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四月。外は雨。
「ふぁ……あ、んぅ」
そう鳴いて反り返った腰を、俺は引き寄せる。びくって緊張する腹筋の内側が、ぎゅって俺をしめつける。えっちで、きもちいい。
「んぁ……う……あっ、ん、ぁあ」
低くて甘い声。それを、もっと聞いてたい。けどキスもしたくて、腰を揺らしてたら、首に巻きついた腕に力がこもった。そのまま、引き寄せられる。キス。あつい。ぬるぬるする。
あみさん。
「ン……んむ……ぅ」
「ぅ……ん……んん」
息を、食べられる。舌がかきまぜて、しゃぶる。じゅるじゅるが音する。俺も真似する。混ざり合ってる場所を、ぬちぬちこねる。雨が窓を、屋根を、ぱたぱた叩いてる。なんだか、ぜんぶ、濡れてて、びしょびしょだ。あつくて、きもちいい。
「――ぅ、ゆう、も、ぅ……ぃ、く、――あぁっ!」
汗だくの腰を震わせて、じょうずにメスイキするあみさんのなかに、俺はきょう二回目の射精をする。
目が覚めた。
ぷつぷつはじける音がする。薄い屋根と、薄い壁と、薄い窓に。雨はまだ降っているらしい。俺は起き上がろうとして、けど怠くて、瞼だけもちあげた。となりに眠るひとを、みる。
あみさん。
今日はあみさんと、セックスした。続けて二回。あみさんのアパートにきて、あいさつだってそこそこに、一回。足りなくて、そのままもういっかい。それでつかれて、満足して、ふたりして眠った。
あたりはうすぐらい。はいいろ。首から上が、はだざむいような、むしあついような。よくわかんないかんじ。なんていうか、時間というものが、というよりも、すべてが、とけてるかんじだ。くべつがつかない。いっしょくたになってる。さっきまでの、俺たちみたい。ああけど、――きょうのあみさんは、いいかんじだった。
「――……」
俺は、そのへんに放っただろうデジカメを、探そうとして腕を伸ばす。温かったふとんから、はいいろでひんやりする外を探るも、毛羽だった畳がざらざらするだけだった。俺はあきらめて、かわりに、すぐとなりのかたまりを抱きしめた。まだぐっすり眠っているあみさん。
あみさん。俺より三つ年上のひと。
弁当屋で働いてる。見た目はちょっと怖いけど、話すとぜんぜん、そんなことない。低い声でゆっくり喋るのが、心地良くて、俺はすごくおちつく。
長い前髪。傷み気味の毛先。すこし束になっているのは、たくさんかいた汗で湿ってるから。閉じたまぶた。長い睫。形の良い鼻筋。少し厚めのくちびる。いまは、深い寝息を吐き出してる、少し前までは、俺とたくさんキスをしたくちびる。雨の日にするキスは、すこし湿って埃っぽい。
あみさんの寝顔をひととおり堪能したので、俺は上半身を起こした。伸びをしながら、ふりむく。そこはベランダに繋がる窓だ。カーテンを引かないままだったことに気づいて、でも磨りガラスだし、多分、大丈夫。
サッシに指をかけ、横にひいた。鍵はかけてないから、窓は軋みながらゆっくり開いた。ぬるく湿った空気が顔面にやってきて、ひむる。慌てて締める。うしろで聞こえる吐息は、かわらず穏やか。
ことしの春は、雨が多いな。……きょう、あみさんがいっていた。
――お花見弁当の売り上げが悪い?
――まあ。けど、うちの客は花見客より新入生だから。
あみさんの働く弁当屋は、俺の通う大学のすぐ傍にある。小さくて、年期入った雰囲気で、どれも安くてほんとにうまい。金はないけど腹いっぱい食べたい俺たちの、命綱みたいな弁当屋だ。「純情弁当」と書かれた黄色いのれんが目印。
俺はなんといっても、そこの唐揚げのり弁が好きだ。はじめて食べた日から(途中、他の味を確かめるべく浮気もしたけど)、俺は唐揚げのり弁のとりこだ。あれは、とっても染みた。
あれからもうすぐ、一年経つ。あみさんと会ってからも一年経つ。
「――――」
俺は、デジカメをもう一度探した。それはあみさんの、頭の上ちかくにあった。起こさないよう、慎重に腕を伸ばして、掴む。
あみさんの、デジカメ。十年くらい前の型で、けどぜんぜん現役だ。「純情弁当」店主のじゅんこさんが、息子さんからお古をもらって、それがあみさんに渡ったもの。
ボタンを押して、起動させる。四角い光が眩しい。目を細めながら、覗き込む。
さっきのあみさん。影の写真。影の写真。店の横の影の写真……。――あみさんは、影の写真ばかり撮る。理由は「なんとなく」っていう。なのでそれ以外の写真は、ぜんぶ俺が撮影者だ。
これは先月のあみさん。これはあみさんの作った飯(酸辣湯麺、俺のリクエスト)。その前のあみさんと、その時の飯(トマト煮込みハンバーグ、俺のリクエスト)、……これは節分(この時あみさんがつくってくれた恵方巻き、まじでうまかった)。
俺は、過去のあみさんを確認、復習し、さっきのあみさんを復習し……確かな手応えを感じている。快復、と、いえると思う。俺たちの「試み」は、間違ってはいないことの証明。記録は嘘をつかないのだ。ふふ。あ、やべ。いまの俺はきもかった。ひとりで笑うのは、さすがにちょっとどうなんだろ。
「……みてるの」
「うわ!」
とつぜん声がやってきて、びっくりした。いつのまにか、あみさんが起きていた。眠そうな顔。まだしょぼしょぼの瞼が、がんばって持ち上がろうとしている。
「起きたんだ」
「起きた」
のそのそ起き上がる。髪がくしゃくしゃで、冬眠から醒めた熊みたい。でも熊はきっとこんなに色っぽくはないだろう。低く唸る声がかすれてる(たくさん声をだしたから)。
上半身だけ起き上がったあみさんは、俺の肩に頬で擦り寄る。セックス後、ねおきのあみさんは、スキンシップが多い。かわいい。俺の太股に手のひらを乗せる。えっちな手癖だ。これで誘ってないっていうんだから。
あみさんは、深いため息をつく。だるい? と俺が聞くと、だるい、と答えた。俺もだるい、と俺が言うと、うん、と頷いて、俺のはだかの肩を、舌先でちろと舐めた。えっち。
「……好きだな、それみるの」
「そりゃあ、だって」
俺はいろんなくすぐったさを堪えて、けど笑ってしまう声で答える。うふふ。だってさあ。
「ねえ、見てよあみさん」
「ん……」
俺は、デジカメの画面をあみさんに向けた。あみさんの目に、四角い光が宿る。無数の光の信号が結ぶ、あみさんのすがた。あみさんが、しっかりとそれを見つめているのを確認して、俺はカーソルボタンを押して、「記録」と名付けたフォルダのなかみをおくっていく。さっきのあみさん。前回のあみさん。その前のあみさん、その前の……。
「ね、わかる?」
おくった写真を、戻していく。その前のあみさん、前回のあみさん、さっきのあみさん。
「この日と、今日の。その前の……この節分のときは、先にお酒飲んじゃってたから、それもあると思うけど」
ねえ、くらべると、どう? あみさんはねむそうに、でもしっかりと、画面を見つめている。
「……たしかに」
俺は耐えきれず、くすくす笑った。あみさんの腕が、俺の腰にまわった。
「あみさん、ちゃんと勃起するようになってきてるよ」
俺とあみさん。知り合ってもうすぐ一年で、セックスするようになって、そろそろ半年。この「記録」をしだして、もうじき四ヶ月。
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