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兄様が見つけてやるからな①
オメガが劣等種や孕み腹などと蔑まれていたのは遠い昔。
今では我が国の人口の9割を占めるベータや、彼らより潜在能力が5倍も10倍もあるというアルファですら、オメガを肯定する時代になった。
そうでなければ俺は神を討っている。
我が愛しの弟は愛情深いと尊ばれるべきオメガだ。
弟や世のオメガ達を嘲笑う者など、母なる大地に跪 かせてその喉笛掻き切ってやる。
「兄様──、おかえりなさい」
「ただいまラディ。うん、朝よりも顔色がいいね。1人で寂しくはなかったかい?」
「……少し?」
「そうか──お前のその笑顔が見れただけで私は嬉しいよ」
ハニーブロンドに春の快晴の青を瞳に宿したラディル・ミカフォニスは、毎日繰り返し聞く兄の問い掛けにも嫌な顔をしない。
俺のラディ、可愛いラディ。
先日15歳の誕生日を迎えたが1週間続けて体調のいい日が続かない大事な弟は、ベッドに腰掛けて頭を撫でる俺に照れくさそうにする。
この蜂蜜ちゃんときたら『僕はもう子供ではありません』などと兄の甘やかしを斥 けようとした。
俺が嘆いて泣いて赦しを請うて、このバカ兄からの家族愛は素直に受け取った方が間違いがないと、気持ちを入れ替えてくれるまで粘っていたのが面映ゆいのだ。あれは春のそよ風の如き抵抗だった。
今年18になる体格のいい男が行っていい愚図り方ではなかったが、分かってほしい、俺はラディを愛してる。
猛る血潮の思いを伝えられなければ、人は度し難い苦しみに屈してしまう。
「お前にも早く番が現れるといいのだがな」
ミカフォニスの傍系の下流貴族でしかなかった俺が公爵子息の義兄として迎えられた理由はただ1つ。
3歳年上の俺がアルファであったからだ。
オメガは宝。富と繁栄の象徴、慈愛を司る存在。
やがて結ばれる相手の元へとラディを導けるように、庇護者として選ばれたことを誇らしく思っている。
弟が運命の相手に巡り会えるように守り支え慈しむのが俺の役割だ。
「ラディ。我が弟。お前のアルファはどんな人だろうね」
俺は大した生まれではなかったが、そこいらのアルファよりアルファをしていて、オメガへの思い入れは飛び抜けている。
人は愚かで、常に優秀な存在を創り出そうと躍起になる余り、優良種の掛け合わせを考えついた。
しかし命はそんな簡単な代物ではない。
アルファとアルファが契ってもベータが生まれるばかりの大誤算の果てに、情ではなく本能で生きると忌み嫌われたオメガこそが、人の王たるアルファと隣立つ者だと認知された。
その歴史の闇は深く、唯一無二を愛したいのにその相手が生まれもしない人生に狂った支配者層の自死やオメガへの犯罪行為が蔓延した。
失敗を犯して人は気付くのだ。
汝、オメガを愛せ。
「そのこと、なのですが……兄様、今日は香水を纏っていますか?」
「学院に行く日は付けないよ。──私の匂いがどうかしたか?」
紳士の嗜みとしてパフュームで着飾ることはあるが、俺は自然の香りが好きだからその手の物は苦手だ。
誰かの匂いが移ったか、今日会話した男共の顔を思い浮かべると、日頃楚々としているラディが俺の首筋に鼻を近付け、すんと嗅いだ。
俺のアルファフェロモンはラディと相性がよく、彼の体調、ひいてはオメガ性を安定させる。
俺の誇り、シルクのチーフちゃんがくれた存在意義。
もしそれ以上に兄としての役目があるならば、俺の仔犬ちゃんの運命の番、相応しい伴侶を見つけることだ。
いつまで経っても控えめな弟が、何かに焦がれるように双眸を潤ませている。
これは予兆だ。俺は今日、どこかで、ラディの番である大国一幸運なアルファにすれ違っている。
「とてもいい香りがするんです、なのに、苦しい……」
ポロポロと大粒の涙を流すラディ。俺は弟への愛によって狼煙を上げる。
「抱きしめてほしい相手が傍にいないから辛いのだな。兄様が必ずお前の番を捜し当ててあげよう。泣かないでいい、我が弟。兄様が何故お前の元にいるか忘れないでおくれ」
「兄様……」
「うん? どうしたラディ、何を恐れている?」
「僕の番様は──、兄様以上に僕を愛してくださるでしょうか?」
深刻な顔をしているミカフォニス家の太陽、我が心のイエローダイヤモンド、天使が奏でる竪琴の旋律。
ああ、全く無用な心配だ。俺を誰だと思っている。
「それは非常に難しい問題だねラディ。兄様はこの世の兄という兄の中で最も弟を愛でている男だと自負があるが、私の愛情と番からの愛は異なるのだよ。比べてはいけない。天秤に載せたら兄様の皿が落ちるとしても、それは年月の重みというものだ」
「はい……でもっ、番様がもし兄様の熱量に押し負けて敵わないから無理だなんて……いなくなってしまったら」
何を言うんだ俺のマカロン、グラタンの中のキュートなマカロニ。
うっかり、良き兄の面の皮が剥がれ落ちるところだった。
そんな男だったら──だったら、兄様は腕が鳴ってしまうぞ。
「初めて運命の番のフェロモンを感じて、恐れが過っているのだね。けれど不安に駆られることはない。何故ならお前には私がいるのだから」
俺如き倒せずに我が弟の伴侶になろうなど、王都ログロンの3番街にある甘党御用達パティスリーの人気商品、ストロベリー・キッス・ミルク・キャラメルよりも甘過ぎる。
逃げるだと、いい度胸だ、腱を断っても行く手を阻む心積もりだが、そうすればラディが泣いてしまう。
不肖の兄は弟と連れ添う栄誉を戴く者に、懇切丁寧に指導してやる。
「兄様の執念深さは評判なんだ。必ずやお前の番をこの屋敷に連れて来ると誓おう」
「そうしたら兄様はここを去ってしまうのですか……?」
「何を言う! お前の番様にとって最も疎 ましい目の上のたんこぶとして居座るよ。それに、父上と母上が私を追い出すと思うかい?」
「いいえ──兄様、ある日フッと消えてしまいそうだから、引き止めておきたいんです」
「あぁ、私の光明! 虹色のブローチ!! 兄様はこの国でも近年稀に見る鬱陶しい小舅になりたくて仕方がないんだ」
「約束ですよ」
「あぁ、約束だ、私のハニーキャンディー」
俺の生き甲斐、俺のティーシュガー、人生の喜び。
お前に運命の相手がいることに──俺ではなかったことに安堵している。そんな事態は悲劇しか産まない。
俺は弟を食べちゃいたいほど愛しているが、現実問題、これは恋ではない。弟だ、珠のような赤ん坊だった頃から可愛がっている弟。兄弟で性行為など言語道断。
ラディとは恋はできない。
だから本当によかった──俺が彼の夫になり赤子の父親になるなど、誰が期待したとて一切合切あり得ない。
感謝致そう番殿、首を洗って待っていたまえ。
「兄様の髪も美しい金色ではありませんか」
「あぁ、そのせいで理不尽な誹 りを受けている。私がお前を蜂蜜ちゃんと呼ぶと、同級生達が『お前もハニーだろう』と鬱陶しい」
「瞳も御髪 も金色ですから、僕より似合います」
やはりまだ反抗期は尾を引いているようだ。
無駄な抵抗は止した方がいい。俺の愛は留まるところを知らない。
だが愛ゆえに俺は、お前の疼 きを癒やしてはやれない。
「私の宝物。我が家の金色の薔薇、夜空に浮かぶ1等星。夕食まで──難しければ明日の朝まで休んでいなさい。お前からの報告を父上も母上もお喜びになる」
「何でもお見通しなのですね……」
「兄様の思いは桁が違うからな」
しっとりと汗ばんだ前髪を優しく梳いて、細い肩を押して枕に着かせる。
周期的、或いは突発的に訪れる抗えない性欲、発情期 が、オメガを野蛮で愚かな生き物と位置付けていた。
だが、ならば繁殖を伴わない性行為に耽りたがるアルファやベータが偉大なのか、違う、彼らはオメガの魅力には抗えない。
ラディ、俺の愛する弟、鳥籠の中の憐れな小鳥。
やっとお前を黄金の鎖から解き放つ相手が現れた。
これ以上話し掛けるのは兄に性的な面を見せたがらない弟の負担になる。
俺は静かに部屋を出て、廊下で待機していた察しのいい初老の執事に問うてみた。
「王女だろうか、王子だろうか? 私の愛しい弟の愛を得られる幸運な人間は」
「男性であればジェドリグ・ミカフォニス様と比べられるのは必至。女性であればまだ救いがあるというものです」
「しかし、女性アルファが男性オメガと番えば、望んだとて婦人として愛されるのは困難と聞く。ならば男性が望ましい。そう思わないか?」
「また、あなた様はご自身以外を慮る」
「憂いなく愛し合う弟夫夫 のお邪魔虫になるのが私の夢なのでな」
「……ご結婚をなさらないおつもりですか?」
「イドゥーイタ、何度も言わせないでくれ。この家の家督を継ぐべきは私ではない」
養父も養母も俺に対して惜しみない投資をしてくれるが、それはミカフォニス家の正当な嫡子の横に立つ男が見窄 らしく粗末であってはならないからだ。
義理の息子として充分に愛されているのは承知している。
しかし義両親の真の願いは明白だ。実子ラディルに財産や地位や名誉を授けたい。
「明日から番様捜しだ。必ず見つけ出すぞ」
俺の愛する運命の弟、ラディ。
兄様は何が起きようとも、お前に安寧を届けてみせる。
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