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後日談・我らの人生に幸多らんことを(後編)

 家族が集う居間は和やかな空気で満ちていた。  我が愛しの蜂蜜ラディとその番で我が弟子サーフィ、母上、そしてシャルルは、入室した俺と父上を一斉に振り返った。 「ジェイ様」 「あなた」  父との(いさか)(ののし)り合い、それに愛情の張り合いは長時間に及び、我々が団欒(だんらん)の間を訪れたのは、(とう)に夜を過ぎてから。  シャルルを送るには遅い時間だ。 「あっ……ジェイ様──」 「我が救いの伴侶には、幾ら感謝をしても足りんな」  惹かれ合う者同士は、斯くも身体が動いてしまう。  迎えてくれた恋人を抱くと、腕が背に回って抱きしめ返される。 「僕の恋煩(こいわずら)いがお役に立ちましたか?」 「ああ、お前の想いが俺達親子を繋いだよ。シャルル、お前に出逢えてよかったと何度思っていくのだろうね。惚れた理由がまた1つ分かった」 「恋慕も募らせるものですね」  お前が過去の苦しみをそうして語れる日が来ていた。  喜ばしいことだ、俺の愛情が伝わっている。 「これからも想ってくれるかい?」 「当たり前です。ジェイ様──あなたを愛しています」 「俺も愛してるよ、シャルル」  オメガは慈愛の象徴、愛を司る存在。  俺はお前の表面しか見れていなかった。  湧き上がる泉の如く、絶えず惜しみない愛情を差し出すシャルルに、俺は一生を懸けて我が心の(うち)まで明かしていきたい。  俺の家族と友人の面前ではしたなかったと恥じ入るシャルル。  隣に座らせ、耳を出し、視線を逸らさせる(たわむ)れに興じると、正面の弟カップルが赤面した。 「サフィー様……。どうして、兄様とシャルル様を見てると、こんなにドキドキするのでしょう……」 「何てか……直視しちゃいけない、危うい雰囲気があるからですね……」  危ういと言うな、情緒的と言いたまえ。  シャルルは一層小さくなってしまい、斜め横の母上に慰められている。  学院で俺はふざけた噂を払拭するべく、惜しいながらもシャルルの愛らしさを同級生に語った。彼が如何に素直であるが、涙が清らかであるか、声音が耳に心地よいかを、大幅に加減して吹聴した。  ジェドリグ・ミカフォニスの恋慕、それも番への情欲が周知されるのは早かった。翌週にはシャルルについて語るなと嘆願されるほど覿面(てきめん)の成果を上げた。  長身で屈強だと()(はや)されるアルファと、清廉さとは裏腹にヒートが多発する小柄なオメガの番が、他者に想起させることなど1つ。  ラディとサーフィは仔犬ちゃんだから刺激が強かろう。お前達とて契りを交わした仲なのにな。 「ジェド、あなたそんなに分かりやすかったのね」 「我が恋人とは思考のズレも大きく、これまで様々な誤解を与えてしまいました。眼差しは雄弁に語るものです。明瞭でしょう?」 「…………僕は、困っております」 「頑張ってください、お義兄様(にいさま)!」 「そうだ頑張れ義兄様」 「おやおや、嬉しい呼び方だねシャルル」 「身が持ちません……」 「そうか。ならば俺達はここで退席しよう」  失礼のないようにと顔も覆えないシャルルに、俺は余裕綽々の義弟(おとうと)へ布告する。 「サーフィ、父上が君に話があるそうだ」 「え?!」 「サーフィ=ナフル・アーシュレー君。我が息子ラディルとの結婚について、存分に話し合おうではないか」 「望むところです、公爵閣下!! 愛する番様のため、お父様だろうと容赦はしません! 必ず認めさせます!!」  サーフィ、君の血気盛んなところも魅力の内だが、将来の義父に対するその態度、1周回って尊敬に値するぞ。  ラディを見なさい、君の青空、愛らしい小鳥ちゃんが惚れ惚れしているよ。よかったな。  父上の第2試合目は、またしても引き分けなのだろうね。  扉を閉じて、静寂。  シャルルはオメガの作法とも言える貞節を説かれているから、寝室や2人きりの時以外に自分から身を寄せることを(いまし)めている。  お前が自戒を解くと際限がないのだろうね、ヒート時との違いに俺は熱くなってしまうよ。 「ジェイ様、どちらへ?」 「俺の部屋だ」  フェロモンが喜び、他家の廊下で(みだ)らを犯してはいけないとさり気なく距離を空ける。  お前は本当に可愛いね、追われたい生き物だ。  腰を抱くとそうも火照るのに一手間掛けさせる。可愛がり甲斐があるというものだ。  俺が寄宿舎に入ってからも清潔に維持されている居室に足を踏み入れると、シャルルは胸を押さえて息を整えている。  そうまでお前を乱す俺の匂いについて、この子はまだ口を割らない。甘いだの優しいだのと抽象的で、山のようなのか海のようなのかは話さない。自分自身の匂いは分かり辛いから教えてくれてもいいのにな。 「座ってくれ」  長椅子に腰掛けて膝を叩くと、きゅっと口を引き結んでから太腿を跨ぐ。  そうかそちらか、以前頼んだ時は俺を椅子にしていたのに、項を酷く攻め立てたから二者択一で羞恥を取ったのだな。 「いいお話しができたのですね」  瞳の中の男はだらしなく相好を崩しているというのに、シャルルは俺をよく取り過ぎるきらいがある。  顎を上げると目を閉じる。  お前の反発も大変気に入っているが、従順なところが俺のアルファ性を満足させる。 「ん……、ぁ……、ンん──っ」 「シャル、期待しているかい?」 「いいえ……」 「当家にはオメガがいる。マナーの心得は皆にあるよ。お前の家もそうだろう?」  血の色のような耳朶を撫ぜると「お許しください」と拒まれる。  番に乗り上げておきながら面白い子だ、お前は俺をそそらせるのが上手い。  季節は秋を迎え、居間のローテーブルには梨のデザートが並んでいた。  昔部屋から出たがらず、塞ぎ込んで食事も取りたがらなかったラディに色々と食べさせようと、食堂以外でもデザートを取るのがミカフォニス家の通例だ。  シャルルは自らのフェロモンと酷似した果物に何を思っただろう。 「あの……僕のフェロモンを梨の匂いと言うのはジェイ様だけです。アーシュレーは、何となく花のような匂いだと言って、ラディル様に怒られていました」  やはりフェロモンは意思伝達の作用があるのか。  流出しないようにすると恋人が()ねるので、2人の時には垂れ流しだ。  匂いを嗅いでうっとりしているシャルルの身体の重みを感じながら、彼の項を飾るネックコルセットの紐を引いた。  圧倒的多幸感に見舞われながら首筋を食む。隠せる場所なのだからと紅く染め上げた。   「我々は──、運命の番、なのだろうか?」 「どうでしょう。あなたに恋をしている香りだから、あなたの好きなものになるのでしょう。ジェイ様は僕を番と呼ぶより恋人と呼ぶ方が収まりがいいようです。運命の番でなくとも構いません。あなたが、僕を好きだと言ってくれるなら」  俺を取り巻く運命論について、こうもきらきらしい回答を出した我が番は、やはり運命の恋人だ。 「以前ベータの同学年に、お前を好きになった理由が『相手が自分を好きだったから』では可哀想だと言われてしまった」 「事実ですよね?」 「シャルルの慕情に対して不足しているように取られたようだね」  同情から始まったことは双方納得している。俺の初恋はしかと認めさせている。  俺が(さか)んに『お前に愛されたから恋を知ったんだよ』と感謝と愛情を流し込んできたから、シャルルはジェドリグ・ミカフォニスの想いを疑わない。 「こうして振り向いて頂けたからこそ、笑っていられるのはありますけどね」  シャルル、よくないな。  お前が目を伏せると俺は大きく(みは)らせたくなる。 「こうも熱烈に想いを宿した瞳で見つめられれば、意識しない方が難しい。いつも俺を見る時目が潤んでいるからね、俺は可愛らしいものが好きだ、夢中にもなる」 「ペネロペ様にも、何度も可愛らしいと言われてしまって……」 「母上も可憐なものがお好きだからね。お前を気に入ったのだろう」  自由に好きな者達を好きと言える幸せがあった。  俺がシャルルに惹かれ、恋を知り、彼の中の不安を解消できたからこそ見られる笑顔がここにある。 「まだ……義息(むすこ)や、お義兄様と呼ばれるの早いですよね?」 「俺は呼ばれているよ?」 「あなたは、自分で求めているから……僕だって、なりたい気持ちはありますけど」 「既にラディの番であるのに、サーフィは俺をいつまでも師匠と呼ぶ。このことに比べたら余程自然だ」 「そうですね、おかしいけれど──アーシュレー、あなたに会えたことも人生の幸運だと言っています。4人で、誰が太陽の名を冠するかを話したんですが、満場一致でジェイ様でした」  その単語に眉間を寄せてしまう。  小首を傾げるシャルルの頭を撫でて、思い出される疲労感を嘆いた。 「太陽、太陽な……。聞いてくれシャルル、父上に散々な目に遭わされた」 「というと?」 「俺が如何に自慢の子であるか、太陽の如くであるかを熱弁されたんだ。オメガの子息や令嬢を持つ親からどれだけ糾弾されたかまで自慢されてしまった」 「マリアンナ姉様もあなたを太陽だと言いましたし、オメガには、過ぎた眩しさを持つ方です。僕も──あなたに、焼き殺されたいと願ったこともありましたよ」 「シャル……」 「こうして愛して頂けると、オメガに生まれたことが幸せだと思えます。僕の太陽の君、僕のアルファ様──僕の、ジェドリグ・ミカフォニス様」  自分の第二性、凶暴な気質と守るべき存在を泣かせてしまう衝動を否定し続けていた。  俺は、自発的にアルファに生まれてよかったとは思いきらない。 「俺もシャルルといるとアルファとして生まれてよかったと思える。永久(とわ)にお前がオメガに生まれて幸福だと感じられるような人生を築いていこう」 「ジェイ様が、あなたらしくいられる日々も」  俺のオメガが喜んでくれるから、俺はアルファである自身も悪くはないと思うのだ。  アルファたるアルファになるべく生きていたというのに可笑しな話だ。  軟弱さも伴侶が許し認めてくれる。  シャルルは俺の太陽──と呼ぶには、お前は夜が似合い過ぎるね。 「ジェイ様! 本当にここではやめましょう?! 1日で終わせられません……!」 「そうか──、なら、やめようか。下ろしてあげよう」 「意地悪な人……キスはして」  お望み通りに、我がオメガ。

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