1 / 82

第0話 プロローグ

 いつも通り、講義室の後方、出来るだけ邪魔にならないところに席を確保する。  他の生徒たちが、次の講師についてうわさ話をしていた。 「講師って、ディッカーの師団長だろ」 「師団長!すげえ人くるな」  今日の講義内容は、魔法騎士の中でも特別な資質を持つ英雄的な騎士、ディッカーの心得。  ダートは心中ため息をつく。  魔法騎士になれるかどうかもあやしい自分には、関係のない話だった。 「諸君、ごきげんよう。昼飯後の眠たくなる頃合いで申し訳ないが、僕の講義は一年通してこの一回しかないんだ。  ぜひ全員の耳に届けたいので、ちょっと頑張って聞いておいてほしい」  講師は部屋に入るなりそう言って、にこやかに生徒たちを見回した。 「もちろん、眠たくなる退屈な話をしないようにも努力しよう。  ――僕は特殊師団、師団長のアーネスト・ブリュージュ。  ここの卒院生で、君らと同じ魔法騎士科の出身だ。  こんなふうに教鞭を取る日が来るとは思ってもなかったなあ」  快活な声でそう言う講師は、師団長という肩書きの割にかなり若く見える人だった。 「それから、ここの寮監を二人体制にしたのは僕だよ。  この中に寮監を勤めている者がいれば、感謝してくれていい」  その言葉に、室内の空気がぐっと和らいで、数名から笑い声もこぼれた。  どんな人が来るのかと思っていたが、思ったよりも、ずいぶんと親しみやすそうな人だ。    ディッカーや師団長という肩書きはあっても、この人も人間なんだな。  なぜか、そんな場違いな感想を抱いた。   「――つまり。ディッカーの資質は、生まれつき決まるものじゃない。努力の先で開く可能性のあるものだ。  でも、ウルラの資質は違う。彼らの資質は生まれ持った稀有な能力で」  講義の終わりぎわ、講師――師団長は、それまでのにこやかな笑顔をおさめてから、室内をぐるりと見渡して言った。  ウルラの資質。  人の魔力を、無尽蔵に受け止めることができる、体質。  ディッカーの資質のように、努力や鍛錬の果てに手に入れるものではなく、生まれつきの能力。 「彼らの資質がなければ、どれだけ魔法が上手かろうと、魔力が多かろうと、誰一人ディッカーとしての能力を獲得することはできない」  そのウルラに選ばれるか——体を重ねることを許されるかどうかが、魔法騎士を特別なものにするかどうかを左右する。    師団長のそのたった一言に、室内の空気が一気に変わったことを、ダートは肌で感じた。 「ウルラは、ディッカーの魔力をその身に溜めて、またいつでもディッカーに使わせることができる。  逆を言えば、ディッカーはウルラに魔力を溜められるから大きな魔法を行使できるし、人並外れたスタミナも持てる」  昼下がりの穏やかな光差し込む教室の中、師団長の髪の毛がちらちらと陽光を跳ね返している。 「君らがディッカーになりたいと思うなら、そしてウルラと番いたいと思うならば。  そのウルラから、君らに信を、――誇りを預けて良いと思ってもらえるだけの努力と真摯さが必要だ」  番いという言葉に、室内のあちこちで生徒たちが姿勢を正し、あるいは、あるものは小さく息を呑んだ。  ダートは、ほんの少しみじろぎをする。  努力。  苦いものが喉の奥を流れた。  自分の努力は、魔法の技術にはほとんど反映されていない。  それでも、せめて騎士として一人前になれるよう、体を鍛え、体術を磨いてきた。  だけど―― 「その努力とあり方は見定められている。見定めの上、ようやくウルラから選ばれるかどうかの場所に立てることとなる。  ――つまり。ディッカーの最も大切な資質とは、誰に恥じない騎士であることだと、十分に理解してほしい」  誰に恥じない騎士になれるための努力など、してきたことはあっただろうか。  ゆっくり室内を見渡した師団長と、一瞬だけ目があった気がした。  ディッカーとして立つこの人は、その努力の果てに、誰かからその信を預けるに足る人物だと認められ、——体を重ねた事があるということだ。  そう考えた瞬間、自分の頬を張り倒したくなった。  なぜか。  この目を見てそんなことを考えてしまう自分が、とてつもなく汚いものに思えた。      ——いや。  ディッカーは、自分には関係のない話だ。  魔法騎士として立てるかどうかの瀬戸際にいる自分には。  ウルラに、その誇りを預ける栄誉にふさわしいかどうか、見定めてもらえる機会を持つことなんて、ないだろう。  それでもせめて、——騎士として。  誰に恥じない自分であろう。  ダートはそう心に誓って、その目を見返した。  

ともだちにシェアしよう!