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第64話 年越しそば

 十二月三十一日、大晦日。  午後から始めたおせちの準備もすっかり終了した。  年越しそばと明日の雑煮も完璧だ。 「アツアツの天ぷら、これで終了っと!」  最後のエビをさくっと揚げ、油きりのトレイに移すと、火を止めた。 「こんなに揚げて、食べきれるの?」  倫太郎が呆れ顔で天ぷらを皿に盛る。 「伊純も伊織兄ちゃんも大食いだから、大丈夫。米も炊いた。蕎麦は六人分で足りるかな」 「……僕は半分でいいよ」 「相変わらず食べるの好きじゃねぇなぁ。アレルギー大丈夫?」 「甲殻類も蕎麦も、問題ないよ」  蕎麦が茹で上がった頃、伊純と伊織が部屋から出てきた。 「天ぷら山盛りだねぇ、美味しそう」  伊織が嬉しそうに天ぷらの皿を眺める。 「炬燵、いいな」  伊純がしゅるしゅると炬燵に潜って足を延ばした。  本格的に冬になってから、広いリビングに電気カーペットを敷いて炬燵を作った。  ソファを少しずらしたら、大きい炬燵が置けて、かなり快適だ。  ホームセンターの買い物リベンジをした使冴の、最近一番の戦利品だ。 「伊純って末梢が冷えやすいよな。その割に靴下を履かない」 「足に布あたってんの、好きじゃねぇんだよ」  手足をスリスリしながら背中を丸めて炬燵に潜る伊純が、可愛い。 「とろろ月見蕎麦だ。いいねぇ」  伊織がほくほくした顔で蕎麦を覗き込んだ。 「伊織兄ちゃん、昼飯、食ってないから腹減ってんだろ」  昼食で呼んでも出てこなかった伊織は、研究論文を読み込んでいたらしい。  亜種の蜂について、改めて資料を搔き集めているそうだ。 「夢中になると時間を忘れちゃうんだよね」 「兄貴はそのうち餓死する。声掛けねぇと、風呂にも入らねぇし」  伊純がブチブチと文句を言いながら、蕎麦を啜る。 「使冴君、僕の蕎麦、多いよ。半分て言ったのに」 「倫太郎さんのどんぶり、子供用だからな。子供用に、普通に盛っただけ」 「そうだよ、倫ちゃん。それくらい食べないと餓死するよ」  蕎麦と白飯を食べながら、伊織がケタケタと笑う。 「良く食べるね、伊織。見てるだけでお腹いっぱいになりそう」 「便利な腹だな」  倫太郎にツッコむ伊純も、天ぷらで白飯を食べている。  御影兄弟は食いっぷりが良いから、作り甲斐がある。 「使冴君と倫ちゃんが作ってくれたご飯だからね、美味しいよ」  伊織が倫太郎のどんぶりに小ぶりなエビを乗せた。 「……天ぷらは一つでいい」 「じゃぁ、もう一つは、あーん」  伊織が、満面の笑みでレンコンの天ぷらを倫太郎に差し出す。  じっと見詰めていたが、倫太郎が仕方なさそうに、ぱくりと食べた。 「天ぷらは二つでいいよ」  倫太郎が文句を言いながら食べている。 (レンコンだったからか。伊織兄ちゃんに、あーんってされたからか)    味がない食材が好きな倫太郎だから、レンコンは好きそうだ。  相変わらず、息を吸うようにイチャつく二人だ。 「そういや、年明けから始まる大学の資料、ダウンロードしといたから、後で見て」 「ん、そっか。一月に研究室に行くんだっけ」  来年から、使冴と倫太郎は大学の研究室に通うことになった。  蜂の研究協力と、学士取得の両方を兼ねている。 「初日は俺が案内するから、大丈夫」 「伊織兄ちゃんが籍を置いてる研究室だから、生物学?」 「そう。教授が俺に似て気さくな人だから、楽しいと思うよ」 「似てるんだ」  伊織がいてくれるのは心強いが、同じような気質の学者だと、ちょっと怖い。 「変な生態実験されないことを祈るよ」  使冴が胸に仕舞った不安を、倫太郎が代弁してくれた。 「詳しくは、年が明けてからだな。年末年始くらい、ダラダラしてぇ」  伊純が大欠伸している。  ここ数日は何のかんので仕事していたから、疲れている様子だ。 「だなぁ。まだ年明けてねぇし、鬼が笑うよな」  そばつゆを啜って、使冴もほっこりした。 (今日も美味しくできた。元旦の雑煮は関東風だから、二日は関西風にしよう) 「そうだ、初詣いこうよ」 「いいねぇ、四人で出かけたら楽しそうだ」  使冴の提案に伊織が食い付いた。 「……寒いな」 「人も多いね。僕は炬燵がいいな」  伊純と倫太郎が似たような反応をした。 (インドア派め)  本格的に寒くなってから、伊純の外出頻度が減ったのは、きっと寒いからだ。 「使冴と過ごす最初の正月だし、行くか」  嫌がるかと思いきや、伊純が前向きな返事をした。 「おぅ! 破魔矢、玄関に飾ろう」 「ん」  ウキウキと返事をしたら、すりっと頬を撫でられた。 「倫ちゃんも」 「僕は炬燵」 「次の天ぷら……」  伊織がサツマイモを持ってスタンバイした。 「……行くよ。伊織に大凶のおみくじ引かせてあげるよ」 「楽しみだね。はい、あーん」  倫太郎が、結局サツマイモの天ぷらを食べさせられていた。 (倫太郎さん、子供っぽいというか、素直になった)  オークション以来、倫太郎は棘が抜けて丸くなった。  前のように、会話まで駆け引きをする必要がなくなったからなのだろうが。 (雰囲気も柔らかくなったし、安心しているのかな)  Dissolveに籍を置いてから、倫太郎の姓は根黒から天久に変わった。  天久倫太郎は、戸籍を持たなかった倫太郎が、初めて得た自分だけの名前だ。 (倫太郎さんとは従兄弟なんだよな。家族が増えた)  この部屋で始まった生活は、どんどん人が増えて、いつの間にか四人になった。  改めて、部屋を見回す。  何となく、温かく感じた。 「……あ、雪だ」  半分だけカーテンが開いた窓の外を眺める。  使冴は、立ち上がって窓に寄った。 「道理で寒いわけだな」  隣に立った伊純が、窓の外を一緒に眺める。  何だか不思議な気分で、使冴は伊純を見上げた。 「ん? どした?」 「いや、年末に誰かといるの、何年振りかと思って」  マシュマロハウスもマローも、年末年始は休みだったから、一人で過ごしていた。 「これからは毎年一緒」  伊純が使冴の肩を引き寄せた。  温もりが、じんわり沁みる。  どうしてか、目が潤んだ。 「そっか、そうだな」  明日がどうなるかなんて、わからない。  けれど、来年も一緒だと躊躇なく言ってくれる伊純が、嬉しい。  泣きそうな顔が恥ずかしくて、使冴はちょっとだけ俯いた。  視線の先が、伊純の足を捉えた。  寒そうな指が、もじもじしている。 「伊純、靴下、履け」  見上げたら、伊純が気まずそうな目を逸らした。 「なら、使冴は腹巻しろ。お前、すぐ腹、冷やすから」 「腹巻って上がってきちゃうから、嫌なんだよな。あったかいけど」  見上げた視線と見下ろす伊純の視線が絡む。 「ふっ」 「はは」  可笑しくなって、二人で笑った。   「雪なら、やっぱり炬燵かな」  倫太郎が炬燵で背中を丸めている。 「倫ちゃん、次の天ぷら、どれがいい?」 「要らないよ、伊織が食べたら? 今度は僕が食べさせてあげようか?」 「獅子唐がいいな」 「最近の伊織は冗談が通じなくなったね」  文句を言いながら、倫太郎が伊織に、あーんしてあげている。  その手を掴まえて、伊織が倫太郎にキスをした。 「御馳走さま」  伊織が満足そうに倫太郎を眺める。  掴まえられた手を掴み返して、倫太郎が伊織の唇に噛み付いた。 「食うのは、僕だよ」  倫太郎が、ちょっと得意げに笑った。  本当に、隙があるとマウントをとりながらイチャつく二人だ。 「明日は温かくして出掛けような。靴下用カイロ、足先に……」  伊純を振り返ったら、唇が降ってきた。  熱い唇が重なる。  その上を、冷たい指がなぞった。 「使冴が温かいから、平気」 「ずっと抱えてるつもりかよ」  照れくさくて、拗ねた振りをした。 「いいじゃん、抱えられてろって」  伊純が後ろから抱き付く。  鏡に映る二人の向こう側の外で、白い雪がフワフワと舞っている。 (あ、今、幸せだ)  こんな些細なやり取りは、きっと明日になったら忘れる。  だけど、ふとした瞬間に思い出す。    これから毎日、この部屋で、新しい明日を迎えるから。

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