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番外編1-3 伊吹、デートクラブを辞める

 ※伊吹side  その後店長と辞める日にちを決めた。  切り良く今月いっぱいで辞める事にした。  あと二週間ぐらいあるから、残りの出勤は今まで通りに戻そうと思った。  最後に貯金を増やしておきたいのと、最後まで「伊吹」としてやり切りたかったからだ。  就職活動をするって決めてから減らしていたシフトだけど、それによって今まで俺に会いに来てくれていた客とも時間が合わなくなったのもあるんだ。  だからと言ってこの数週間で会いに来てくれるかは分からない。  この世界はそういう物だから。  どんなに気が合う客でも、「またね」って言ってそれっきりなんて当たり前の世界。  店長から初めの面談で「客の言う事は9割は嘘」と教え込まれて来たからそれで苦労する事は無かったけど、色んな意味で勉強になったかな。  キャストにも色んな生き方があって、同じように客にも色んな生き方がある。  毎回気に入った子を選ぶ人もいれば、毎回違う子とデートを楽しみたがる人もいる。  俺はそれでも割り切ってやって来れたのは紛れもないこの店長がいてくれたからだ。  そして俺は今、客だった尚輝くんの言う「1割」を信じてやっている。  まだ出会って1ヶ月とちょっととかだから、本当の尚輝くんは分からないけど、その「1割」が大きく広がり残りの「9割」も全て本当になれば良いなと思った。  そればかりはやってみなきゃ分からないからな。  ちゃんと向き合って、俺自信も変えなきゃ「9割」が本当だったとしても気付けないで終わりそうだ。  今の仕事を辞めるのは第一歩。  俺と同じように尚輝くんも不安なんだから、まずは俺の出来る事をしよう。 「最後の週はイベントだね!なんせあの伊吹が卒業するんだから盛大にやりたいね!」 「俺卒業イベントとかいらないから。いつも通りに終わらせてくれって」 「何言ってるんだい!そんな事しなくても伊吹なら予約埋まるとは思うけど、君にはとても貢献してもらったからね、伊吹のお客様にもサービスしなきゃ♪通常料金の半額は勿論、最後にオプションやってみる?伊吹ずっと無しだから喜ぶんじゃないかな?」 「絶対やらない!勝手に設定変えたら最後の予約全部すっぽかしてやるからな!」 「それは困るな~。ところでルナには話したの?」 「……いや、話してないよ」  ルナの名前が出てそう言えばと思い出す。  ルナってのは俺と同じキャストで23歳の男だ。  俺の1ヶ月後に入って来て、それからは俺と肩を並べるぐらい人気の看板キャスト。  俺の事を気に入ってるらしくちょっと前から頻繁に連絡が来てたけど、ここ数週間はそれがピタリとなくなった。  あいつが何をしてようが気にならなかったけど、店長からしたら俺とルナは仲が良いと思ってるんだろう。 「騒ぐだろうな~。あの子も伊吹の事大好きだからね」 「あいつ最近どうなの?ちゃんとやってんの?」 「そうね、ルナらしくバリバリやってくれてるよ♪相変わらず事務所に入り浸って愚痴ってるよ」 「そっか」  ちゃんとやってんならそれでいい。  実はルナとは顔を合わせ辛い理由がある。  最後に会った時にプロポーズのような事を言われたんだ。  初めはふざけてんのかと思ったけど、どうやら本当らしい。  俺は勿論断ったんだけど、ルナの性格だから諦めたのかまだ根に持ってるのかは分からない。  てかその事は店長にも話してるらしいけど、どこまで知ってるのか分からないから無駄に話を広げない方がいいかと思うんだ。 「僕は伊吹の味方でもありルナの味方でもあるからね。どうだろう?一度ルナと話す場を設けるのは。ここを使うといいよ。何かあれば僕や他のスタッフもいるから安心じゃない?」 「その言い方だと全部知ってんのか」 「まぁね、スタッフ全員知ってるよ。もし伊吹がここのスタッフとしてやってくれるのならルナとも話し合った方がいいんじゃないかと思っているよ。必要なら僕も立ち会う。その時はどちらの肩を持つでもなく第三者として話を聞くよ」 「……分かった。それも考えさせてくれ」  どうやら筒抜けらしいな。  別にルナが騒いでるのは今に始まった事じゃないから他のスタッフに知られてても問題は無い。問題なのは尚輝くんとの事だ。  ルナに俺の好きな人は土曜の男ってのはバレてるから、俺が尚輝くんの事で辞めるってのを知ったら尚輝くんに何かするんじゃないかって不安がある。  そうなったら店長が動いてはくれると思うけど、なるべくなら尚輝くんに害が無い方がいい。  さて、どうすべきか。  とりあえず尚輝くんに今日店長と話した事を伝えてから決めようと思った。  今までは自分で決めたり店長に相談して決めてたけど、今はそれよりも尚輝くんを頼りたくなる。  全て話して安心させたいってのもあるけど、尚輝くんに話すと俺自身が心から安心するんだ。    俺は時計を見て時間を確認する。  もう遅い時間になっていてため息をついて思っていた事を諦める。  尚輝くんに今すぐに会いたい。  まだ学生で今日も学校を休んだらしいから無理はさせらない。  俺はまた店長と向き合って欲を捨てる事にした。  まだまだやる事はたくさんあるからな。  これからは適当にするんじゃなくてしっかり向き合おう。  そうして尚輝くんだけじゃなく、自分の不安も取り除こう。   「あ、店長。ブルータイガーのNG外しといて」 「おや?突然だね。伊吹が言うならやっておくけど」 「うん。最後だから向き合うよ。もし予約来たら好きな時間入れたげて」  これも第一歩だ。  ずっと避けていた事で気が重いけど、俺は覚悟を決めて最後の出勤に挑む事にした。   ✳︎✳︎✳︎伊吹、デートクラブを辞める 完✳︎✳︎✳︎

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