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兄様が見つけてやるからな②

 リンド・ゴールド男子学院は14歳から18歳までの少年達が学び、寄宿舎を備える。  安全確保のためにオメガのみ通学制だが、オメガの番がいる者、オメガの庇護者として登録されている者は例外だ。  弟に毎朝声を掛けなければ安心できないジェドリグ・ミカフォニスも、王都ログロンにある屋敷からの登校組だった。  数日ぶりに馬車を降りると幾つもの視線が寄越される。  特に凝視してくるのは下級生のオメガだ。  学院所属の生徒の名前と学年と第二性を記憶している俺は、注意深く周囲の反応を探りながら4年生の教室まで進んだ。  入室時、やはりここでもベータ以外の注目を集めたが、驚愕しているのはアルファ達だった。 「今朝はいい香りがするね、ジェドー」  前の席の腐れ縁、全オメガを平等に愛することを標榜しているエドワード・ラドヴィントの発言に、クラス中が静まり返る。  今日俺はラディの残り香を上塗りせずに来た。中には、俺がとうとう蜂蜜ちゃんと番になったと勘違いする者もいるだろう。  これは弟の運命の番を炙り出す調査でしかない。 「軽薄なお前が我が弟の運命の番でなくて大変結構だ」 「せめて博愛だと言ってくれ」  特定の番を作らずパートナーのいないオメガとの交流を行うエドワードは感性も思想も合わないが、同じ公爵家の子息として幼少期から親交があった。  ラディとは幼い頃に2回ほど会っていて、当然俺の信条も心得ている。 「方針を変えたのは理由でも?」 「少しな」 「早く見つかるといいね」  不特定多数の前で追求しないデリカシーはあるものの、根本的に相容れない亜麻色の長髪男。彼が義弟候補でないことは俺のストレスを数割軽減させた。  可愛い弟の匂いを纏って該当者の嫉妬を煽るのは褒められたことではないし、弟のフェロモンを余所者に嗅がせるのも嫌悪感がある。  だがこれはラディのため。  ラディには彼だけを欲する男こそ及第点、兄様の心労などよりも弟の安定、彼のためなら俺はどんな手段も取ろう。  着席時刻まで他愛のない会話をしていたが、俺やエドワード、教室内の数人のアルファとオメガに突如として緊張が走る。  強烈な支配者層の威圧フェロモンが放たれたのだ。 「新学期の定番だ。ジェドー、出番だよ」 「行ってくる」  共同生活に不慣れな新入生を迎えるこの季節に第二性トラブルは付き物だ。  オメガの突発的なヒートには保護官が走るが、アルファの威嚇行為(ラット)には単純明解、より強い格上のアルファをぶつければいい。  新入生の時分から制圧行動は俺の得意とするものだ。  気配を辿り俊敏にショートカットを繰り広げる。  途中「あちらですジェドリグ様!!」と誘導してくれる下級生には微笑で応えたが、到着した中庭は凄惨な有様だった。  まだ学年が若いのだろうオメガが何人も地面にへたり込み、アルファも頭や口元を抑えている。  その中心には黒髪の眼鏡の少年がいた。  事の次第が把握できていない様子で、愚かにもオメガの少年に近寄ろうとする。 「自覚がないのか?」  俺の生徒録に彼の姿はインプットされていない。  生徒会でもないのだ、単独で集めている情報には遅延がある。  よって、彼はこの春からの編入生、若しくは留学生であると判断した。  恐らくこの者はこれまでアルファの自覚がなかった──加害の全責任を負わされるべきではない。 「すまない、少年」  至極のコントロールで彼に直線的な槍の如きフェロモンを叩き付け、膝を突いた少年の腕を後ろ手に拘束し、地面に平伏せさせた。  オメガと同様フェロモンの発生は項からだ。  可哀想だが多少の派手なパフォーマンスも含めて鎮圧した方が彼の予後もいい。  既に昏倒している少年の首を押してアルファフェロモンを霧散させると、至るところから拍手が送られる。  安堵に泣いているオメガの下級生を見ると胸が痛むが、恐慌状態に陥っていたこの少年にも情状酌量が認められてほしい。  成長途中の子供の第二性が確立していないことは往々にしてあることだ。 「体調の優れないオメガは医療室に、アルファは医務室に行くように! 私は彼を隔離室に連れて行く」  普段の健康対応からオメガとアルファの処置を行う部屋は分けられている。  オメガ専用の医療室から、ラットを起こしたアルファを収容する隔離室は当然ながら離されていた。  意識を失いぐったりと重い少年を背負うと、橙色のタイを締めた小柄な1年生がおずおずと声を掛けてきた。 「ミカフォニスさま……ありがとうございます……」 「どう致しまして。決して無理をしてはいけないよ。君も、よく来てくれた。今年の1年生もリンド・ゴールドの宝だね」  同じ学年色のベータの男子生徒も欠かさずねぎらうと、2人は途端に頬を染めて俯いてしまう。  俺を前にするとシャイな下級生が多いのが寂しいのだが、入学間もなくのアクシデントにも自分の足で立ち上がれた様子は実にまばゆい。  彼らを見送りながら考えてしまう。  ラディも元気になればこの学院に通えるだろうか。 「──さて、君は何者なのかな?」  アルファの少年のフォローもするべく、俺は校舎の端を目指した。

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