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第20話

 藍に横になってろ、と強制的にベッドへ連行された蒼太は、随分とマシになった体調にホッとする。 「具合どうだ?」  部屋に入ってきた藍はペットボトルを蒼太へと手渡した。蒼太は起き上がり、ペットボトルの水を飲む。 「うん、もうだいぶマシになったよ。さっきはごめんね」  先程の光景を思い出した蒼太は思わず顔を赤らめた。具合が悪く意識が朦朧としていたからといって、藍に抱きついてしまった事実に恥ずかしさから消えてしまいたかった。変なことを口走った自覚もあり、まともに藍の顔が見れない。  そんな蒼太を他所に、何食わぬ顔で藍は「別に気にしてねぇよ」と答えた。藍に嫌われていないことに心底安心した蒼太「ありがとう」と照れくささから笑みが零れた。 「てか何があったらあそこまで顔色悪くなんの、マジで病院行かなくていいの?」 「うん、もう大丈夫だから。それに今回が初めてって訳じゃないしね」 「もしかして…耳が良すぎるってやつ?」  藍に言い当てられた蒼太は、目を見開いた。まさか言い当てられるとは思っていなかったために驚いた蒼太は「えっ…」と間抜けな声を出す。 「なんで分かったの…?」 「なんでって、高校の時しょっちゅう体調崩してただろ?まぁ今みたいに酷いのは初めて見たけどさ、その理由が周りのヤツの鼓動の音に影響されたからみたいな事言ってたじゃん」 「…藍は記憶力いいね」  困ったように眉を下げた蒼太に「は?馬鹿にしてんのか?」と藍は不満気な表情を見せる。  高校時代、蒼太が体調を崩しがちなことも、その理由も藍は知っていた。藍は蒼太の特性を知っているごく一部の人間だったのだ。  蒼太は藍に今日起きた一連の出来事を話した。蒼太が話終えると、黙って聞いていた藍が口を開く。 「損な体質だよな、ただ鼓動が聞こえるだけじゃなくて、音を聞いたらその感情にも左右されちゃうんだろ?とばっちりじゃん」 「まぁね、でもこの体質のおかげでお前の素を知ることが出来たんだ。全部が全部悪いことじゃないよ」  瞼を下げた蒼太は、改めて自分の特質に感謝すべきなのか迷った。この特質のせいでかなり振り回されてきたが、逆にこの特質が無かったら藍の本性になど気づきもしなかっただろう。  蒼太の言葉に「ほんと恥ずかしいやつ…」と藍はボソリと呟く。途端に恥ずかしくなってきた蒼太は自分の顔が熱くなっていることを自覚した。 「でも、そんなに耳が良かったらこの間のライブとか大丈夫だったのか?あんな大勢の中に居たらぶっ倒れるんじゃないの?」 「ああ、耳がいいっていっても聞こえる鼓動は隣や前後の人ぐらいだよ。それにライブは楽しいって感情が鼓動に乗ってる感じなんだ、だからむしろテンション上がるようなイメージかな」 「そういうもんなのか…」  感心したように藍は相槌を打った。ここまで詳しく自分の特質について話すのは家族以外に藍が初めてだったため、なんと説明すればいいのか蒼太は言葉に迷う。それでも藍から伝わる知ろうとしてくれている姿勢がとても嬉しく、蒼太は言葉を続けた。 「逆に藍の鼓動はいつも静かで一定だからすごく落ち着くんだ。だからお前の隣にいるといつも安心した気持ちになれる」  藍の鼓動は蒼太が今まで会ってきた誰よりも静かだった。だから藍の隣に居ると気が休まるような安心感を得ることが出来、とても居心地がいいのだった。 「俺も…お前と居ると落ち着くよ」 「えっ?」  藍がぽつりと言葉を零す。自分の聞き間違いなのでは無いかと思った蒼太は藍の顔を見た。表情こそ変わっていなかったが、藍の耳が赤く色づいていることに蒼太は気がつく。 「高校の時だって素の自分で居られたのはお前といる時だけだったし…それにあの時はとにかく藍を演じることに必死だったから、そんな中素でいられるお前の存在がすごく有難かった。今だってお前と暮らしててあの時みたいな安心感があるんだ。やっぱりお前の前だと本当の自分でいられる、こんなに自然体でいられるのはお前の前だけだよ」  嬉しさから蒼太の鼓動が激しく脈打つ。藍にそんな風に思われているなんて思ってもいなかった。蒼太は嬉しすぎてどうにかなってしまいそうだった。 「藍がそんな風に言ってくれるなんてびっくりだよ、俺は本当の藍を知った気でいるだけでちっとも知らないんだって思ってたから…」 「本当の俺って?」  藍が眉を顰める。 「春斗さんと居る時の藍だよ。嬉しそうな音しちゃってさ、あんなに誰かに懐いてる藍初めて見たからびっくりしちゃったよ」  すると藍は「はぁ?!」と蒼太の耳が痛くなるような声量の声を上げた。なんて声が大きいんだと蒼太は感心する。 「嬉しそうな音って…そんな音立ててねぇわ!」 「立ててたって!藍は無自覚かもしれないけど、春斗さん相手だとしっぽ振ってる犬みたいだったもん!」 「犬はお前だろ?駄犬が」  急な暴言に「ええ…」と蒼太はしり込みする。藍は蒼太の発言に納得がいっていないようだった。しかし蒼太からすればあの時の藍は、 春斗と話してて嬉しいと言っているようなものだった。無自覚な好意なのかと蒼太は少し拍子抜けした気分だった。 「もしお前が言うように嬉しそうな音を立ててたとしたら、別に春さんの前だけじゃないと思うけど」 「そうかな…?」 「それに春さんと居る時は一応素だけど、お前と居る時みたいなガチな根暗モードは見せてないし。だから俺の本当の姿は今お前が見てる俺だよ」  蒼太は胸が締め付けられるような喜びを味わう。藍自身の口からこんな事を言われてしまってはもう駄目だった。春斗でさえ知らない藍を自分は知っている、これは事実と捉えていいのだろうか。 「つまり俺は春斗さんと同等ってこと…?」 「同等…?それは知らないけど、今の俺が完全な素の状態だって言いたかったんだよ、分かったか?」 「うん、分かったよ」  蒼太はニッコリと微笑んだ。先程の体調の悪さがどこかへ飛んでしまったかのように、今の蒼太の気分は最高に良かった。藍の言葉一つで体調までも変化してしまう単純な自分に、蒼太は苦笑してまう。 「この前はごめんね、この仕事春斗さんの方が向いてるとか卑屈なこと言って」 「ほんとだよ、春さんの方が向いてるとか馬鹿じゃねぇの?あの人カメラマンとか出来るはずないだろ」 「そこじゃないんだけどな…」  冗談なのか分からないが、藍の見当違いな発言に蒼太は静かにつっこんだ。 「それにしても、お前やけに春さんのこと気にするよな」 「えっ」  ギクリと蒼太の肩が跳ね上がる。春斗に対してかなりの嫉妬心を抱いている自覚はあるのだが、藍に感じ取られてしまってはまずかった。蒼太は「そうかなー」と誤魔化すように笑った。 「自覚ねぇのかよ。さっきから春斗さん春斗さんってどんだけ名前呼ぶんだよ」 「だってさ…この前のライブの日に撮った写真、一番よく撮れてるって思ったのが春斗さんと話してる時の藍だったからさ」  これが蒼太が異常に春斗を気にしてしまっている一番の原因だろう。蒼太は改めてあの時撮った写真を思い出す。 「お前はもっと自分に自信をもてよ」  藍はため息をひとつ着いた。 「俺はお前が撮ったからいい写真が撮れたんだと思うけど」 「えっ…?」  蒼太は自身の瞳をぱちくりとさせ、少し照れくさそうに蒼太から目を逸らしている藍に視線を向けた。 「認めたくないけど、やっぱり写真って苦手なんだ。いつも演技してる感じとは違って声も出せないしほとんど動けもしないだろ?だから顔だけで演技しないとだから変にから回るんだろうな」  どこか他人事のように藍は本心を口にした。 「前にお前が言ってたけど、結局は怖いんだろうな。もしバレたらどうしようって無意識に思っちゃうから上手く表情を作れないんだと思う」 「だから写真だと上手く笑えないのか…?」 「うん、だけどこの前お前に撮ってもらった時は違和感なく撮れてたから俺も驚いたんだ」 「でも…っ俺は笑顔の藍を撮れなかった。俺だけの力では春斗さんの前で見せるような藍の笑顔は撮れないんだ」  自信無く瞳を伏せた蒼太は、藍から視線を逸らした。すると藍は「馬鹿かお前」と口にした。 「だからなんでそんなに卑屈なんだよ。確かに最初の撮影の時は笑顔の写真はまともに撮れなかったけど…あれは急にお前がカメラマンってなったから変に意識したってゆうか…今なら普通に笑顔の写真も撮れると思うよ。お前相手なら写真も別に怖いと思わないし」  藍は歯切れが悪いようにそう言った。そんな藍の言葉を、蒼太は全て自分の都合のいいように聞こえているだけなのでは無いかと疑いたくなる。 「そ、それって…俺相手だと写真も怖くないっこと…?」 「そりゃあそうだろ、お前にも元々演技してるってバレてるんだし」 「そ、そっか…」  蒼太は言い表せないほどの喜びを実感するようだった。少しでも藍の役に立てていることが蒼太は何よりも嬉しかった。これを機に藍が写真を克服出来たらいいな、と蒼太は思った。 「でも、やっぱり俺は素で笑ってる藍を撮りたいな。春斗さんに向けてるような笑顔の藍を撮りたいよ」 「お前はまーた春さん春さんって、そんなに気にすることないだろ」  藍は呆れたように瞳を細めた。 「だって俺にはあんな表情してくれないじゃんか、俺はあの時みたいな藍の柔らかい表情を引き出したいんだよ」 「あの時っていつだよ」 「高校の時だよ、放課後俺が親父の一眼レフでお前の事撮ったでしょ?あの写真は今でも俺にとって最高の一枚だ」  うんうん、と頷いている蒼太に対して「お前…もしかして…」と藍が呟く。よく聞き取れなかった蒼太は「ん?どした?」と首を傾げた。 「あの時の写真、消してないのか?」 「あっ」  蒼太の背中に嫌な汗がつたう。しまった、と思った時には既に遅く、蒼太は耳を塞ぐ準備をした。 「アホかお前は!!なんで今でもあんな写真取ってるんだよ!消せって言っただろっ!」  本気で藍に説教された蒼太はしゅんと縮こまった。藍が怒るのも無理はない、高校時代の同級生が今でも自分の写真を大切に保管しているなんて知ったら自分だって引いてしまうだろう。  それでも蒼太は弁解するためにも見苦しい言い訳を続けた。 「だってお前のあんな表情なかなか見れないんだから消すの勿体なかったんだよ…っ!」 「なんだその理由、いいから消せ、今すぐ消せ」 「……分かったよ…」  藍の圧に負けた蒼太は渋々と言った感じで返事をした。 「そんな写真なくても、これから撮ればいいだけだろ。ありのままの俺を撮るんだ、って意気込んでた奴はどこのどいつだよ」  藍がふっと笑った。すると蒼太の鼓動がバクンッと大きく跳ね上がる。蒼太の目に映る藍の姿は、あの時蒼太が見惚れてしまった藍の姿と同じだった。  ──好き、好きだ。  蒼太は胸の内側からどくどくと溢れ出るような感情に息が詰まるような思いだった。蒼太にはこの感情を無視することは不可能だった。藍を騙し続けそばに居ることに罪悪感を抱いていたというのに、今は藍の傍を離れたくない、何があっても藍から離れたくないという感情に押しつぶされるようだ。  蒼太は己の未熟すぎる感情に、心の中で苦笑した。恋とはなんて厄介なのだろうか、矛盾が重なる今の感情に蒼太は振り回され続ける。それでも藍の事が愛おしいという気持ちだけはハッキリと蒼太の中に存在していた。

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