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第2話 天使すぎる家政夫
黙々と手際よくこなして、あっという間に肉じゃがが完成した。
「ん、寝かせて味が染みたら、良い感じ」
今日はいつもより味付けが好みに仕上がった。
「この調子で、次は酢豚の仕上げ……」
上がった気分でフライパンに手を伸ばした時。
使冴の目の端が、キッチンの入口に光るスマホを捉えた。
「……柳様、タルタルソースは前回と同じまろやかテイストで、よろしかったですか?」
使冴を狙うスマホが、床に落ちた。
「え? えぇ! 同じで! 私、子供たちと遊んでくるわ~」
「どうぞ、ごゆっくりなさってください」
慌ててスマホを拾った智子が走り去る。
パタパタとスリッパの音が遠ざかって、使冴は息を吐いた。
(気ぃ抜けねぇなぁ)
最初にSNSでバズった写真も、隠し撮りだった。
それがきっかけで特集記事にまで発展していたから、今は気を付けている。
「料理は、好きなんだけどな」
ぽそりと呟きながら、フライパンで野菜と豚肉を炒め始めた。
「よし、できた」
作り終えた料理を確認し、智子に声を掛ける。
「柳様、出来上がりましたので確認をお願いいたします」
「は~い」
キッチンにやってきた智子の目が輝いた。
「美味しそう。良い匂い! やっぱり使冴君の料理は最高ね。特にタルタルソースは、うちの子たちも大好きなの」
「そう言っていただけると、僕も嬉しいです」
小首を傾げて笑む。
「使冴君は声も素敵よね。聞いてると、うっとりするもの」
言葉通り、智子の顔がうっとりしている。
「そんなに褒められると、照れるな。五分、時間が余りましたので、他にお仕事があればお申し付けください」
「え~? 褒めたからサービスしてくれるの? そういう気の利いたところも、可愛いよね」
「大したことは、できませんよ」
本当に時間が余っただけだから、喜ばれても困る。
「そうね~。キッチンは綺麗だし洗い物もしてくれてるし……」
キッチンを眺めて、智子がポンと手を叩いた。
「じゃ、お茶しよ。アイスコーヒーでいい?」
「いえ、そういうのは……お気持ちだけ、いただきますので」
使冴は慌てて、智子を止めた。
以前、勧められた飲み物に睡眠薬が入っていたことがあった。
だから、客の家で出されたものを口に入れたくない。
使冴は時計を見上げた。
「お話していたら、時間が過ぎちゃいましたね、すみません」
さりげなくキッチンを出て、書類を差し出す。
智子が、終了のサインを書き込んだ。
「使冴君と過ごしていると、あっという間に時間が過ぎるわね」
残念そうに零す智子を笑顔を絶やさずに眺める。
「今度は定期更新にする。じゃないとすぐに予約、埋まっちゃうから」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
書類を受け取り、素早くエプロンを外す。
足早に玄関に向かうと、智子を振り返った。
「またのご利用を、お待ちいたしております」
礼儀正しく頭を下げる。
最後にとびきりの笑顔を残し玄関を開ける。
「絶対に予約するからね。またね」
笑みを崩さず、玄関を閉めた。
この時点で、使冴の仕事は終了だ。
エレベーターに乗り込む。
扉が締まった途端に、使冴の顔から笑顔が抜け落ちた。
「エアコン効いてても、あっちぃなぁ」
ポケットからスマホを取り出す。
一件の通知に、目を留めた。
「夜の予約か。スミって前にも……」
呟いて、使冴は無意識に口を閉じた。
(匠兄貴に頼まれてる奴だ。このスミって男、どういう繋がりなんだろうな)
場所と時間を確認して、使冴はスマホをポケットに押し込んだ。
「どうでもいいけど」
マンションを出ると、熱い陽射しが肌を焼いた。
蝉の鳴き声を遠くに聞きながら、使冴は夏の夕暮れを歩き出した。
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