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第2話
「そこのお兄さんうちどう?可愛い子揃ってるよ?」
「あっ、いや、これから用事あるんで」
駅近くの飲み屋街、看板を持った中年ぐらいの男に声をかけられた蒼太は人の良さそうな笑みを浮かべ、一度止めた足を再度動かした。
土曜の夜ということもあり、街中はいつにも増して賑わっていた。ショーウィンドウの前で立ち止まった蒼太はワックスで固めた前髪を手で触り、改めて自身の姿を確認する。
「あれ?お前蒼太か?」
自分の名前を呼ぶ声に、蒼太の肩がびくりと跳ね上がる。サッと後ろを振り向くと「うわー、久しぶりだなぁ!」とかつての友人だったであろう男が笑顔で蒼太に近づいてきた。
「おお!大晴!」
突然声を掛けられ驚きはしたものの、友人との久しぶりの再開に蒼太の声は明るく弾んでいた。高校時代に比べると多少恰幅が良くなったように見えたが、さほど変わらない大晴の姿に何故だかほっとした安心感に包まれる。
今日の同級会を企画した張本人である大晴、最近ではすっかり連絡も取り合うことがなくなってしまっていたが、この男とは高校二年生の時に初めて同じクラスになり、数いた友人達の中でも仲がいい方だった。
「お前気合い入ってんなぁ!」
「はは、そうかな」
蒼太の背中を軽く叩いた大晴は「お前とは成人式ぶりだよな?今は教師やってんだって?」と嬉しそうな声色で蒼太に聞いてきた。久しぶりに友人と会って喜んでいるのは蒼太だけでは無いようだ。
「うん、今は教師で落ち着いてる。大晴は拓海と同じ職場なんだろ?」
「ああ、拓海のやつ同窓会の誘いを断るなんて連れないよな」
拓海に対する不満を漏らした大晴に「あはは、まぁあいつはワイワイするようなタイプじゃないからな」と蒼太は親友へのフォローを入れた。
今日は高校時代の同級生との同級会であり、結局参加することに決めた蒼太は黒いジャケットを羽織り少々綺麗めな格好で気合を入れていた。別に恋人を探す目的があって参加したわけではなかったのだが、何があるか分からないため身だしなみには気を遣わざるを得なかった。
それから二人で何気ない話をしながら、同級会の会場でもある居酒屋で足を止めた。二人が店内へ入ると、店員が顔を出した。
「予約していた相島です」
「はい、相島様ですね。こちらです」
店内に通された二人は個室へ入ると、既に数人来ており各々が適当に座っていた。「おおっ!大晴お前幹事なのに遅せぇよ!」と一人の男が立ち上がると他の連中も「大晴に蒼太!久しぶりだな!」と二人が来たことにより盛り上がりを見せた。
「いやー、悪い悪い。てかお前らが早いんだよ」
「だって楽しみだったんだから仕方ないだろ」
見知った友人達の姿に蒼太の懐かしい気持ちは膨れ上がっていき、来てよかったという実感がじわじわと湧いてくる。
出席確認をしている幹事の大晴を置いて蒼太はかつての友人たちと思い出話に花を咲かせていた。そんな中で続々と人が増え始め、ワイワイとした雰囲気もさらに上がっていき同級会らしくなってきたところだった。
「なんで藍不参加なの?」
「無理やりにでも誘ってよ!」
蒼太は藍という名前を聞き逃さなかった。チラリと大晴たちの方に視線をやると、女子二人が不満気な表情で大晴に文句を言っているようだった。
「お前らなぁ…藍が来るわけないだろ」
呆れたようにそう返した大晴に、そうだよなぁ…と蒼太は改めて気落ちした。
今日藍が来ないということは知っていた。予め誰が参加するのか参加名簿が共有されていたのだった。当たり前だがもちろんそこには藍の名前はなかった。あの藍が来るはずがない、こんなこと分かりきっていたはずなのに、いざ確定事項となると一筋の希望が絶たれたような気分だった。別に藍が目的で今日この場に来た訳では無いのに、変に落ち込んでしまっている自分に蒼太は嫌気が差してしまう。ぐっと眉を寄せた蒼太は、今日は藍の事など気にせず楽しもうと自分へ言い聞かせた。
蒼太が来てから数分、全員が揃ったという事で本格的に同級会が始まった。とりあえず各々が飲み物を頼み、飲み物が行き渡ると「じゃあ乾杯しますか!」と大晴が音頭を取り始める。
「今日はみんな来てくれてありがとう!久しぶりに会うやつだって多いだろうから皆で楽しい時間にしよう!乾杯!」
大晴の掛け声で「乾杯!!」と全員が一斉に声を上げた。蒼太もジョッキを片手に笑顔で周りの者たちとコンっとグラスを合わせる。
「そういえばお前って今フリー?」
酒も回ってきた頃、友人が蒼太に質問を投げかけた。元々肌が白い蒼太の肌は既に赤く色づき始めており「てかお前顔赤くなんの早っ」と指摘させる。
「何、お前彼女いないの?」
「うん、先月別れたばっか」
するともう一人の友人が「あの女大好き蒼太がフリーとか珍しいな」と珍しそうに蒼太を見つめる。
「女大好きって…言い方な、それじゃあ俺が節操ないやつみたいじゃんか」
「実際高校時代のお前はそうゆう奴だったろ」
「そんな事ないっ!」
聞き捨てならないというように蒼太は大きな声を上げた。確かに高校時代の蒼太は恋人がいない期間の方が短かったのではないかと思う程だった。しかし浮気もしたことが無ければ二股だってない、至って真剣な交際を重ねていたのだから女大好きという言われはやめてもらいたいものだった。
「そういやお前あいつと付き合ってたよな、より戻すチャンスなんじゃねぇの?」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべた友人の視線の先には、周りの友人たちと楽しそうな笑顔を浮かべている一人の女性の姿があった。彼女は蒼太の高校時代の恋人であり、数年経ち大人びた印象を抱かせる彼女に蒼太も内心気にはなっていた。
すると、視線に気づいた彼女とバチッと目が合う。彼女は蒼太に気がつくと愛嬌のある笑顔で手を振り立ち上がった。
「おいっ、こっち来るぞっ」
「俺らあっち行ってるわ」
「ちょ?!おまえら??!」
気を利かせ席を立った友人達と入れ替わりで蒼太の隣へ腰を下ろした彼女に「久しぶり蒼太」と微笑まれる。そんな彼女の変わらぬ笑顔にドキリとした蒼太は「う、うん、久しぶり」と何くわぬ顔で返した。
「蒼太すごい男前になったね、今は何やってるの?」
「はは、ありがとう。今は高校で教師してるんだ」
「えー?!教師!すごいじゃん蒼太」
そう言った彼女は左利きのため左手でグラスを持ち上げそのまま口元へと運んだ。その際、彼女の薬指がキラリと光ったことを蒼太は見逃さなかった。彼女の薬指には美しい指輪がはめられていたのだった。蒼太は衝撃のあまり言葉が出てこなかった。そんな蒼太の視線の先に気がついた彼女は「ああ、これ?」と自身の薬指へと視線を移す。
「実は去年結婚したんだ」
「…へぇー!そうなんだ!おめでとう!!」
「ふふっ、ありがとう」
嬉しそうに微笑む彼女とは反対に、蒼太の笑顔は引き攣っていた。そして「蒼太もはやくいい人見つけなよ」と言い立ち上がった彼女は元の場所へと戻ってしまう。
一人取り残された蒼太はグイッとビールを喉に流し込んだ。別に彼女に未練があった訳では無い、ただ自分と同い歳である彼女はもう結婚までしているという事実になんだか置いていかれたような虚無感を覚えてしまったのだ。
「あれ、もう戻っちゃったの?」
彼女が居なくなったことに気がついた友人二人は再び蒼太の隣へ座り直すと「どうしたんだよ、もっと話せばいいのに」と蒼太の気を知りもしないで文句を言ってきた。
「あいつ、結婚してるんだって」
「えっ」
「マジか」
結婚という言葉を聞いた二人は蒼太同様に脱力した表情を浮かべた。そして「まぁこの歳になれば結婚の一回や二回してるよな」と意味の無いフォローを入れられる。
「結婚かぁ…今日来てるやつで結婚してるってやつ結構いるみたいだし、なんなら子持ちだっているらしい」
「追い討ちかけるなよぉ…」
「まぁなんだ、今日はとことん飲もうぜ。俺らも付き合うからさ」
蒼太の肩を軽く叩いた友人は、タッチパネルを指で操作しどうやら追加でビールを注文しているようだった。そんな友人の言葉に励まされるように蒼太はごくごくとビールを喉に流し込み、空になったジョッキをテーブルへと置いた。
乾杯から数時間が経ち、場の空気もなかなかに盛り上がってきた。そんな時だった、ガラリと扉が開き、一人の男が中へ入ってきたのは。
「おーす、おつかれー!」
「やっと来たか藍」
立ち上がった大晴が男の元へ駆け寄り「スペシャルゲストが来たぞー!」と全員に聞こえるような声量で声を上げた。その瞬間、場の空気が一変し大晴達の方へ全員の視線が集まったのだった。
「嘘っ!藍?!」
「本物?!嘘でしょ?!!」
周囲は一瞬でざわつき、驚きの声がそこら中から飛び交う。そしてあっという間に男、水樹藍の周りを囲うようにしてほとんどのクラスメイトが藍の登場に歓喜の声を上げた。
「大晴どういうことだよ!藍は来ないって話じゃなかったのか?!」
「いやー、こいつが来るなんて言ったらお前ら他の関係ない奴も絶対連れてくるだろ?そんな騒ぎになってもあれだから言わなかったんだよ」
どうやら大晴だけが藍の参加を知っていたらしい。ジャケットを脱いだ藍は「とりあえずお前ら俺を座らせろ」と笑いながらそのまま空いている場所へ腰を下ろした。そんな藍の隣を争奪戦のように取り合うもの達によって藍の周りだけがとにかく騒がしいことになっていた。
「いや…まさか藍が来るとはな」
「こんなところに絶対来ないと思ってたわ、なぁ蒼太?」
蒼太へと語りかけた友人は、蒼太から反応がないことを疑問に思い「おい蒼太?」ともう一度呼びかけた。それでも蒼太の反応はなく、蒼太本人は目の前で楽しそうに笑っている藍の姿から目を離せずにいた。
藍が目の前にいる、これは現実なのだろうか。蒼太には現実か夢なのか区別することすら危うく、今の状況にとてもじゃないがついていくことは不可能だった。だってあの藍がこの場にいる、自分と同じ空間で笑っているなんて信じられない、信じられるはずがないのだ。
「蒼太!!」
友人に耳元で呼ばれ、蒼太はハッと我に返る。「どうしちまったんだよ、もう酔いが回ったのか?」と心配そうに蒼太の顔を覗き込む友人に「え、あー、そうみたい」と蒼太は曖昧な答えを返した。
「水飲めよ、水」
「う、うん、ありがとう」
水を渡された蒼太はグラスを受け取り素直に水を飲む。
「そういやお前藍と仲良かったよな?あいつんとこ行かなくていいのか?」
未だに同級生達から囲まれている藍の姿を友人はチラリと見た。藍から視線を逸らした蒼太は「俺はいいよ」と静かに答え、空になったジョッキを見つめた。
「おい蒼太、お前本当に大丈夫なのか?」
心配そうな表情で蒼太を見つめる友人の姿が目に入る。そんな友人の肩から腕を離した蒼太は「大丈夫だってぇ、俺もう大人なんだよぉ?」と呂律の回っていない状態で答えた。
「本当かよ…フラフラじゃねぇか」
「お前こいつ持ち帰れるか?」
「無理、俺明日はえーし」
目の前で友人達が何か言っている様子を、ほとんど機能していない頭をした蒼太はボーッと虚ろな瞳で見つめる。何を話しているのかすらよく分からない、今の蒼太はそれ程までに酔っていた。
「はぁ…俺ら二人とも明日があるからこれ以上面倒見れないわ。とにかく気をつけて帰ってくれよ」
「わかったわかった」
友人達は最後まで不安そうな顔つきのまま蒼太と別れた。一人になった蒼太は家へ帰るためフラフラとした足取りでなんとか歩みを進める。そんな蒼太のほとんど機能されていない思考の中にはたった一人、水樹藍で埋め尽くされていた。
数年ぶりに会った藍はテレビに映っている姿よりも幾分か美しく感じられた。髪色は高校時代よりも落ち着き赤に近い茶髪になっており、服装も黒いジャケットに赤いニット、白いパンツというオシャレなもので藍のスタイルの良さが強調されていた。藍はとにかくスタイルがいい、それは高校時代から蒼太が常日頃思っていたことであり、今日の藍のすらっとした立ち姿もなんとも美しかった。
眩しすぎる藍の笑顔を思い出した蒼太は「…藍」と呟いた。すると足元がおぼ付き、そのまま尻もちをついた蒼太は虚ろな瞳で空を見上げる。少し欠けている月が煌々と光を放っている、その光に蒼太は吸い込まれてしまうのではないか、そんな考えが脳裏に過った。
「おい…蒼太…」
誰かが自分の名前を呼んでいる。懐かしい声、この声に名前を呼ばれたらすぐにあいつの元へ行かないといけない。
「お前って奴は…」
誰かに身体を支えられる。その瞬間、蒼太の鼻腔にふわっとした甘い香りが感じられた。
──ドクン、ドクン。
蒼太の鼓動が激しく音を立て始める。甘い、甘い香り。
これはきっと自分の都合のいい夢なのだと蒼太は思った。なんて幸せな夢なのだろうか、蒼太は瞳を閉じ、そのまま意識を手放した。
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