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兄様が見つけてやるからな③
医療室、医務室の状況を伝え聞き、未だ目覚めない少年のプロフィールを書面で受け取る。
「サーフィ=ナフル・アーシュレー、隣国からの留学生の──ベータ」
学園秩序の守護神をしている訳ではないが、率先してフェロモン事故の対応やオメガの保護に動けば教員や事務員の信頼も厚い。
このまま俺にアーシュレーに対するアルファの心得指導が回ってくるだろう。
学院は学問教育の場だ、第二性のトラブル防止策は各人の家で立てなければならない。
午前中の授業は彼のお守りとして免除されている。
体のいい1人鎮圧部隊だがこちらにも一定の裁量権が約束された。
第二性の診断を受けた年齢などの記載に顔色の悪い少年を見据える。
この者が我が弟の伴侶である可能性は、無きにしも非ず。
他に人のいない室内で教科書をめくりながら待っていると、2時間目の終わりに彼は跳ね起きた。
「やあ、おはよう。気分はどうだい?」
「さっきの……!!」
先程の出来事への質問か、俺への反射か、どちらでもいいが乱暴に上体を起こすものではない。
肩に手を置いて双眸を覗き込むと、ダークブラウンの瞳には恐れが濃く映っていた。
とんとん、と叩いて微笑む。
「事態は君を制圧したことにより収束したよ。すまないね、私がアルファフェロモンをぶつけて気絶させたんだ。痛むところはないかな?」
「平気、です……あの、あれはなんだったんですか?」
「君のアルファ性の暴走、ラットだ」
「ッ俺はベータだ……!」
血を吐くような叫びと零れ落ちる涙。
家族構成欄に記載された彼の親兄弟の第二性は全員がアルファで、死去した母親のみオメガ。
彼のコンプレックスを刺激せずに伝えない方法はなかった。
「アーシュレー君。まずは事実だけを話そう。君は今朝何らかのフェロモン誘発に遭ってベータ性からアルファ性になり、ラット事故の当事者になった。これまで君が未分化だったのか、後天的な転換が起きたのかはこの後の検査によって分かるだろう。今断言できるのは、君が紛れもなく私の同族であるということだ」
「あなたと、俺が、同じ……」
第二性の診断が最初につくのは10歳前後が大半で、俺やラディのように出生直後に判明するのはレアケースだ。
アーシュレーは9つの時にベータだと判じられた。彼の兄と妹は非常に強いアルファ性を持ち、共に5歳の段階で確定診断が下りている。
一族にアルファが多い場合、ベータだと知られると落胆されて軽んじられることが殆どだそうだ。兄弟妹間格差を受けて育ち、何故今更と憤りを覚えて然るべきだろう。
彼が悩みの沼に嵌らないように距離を詰めた。
「なあ、アーシュレー君。我が国において第二性の虚偽申告は重大な犯罪行為だ。君はベータと偽って留学してきた訳ではないね?」
「違います!! なれる、もんなら、なりたかった……でも、俺がアルファになったせいであんなに人が……!」
「安心なさい。君が助けようとしたオメガの少年はちゃんと保護されているよ。アルファも含めて全員無事だ」
嗚咽する少年の背を擦る。
ミカフォニスの伝を使えば第二性変異をした元ベータからの支援を受けられるはずだが、1度に情報を与え過ぎないように調整を掛ける。
彼に伝えるべきは、異国の地での居場所は失われていないということだ。
「この学院にアルファ・ベータ・オメガの第二性を持つ者全員が揃う理由は何故だと思う?」
「何ででしょう……?」
「こういったトラブルに対処する方法を身につけるためだよ。アルファは力の制御の必要性を学び、オメガは自衛策を講じる重要性を覚え、ベータは無関係だと他人事にしない。人は第二性に関わらず共栄していくだろう? 君1人が悪者ではない。私は言ったよ、今日の出来事は事故だと」
貴族の生まれであるほど徹底的に第二性教育を受ける。特にアルファはオメガのみならずベータへの危害についても教え込まれる。
他国の制度や慣習がどの程度か詳細は調べるとして、彼がアルファという生き物への理解を拒んできたのは明らかだ。
手の掛かる子は嫌いではないし、世話をするのは得意な方だ。
寄宿舎に住み込んではやれないが、放課後に指導するくらいならどうってことはない。
「あなたはジェドリグ・ミカフォニス様ですよね?」
「名乗っていなかったが、知っていたのか」
「留学して来て初めに習いました。あなたに好意を寄せてはいけないと。皆の憧れの太陽の君。オメガ泣かせの至高のアルファ」
最初は兎も角最後が頂けない。
オメガを尊び彼らを守ることを命題にしている俺は、内心の何倍も渋面を作った。
「誠に遺憾な評価だな」
「大体は褒めているのだと思いますよ。先輩はとても素敵な人で、1度でもあなたと接すると理想が高くなってしまうんだとか。クラスメイトも言ってました」
「ほう──私も学友に聞いてみるとするかな」
比率としてベータが圧倒的に多いものの、アルファとオメガも数名ずつ各クラスに在籍している。
下級生時代は近寄って来てもくれなかったオメガの級友達に確かめる事項ができてしまった。
──オメガ泣かせか、なかなかにショックだな。
「なんか、分かる気がするなあ」
「分かってほしくないのだがな」
当座、軽口を言えるまで回復したならば僥倖。
俺はこの少年に確認すべき内容も多くある。
もしもサーフィ=ナフル・アーシュレーのアルファ性を揺さぶったのが愛しの弟であるならば、我がミカフォニス家は彼を国には帰さない。
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