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第41話

「いやー!蒼太くんお疲れ様!」  黒井はにこにことした笑顔で蒼太の元まで歩みを寄せる。「やっぱり君が撮ると藍は格段と輝くよ」という黒井の言葉に、蒼太の頬は自然とつり上がった。  今日は写真集の仕事を除くと二度目になるカメラマンとしての仕事だった。もちろん蒼太が撮影したモデルは藍であり、今回撮影した藍の姿はどれも自画自賛してしまう程美しかった。 「えへへ、そうですかね」 「調子に乗るな」 「痛って…っ!」  満更でもないような笑みを浮かべた蒼太に、藍の蹴りがお見舞された。「痛いよ藍…っ!」と文句を言う蒼太には目もくれず、藍は「なんでこいつ褒めんの?!」と黒井に詰め寄っている。 「俺が一番頑張ってるじゃん!」 「そりゃあ藍の功績ではあるよ?モデルの仕事だって誰が相手でも上手く立ち回れるようになったしね。でもやっぱり蒼太くんが撮る藍はひと味違うんだよ」 「…そんなにこいつを棚に上げるのは黒さんぐらいだよ」  藍は不貞腐れた様子でスタジオを出て行ってしまった。 「待ってよ藍…っ!」  慌てて藍の後を追おうとした蒼太を「あっ、蒼太くん」と黒井が呼び止めた。 「はい?」 「あれから藍の様子は普段と何も変わらないよ、蒼太くんから見た藍は何か変化あるかな?」  今日一日黒井はこの事が聞きたかったんだろうな、と蒼太は察した。少し考え込んだ蒼太は「藍ならもう大丈夫だと思います」と微笑んだ。 「そっか…何か仕事をするにあたって抱え込んでいるのかと思ったけど…それが原因で笑えなくなったってことも有り得るのかなって…」 「少なくとも俺が知る限りは、藍はアイドルという仕事を心から楽しんでいますよ。まぁ、あいつは人に相談とかあんまりしないからヘルプサインに気づくことも難しいけど、でも今の藍はすごく楽しそうに見えます」  蒼太ははっきりと自分の意見を述べた。父親の一件が世間にバレてから数日、藍は今も普通にアイドル活動に勤しんでいる。そしてモデルとしての仕事も驚く程順調に進んでいた。蒼太が聞く限りだと、今では蒼太以外のカメラマン相手でも自然な笑みを浮かべることが出来るという。これは藍にとって大きな一歩であった。蒼太としては自分だけが藍の笑顔を写真に収めることが出来るという特権を取られたようでなんだか寂しかったが、藍が苦手を克服出来たことが何より嬉しかった。  蒼太は黒井に別れを告げると、藍の後を追った。藍の後ろ姿を見つけた蒼太は「藍!」と控えめに藍の名前を呼ぶ。 「何」  まだメイクが施されている藍の姿に蒼太はドキリとする。思わず見蕩れていると「何ニヤついてんだ」と藍に指摘されてしまった。蒼太は慌てて口元を隠した。 「で、何しに来たんだよ」 「あっえっとさ、これからうち来ない…?」  口にしてから蒼太は何だか恥ずかしくなってしまう。恋人を自宅に誘う事など何度もしてきたというのに、緊張から身体が硬直した。一瞬視線を泳がせた藍は「別にいいけど…」と呟くとスタスタと楽屋の方へ歩いて行ってしまった。  単純な蒼太の胸は、藍が口にした肯定の言葉だけで踊るように高鳴った。そして藍の鼓動がドキリ、と弾んだことによって一層と高まりを増したのだった。  あの日を境にお付き合いを始めた二人、相変わらずお互いの仕事の関係上頻繁に顔を合わせることは難しいが、至って順調な関係だと蒼太は思っている。 「なぁ、お前はなんで俺が写真克服できたと思う?」  唐突な藍の質問に、蒼太はきょとんとする。ソファに座った藍の隣に、蒼太も腰を下ろした。 「それはお前が一番知ってるんじゃない?」 「いいからお前の考えを聞かせろよ」  当然そのような事を聞かれても蒼太は困ってしまう。何故藍は写真を克服出来たのか、蒼太は藍ではないため真実を導き出すことはかなり難解だ。それでも話せと藍に急かされたため、蒼太は自分なりの考えを口にする。 「うーん…それは藍の頑張りのお陰なんじゃない?」 「は?」 「だって写真を克服する前も頻繁にモデルの撮影してたんだろ?出来ないから投げ出すんじゃなくてしっかりと向き合おうとしたお前の頑張りが実ったんだと俺は思うよ」  蒼太は正直に自分の意見を述べた。黒井の話によると、藍はカメラマンに頼み何度もモデルとしての撮影を試みていたそうだ。例え結果が出なくとも、藍は諦めることはなかったと黒井も話していた。そんな藍の努力がこうして報われ形となった、蒼太にはその考えしか思い浮かばなかった。  すると藍は「はぁ〜〜〜…」と大袈裟に溜息をつき蒼太に冷たい視線を向けた。 「…えっ?!何!?」 「もっとちゃんと考えろよ、お前はほんと馬鹿正直の馬鹿だよな」 「馬鹿って二回も言った!?」  藍の反応に一瞬戸惑った蒼太だったが、ほのかに藍の耳が赤く色付いていることからただの照れ隠しなのだろうと微笑ましくなった。ポーカーフェイスは得意な藍だが、褒めるとすぐに耳が赤くなってしまうことはどうしようも無いらしい。 「お前が見当違いな答えしか出来ないって分かったわ」 「けどそれしか思いつかなくない?」 「違うって、多分だけど…もうお前以外の人に撮られるって意識しても怖くなくなったんだ。だから平気になったんだと思う」  藍の言葉足らずな説明だけでは、全てを理解することは蒼太には不可能だった。そのため「怖くなくなったのは結局はお前の努力のお陰じゃないの?」と蒼太は藍に問いかける。 「まぁ俺の努力もあるんだろうけど、きっとあの日を境に俺は変われたんだ」 「あの日って…?」 「俺がまた笑えるようになったあの日だよ」  藍が再び笑うことが出来たあの日とは、数日前に行われた単独ライブの事を指しているのだろうと蒼太は察した。 「お前も知ってると思うけど、俺って高校の時も写真写り悪くて周りの奴らに弄られてただろ?ぶきっちょな笑顔だって…俺自身そう思ったしあんな俺の表情は変だってあいつらも言ってた。だからこの歳になっても変にカメラを意識しちゃうんだ、変な表情だって思われるのが嫌で、偽物の笑顔がバレるのが怖かった」  藍は一呼吸置き、優しい笑みを浮かべた。 「だけどあの単独ライブで気づいたんだ。俺を応援してくれる人は、どんな俺でも受け入れてくれるんだって。正直笑えなくなったって伝えたらドン引かれると思ったんだけど、皆はそんな俺も受け入れてくれたんだ。したらさ、なんか多少は素の俺を見せてもいいんじゃね?って開き直った」  そう言った藍は清々しい表情をしていた。完璧な藍でいる事に誰よりも拘っていたあの藍が、素の自分を出しても問題ないのではないか、そう口にしたのだ。これは藍にとって大き過ぎる変化と呼べるだろう。 「すごいな、驚いた。お前がそんなこと言うなんて」 「今までの俺は必死すぎたんだよ、藍を演じなきゃって使命感が強かった。だけど今は違うんだ、自分が楽しめて皆も楽しめればそれだけでいいんだって、だからモデルの仕事も気負わずに挑めたんだ」 「そっか」  蒼太は安心したように瞳を和らげる。これは藍にとってかなり良い変化だった。必死に自分を偽っていた藍の肩の荷が降りた、アイドルという職業上辛い事もあるだろうが、藍が心から楽しめているのなら蒼太としてもそれ以上望むものはない。 「それにギャップって結構ありじゃね?って思ったんだよ。素の俺って無口でミステリアスだろ?だからたまーにそういう俺を出して、いつもは明るく元気なのに今日なんか静かじゃない?ミステリアスでカッコイイ…!って皆に思わせたいわけよ」  得意げに話した藍は、ドヤ顔で蒼太に同意を求めている。それは果たしてかっこいいのか…?と蒼太は疑問に思ったが「お前がそれでいいならいいんじゃないか?」と自信に満ちた藍に笑って返した。 「だろ?もっと人気出ちゃうかもなー」  冗談めいた口調でそう言った藍は、こてん、と蒼太の肩に頭を倒した。藍の触れ合いにドキッとした蒼太は「どうしたの…?」となるべく平然を保ちながら尋ねた。 「んー…俺さ、アイドルの藍の事すげぇ好きなんだ。皆から愛されて何があっても明るく振る舞って、完璧な藍。だけど今はさ…俺自身のことが大好きなんだ。アイドルの藍とは違って根暗でひねくれてて面倒臭い自分も今はすげぇ好き」  ゆったりとした声色、穏やかに緩めている表情、一定のリズムで落ち着きのある鼓動、蒼太に甘えるような藍の態度全てが蒼太には愛おしかった。 「俺は藍が大好きなんだ」  そう口にした藍の笑顔は、蒼太が学生の頃に目にしたあの微笑み以上に美しかった。果てしなく長いこれからの人生、何が起こるか分かったものでは無いが、この男を愛す事だけは変わらないんだろうな、と思った蒼太は「俺も藍が好きだよ」と最愛の男に向け口にした。  

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