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第4話

004 煌びやかなシャンデリアの灯りが、かえって影を濃く落とす夜会の会場。 龍馬は晃の半歩後ろに控え、借り物の執事服の硬い襟に喉を締め付けられながら、静かに立っていた。 嬌声と音楽が混じり合う中、ふと――肌を刺すような粘りつく空気が揺れる。 「……来たか」 晃の呟きは、獲物を前にした獣の唸りに似ていた。 視線の先、香水の香りに群がるご婦人たちの中心に、その男はいた。 長く流れる夜色の髪。 そこから漂うのは、心臓を直接撫でるような、濃密なムスクの残り香。 甘く整った相貌に宿る、すべてを見透かすような硝子細工の瞳。軍服の肩に飾られた金糸が、傲慢なまでに光を反射している。 ――子爵。 「……あの方は相変わらずだな。目障りなほどに」 晃の言葉に滲む苛立ちは、所有物を狙われる者の独占欲だ。 龍馬は、その場をやり過ごすために小さく微笑んだ。 「当主様も、負けておりませんよ。……私にとっては、あなた様だけが主ですから」 「……ふむ。お前がそう言うならな」 その言葉に、晃の眉間の皺がわずかに解ける。 その「単純さ」に龍馬が安堵した、次の瞬間だった。 「やぁ、私の愛しい『花』」 ――背後から、鼓膜を震わせる低い声。 はっと振り返った龍馬は息を呑んだ。 そこには、今しがた遠くにいたはずの子爵が、逃げ場を塞ぐように立っていた。 気配すら感じなかった。まるで、最初から背後に張り付いていたかのような不気味さ。 「……っ、子爵閣下」 「今日も会えて嬉しいよ。その瞳に私が映る瞬間を、ずっと夢に見ていた」 龍馬に向けられる視線は、もはや熱を通り越して「食欲」に近い。 だが次の瞬間、子爵の視線はゴミを見るかのように、隣に立つ晃へと流された。 「……ああ、公爵もいたんですね。まぁ、せいぜい宴の賑やかしにでも励みなさい」 「子爵、招かれた主人に対する礼を欠く行為かと」 晃の声には、隠しきれない棘が混じる。 しかし、子爵は優雅に肩をすくめ、獲物を愛でるように龍馬の肩に細い指先を這わせた。 「お堅いですね。私はただ、『欲しい者』を呼んだだけ。……招いたのは、この龍馬だけなんですよ」 空気が、一瞬で凍りついた。 子爵の瞳は笑っていない。その奥にあるのは、深い沼のような底知れない執着だ。 「……龍馬は、私の所有物だ。指一本、触れることは許さん」 晃が、龍馬の腕を強引に引き寄せる。 「へぇ? 独占欲ですか、当主様」 子爵がわずかに目を細め、挑戦的に微笑んだ。 「それはどうかな。……彼が誰に『根』を降ろしたくなるか、試してみるのも一興ですよ」 火花が散る。言葉は静かだが、その裏でぶつかり合う嫉妬の重圧に、龍馬はただ立ち尽くすしかなかった。 視界が歪む。二人の視線の檻に挟まれ、自分という存在が摩耗していく。 (……ああ、逃げ場がない) 龍馬の喉が、無意識に鳴った。 彼はまだ知らない。この衝突すらも、彼を「壊す」ために仕組まれた、甘い罠のプロローグであることを。

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