに満ちた美月は、美少年の形をした凶器そのものだった。
睨みつけて相手が黙った後、まだ自分の肌に残っている『視線の熱』が、冷めていく。
そして静まった空気の中で、美月の存在が逆に際立っていた。
『俺みたいに、視線ひとつで身体が裏返るような惨めさを、彼は一生知らずに生きていくのだろう』、と、そう思うことで冷静さを取り戻せた。
そしてそれと同時に、そのクラスメイトに羨ましさを感じていた。
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