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第1話

001 大正という時代の光と影。 華族という強固な爵位が、人の運命を天上の楽園へも、底なしの泥沼へも突き落とした時代。 「はぁ……。また当主様のお呼び出しですか」 最多龍馬は、庭園の緑を背に小さく溜息をついた。普段の執事服を脱ぎ、今日は私用の洋服を纏っている。庶民の手に入る茶褐色のズボンに、清潔な白い上着。使い込まれた布地でさえ、彼の若々しく整った肢体には誂え向きの品を添えていた。珍しがられる淡い茶の髪を短く整え、彼は歩くたびに床の軋む廊下を進む。その音さえも、自らの動悸を急かすようで恐ろしい。 「おはようございます。最多が参りました」 ノックは三回。沈黙のあと、重厚な扉の向こうから、冷徹な響きを含んだ拒絶しようのない声が落ちる。 「入れ」 「は、はい……っ」 扉を開ければ、そこには軍服を纏った絶対的な支配者、海馬晃が待ち構えていた。 黒髪を流し、切れ長の瞳には怜悧な光を宿した美男子。短く刈り上げられた襟足から覗く白い肌が、軍服の硬質な襟との対比で、目を逸らせないほどの色気を放っている。 「最多龍馬。こちらへ」 「はい……」 晃がゆっくりと立ち上がる。軍服の布地が擦れる「衣擦れ」の音が、密室にやけに生々しく響いた。 龍馬が一歩踏み出した、その瞬間。 強引に腕を引かれ、龍馬の視界が爆ぜる。気づいた時には、硬い階級の象徴――勲章の並ぶ軍服の胸板へ、身体を押し付けられていた。 「っ……!」 逃げる術などない。背に回された晃の大きな掌が、ためらいもなく腰のくびれへと滑り落ちる。薄い布越しに伝わる、支配者の容赦ない体温。 「……今日も、よく働いたな」 低く、けれど確かな熱を帯びた声が、龍馬の耳朶を這う。 そのまま、晃の指先はゆっくりと、粘りつくような動きで下部へと侵略を開始した。 「……ぁ……あの……っ」 龍馬の喉から、甘く掠れた悲鳴が漏れる。 けれど、拒絶の言葉は唇の裏側で霧散した。 高貴なる当主と、その足元に傅く使用人。埋めようのない身分の差が、龍馬の理性を呪縛のように縛り付ける。 「どうした。……声が出るようになったのか?」 耳元で、くすりと嗜虐的な笑みの気配がした。 龍馬は耐えるように唇を噛み締め、熱を帯びていく視界の中で、ただ主の香りに溺れるしかなかった。

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