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第1話 淡い闇
時計の秒針の音がやけに耳を刺す。
瞼の裏に弱い光を感じて、使冴は細く目を開いた。
ブラインドの隙間から漏れた光が、暗い部屋を淡く照らす。
(ここ、どこだ……)
四角い天上の隅が、淡い闇に浮かぶ。
視界の端が、白く霞んだ。
(頭、重い。体、動かねぇ)
体が、やけに怠い。
腹の奥にだけ、快感の残滓がくすぶる。
(昨日は……指名が、スミさんで……)
記憶の欠片がパラパラと浮かび上がり、意識を繋ぎ合わせた。
「っ、俺……!」
伸ばした足がシーツを滑る。
布擦れの音に混じって、聞き慣れない金属音が虚しく部屋に響いた。
起き上がろうとした体が、ベッドに沈む。
「足に……腕も……?」
冷たい感触と、金属の重みが両手首を縛っていた。
動かすたび、じゃりっと鎖が擦れる。
「なんだよ、これ」
自分の状況が理解できない。
だが、異常であることだけは、わかる。
「っ……!」
背中に熱と呼吸が触れた。
肩がビクリと跳ねて、背筋が凍る。
(誰か、いる)
「……起きた?」
抑揚のない低い声が、耳元に響いた。
動けなかったのは手足の枷だけじゃない。
男が背後から腕を回して、使冴の体を抱いていた。
「おはよ、|冴《さえ》……いや、|使冴《つかさ》」
「なんで、俺の名前、知って……」
振り返ろうとした頬に、冷たい指が触れる。
顔を寄せられ、吐息が耳を撫でた。
やけに熱くて、心臓が嫌な鼓動を速める。
「使冴が言ったんだろ、捨てたいって」
「……え?」
男の指が腕をなぞる。
ぞわりと肌が粟立つのに、逃げられない。力が、入らない。
指が手の甲を撫でて、使冴の指先を絡めとった。
「俺が全部、リセットしてやる。約束だからな」
「……何の、話……っ」
男の指が顎を掬う。
誘われるまま、振り返った。
「ぁ……スミ、さん」
真っ黒な瞳が使冴を見詰める。
底のない黒の奥に、微かな灯が揺れる。
「さっきからフェロモン駄々洩れ。気付いてねぇの? 誘ってんの?」
「ちがっ。そんなはず……んっ」
口の端を強く吸われて、息が止まった。
甘い匂いが広がって、鼻に抜けた。
(なに、これ。アルファの、フェロモン?)
感じ慣れない快感が背筋を昇った。
呼吸が浅く、速くなる。
「はっ、はっ……感じるワケ、ない、のに」
耳元にスミの吐息が落ちる。
触れる息だけで、肌が震えた。
「俺のフェロモンに煽られてんの、可愛いな」
スミの唇が首筋を食んだ。
指先とは対照的に、火傷しそうに熱い。
熱は熱を欲するのに、意識だけが遠のく。
甘い香りが、脳を溶かす。
「違う、こんなの、知らな……」
視界が揺れて、記憶の輪郭が滲む。
逃げようとした瞬間、体を強く引き寄せられた。
「逃がさねぇよ、使冴」
声だけが、やけに鮮明に響いた。
冷ややかな指と熱い唇に囚われて、動けない。
視界が白く塗り潰される。
甘い匂いに絡めとられた意識が、静かな闇に落ちていった。
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