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第3話

「ん…痛った…っ」  蒼太は重い瞼をゆっくりと開き、激しい頭痛に思わず顔を顰める。この痛み、そしてこのだるさ、完全に二日酔いだ。  起き上がった蒼太は頭を押さえ、寝起きの覚醒しきっていない頭で昨日の出来事を思い出す。そうだ、昨日は同級会で酒をしこたま飲んたのだった。とにかく飲んだ、そのため後半の方はほとんど覚えていない。まさか記憶が飛ぶまで飲むことになるとは蒼太自身も思っていなかった。蒼太は酒に強い訳でもなかったが、いつも楽しめる範囲でセーブしながら酒を嗜んでいた。しかし昨日は違った、酒を飲む手は止まることなく、気がついたら我を忘れてしまうほど飲んでしまっていたらしい。  とりあえず水を飲もうと立ち上がろうとした蒼太は、今更ながらに違和感を覚えた。  ──あれ…俺なんでソファなんかで寝てるんだろう…。 「え…っ?」  段々と覚醒してきた頭で辺りを見渡した蒼太の頬に、冷や汗がつーっと伝う。 「ここ…どこだ…?」  今さっきまで蒼太が寝ていた場所は自分の部屋などではなく、全く身に覚えのない知らない部屋だった。恐らくリビングであろうこの部屋は蒼太が住んでいるマンションの一室よりも広く小綺麗だった。周囲の見覚えのない景色に蒼太は戸惑いを感じる。  まさかやってしまったのではないかという最悪な予想が脳裏を過ったが、それなら何故一人ソファで寝ていたのだろうという疑問があった。きっと友人のどちらかが酔いつぶれた自分を見かねて自身の家へと介抱してくれたのだろう、と蒼太は思うことにした。正直それ以外考えられない。  ガチャッ 「起きたか酔っ払い」 「……へっ…」  扉の開く音に反応した蒼太が振り返ると、そこには蒼太の予想していた友人とは異なる男が立っていた。随分と間抜けな声が漏れてしまった蒼太の口はそのまま開いたまま、衝撃のあまり身動きが取れなかった。 「あ、藍…?」 「相変わらず間抜けな面だな」  そう、あの藍が蒼太の目の前に堂々とした立ち振る舞いで立っていのだった。上下スウェット姿の藍は蒼太の元へ近づくと「まるで化け物でも見たって顔だな」と口にした。 「なんで…なんで藍がいるの…?」 「なんでってここは俺の家なんだから俺が居て当たり前だろ」 「藍の家だって…?」  平然と話す藍を前に、蒼太には理解し難いことしか無かった。とてもじゃないが蒼太には信じられない、何故自分が藍の家に居るのか、蒼太は昨日の記憶を必死に漁ってみるが、やはり何も思い出すことが出来ず当てにはならなかった。 「お前昨日道端で酔いつぶれてたんだぞ、声掛けても全然反応しねぇしマジでどんだけ飲んだんだよ」  藍は一つ大袈裟にため息をつくと、蒼太を見下ろしたまま言葉を続けた。 「どうしようもねぇから連れ帰ったんだ、マジで重すぎて途中で捨てようと思ったわ」  なんとか藍の話を理解した蒼太は「お前が俺を介抱してくれたってことか…?」と半信半疑の気持ちを隠せていない状態で藍に問いかける。すると藍は「本当に何も覚えてないんだな」と冷たい視線を蒼太に向けた。 「ご、ごめん…昨日馬鹿にみたいに飲んだっぽくて最後の方の記憶が何も無いんだ…」 「じゃあ早く出てけ」  藍は興味をなくしたように蒼太から視線を外すとそのまま部屋を出ていこうとした。藍が行ってしまうという焦りを覚えた蒼太は咄嗟に立ち上がり藍の腕を掴んだ。 「ちょっと待ってよっ」 「なんだよ離せ」  藍が抵抗するも蒼太が腕を離すことはなかった。すると、無理やりにでも腕を解こうと身体を乱暴に動かした藍に引っ張られた衝撃により、蒼太は足元のバランスが崩れそのまま藍を巻き添えに倒れ込んでしまった。 「うわぁっっ藍ごめんっ!!」  藍の上へ倒れ込んだ蒼太は慌てて藍の上から退こうとするも、藍から香る甘い香りに思わず身体が硬直する。久しぶりに蒼太の鼻を刺激したその甘い香りは、蒼太にとっては劇薬のような効果を持っており思わず頭がくらりと揺れた。 「退け」  一段と低い藍の声が蒼太に命令する。その途端、蒼太は藍から身体をバッと離し、蒼太の下で不機嫌だということが丸わかりな表情の藍と目が合う。  蒼太の身体は次第に熱を上げていくような熱さに包まれる。あの藍を組み敷いているという事実に蒼太は興奮していたのだった。 「おい、聞いてんのか?今すぐ俺の上から退かねぇと本気で怒るぞ」  藍の命令に逆らう事など不可能だった蒼太はすぐに起き上がり「ごめんっごめんね藍」と謝った。 「早く帰れよ、俺これから仕事だから」  藍は身体を起こし、蒼太に再度冷たい視線を送った。そして藍はそのまま部屋を出ようと扉を開けた。 「待ってよ藍っ、えっと…その…昨日はありがとう…っ酔っ払いの俺なんかを介抱してくれてさ…っ」  蒼太は必死に藍に語りかけるが、蒼太に背を向けている藍は一言も言葉を発さない。気まずい雰囲気のまま蒼太はなんとか藍とコミュニケーションを取ろうと試みる。 「このちゃんとしたお礼もしたいからさ、藍さえ良ければなんだけど連絡先交換しない…?ほら…!久しぶりに会ったんだしなんなら今度二人で飯とか行こうよ!」  ここで藍と別れたら今後二度とこうして会うことは無いかもしれない、そんな考えを浮かべた蒼太の苦しい抵抗だった。  しかし蒼太の気持ちも虚しく、藍の口から発せられた言葉は「普通に無理なんだけど」という否定だった。  自宅へと帰った蒼太はコップに水道水を汲みながら数分前に起きた出来事を思い出していた。蛇口を止め、一気に水を喉へ流し込むと冷たい液体が喉をとおり、二日酔いの気持ち悪さが多少緩和されるようだった。  コップを置いた蒼太はシンクに両手をつき、はぁーー…と大きく息を吐く。数年ぶりに藍に会ってしまった、藍と話してしまった、藍を感じてしまった。蒼太はこの事実をなかなか受け止められないでいた。  何故藍が自分なんかを介抱してくれたのだろうか、藍は良い奴ではあったが、酔いつぶれるようなどうしようもない奴を構ってやる程のお人好しではなかったはずだ。けれど藍は蒼太を自宅にまで上げた、そんな藍の意図を汲み取ることは蒼太には難しかった。  そして藍の家を出てから気づいたことだが、藍の自宅であるマンションは驚くことに蒼太の自宅から数分の場所にあった。藍の家を出た瞬間に目に映った見慣れた景色は、普段蒼太がよく通っている住宅街だったのだ。  もう一度行こうと思えば行ける距離、蒼太の頭に一つの考えが浮かんだが、すぐに俺は何を考えているんだと頭を振った。こんなのストーカーと変わりないじゃないか、いくら藍の家が簡単に行ける距離だと分かったとしてもわざわざ会いに行くだなんて気持ちが悪過ぎると蒼太はため息をついた。  ───俺はいつまで藍に捕らわれているんだ…。  蒼太はぐちゃぐちゃとした感情に押しつぶされるように、再び深く息を吐いた。

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