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第1話 挨拶

 執務室のドアがノックされた。    アーネストが入室を許可すると、事務官に連れられた若い騎士が、一礼して部屋に入ってきた。   「室長、お連れしました。」   「ありがとう。あとは引き受ける。」   「はい、よろしくお願いします。ではフリードさん、私は失礼しますね。」    そう言い残した事務官を見送ってから、アーネストは騎士と目を合わせた。  頷いて、発言を促す。    この度この特殊師団――少人数ゆえ普段は特殊室と呼ばれている――で受け入れることになったこの騎士は、まだ年若い面差しをしていた。    資料によると、名前はダート・フリード。  成人したての十八歳。  魔力の多さに加え、空間魔法の非常に高い適正が騎士養成院の最終学年で認められ、この師団に配属されることとなった。    発言を促された騎士、ダートは、改めて姿勢を正し、息を吸い込んだ。    きびきびとしているけれど、緊張によるこわばりは改善余地ありだ。  ここが前線なら、この若者は不意の事故で怪我をすることになりかねない。   「この度こちらに仮配属なりました、ダート・フリードと申します。  これからどうぞご指導のほど、よろしくお願いいたします!」    彫りの深い眼窩の奥に、ぐりっとした黒目がちな目。  やや幼い面差しがしっかり厚みのある恵まれた体躯に乗っかっている様はなんともアンバランで、それがアーネストには微笑ましく見えた。   「意気込んでるね、フリード。僕はアーネスト・ブリュージュ。ここの室長だ。  ここは少数精鋭だから、覚えることも多くて大変だと思う。けれども、期待している。頑張ってほしいな。」    フリードの挨拶に答えると、ダートは頬を紅潮させてアーネストを見つめ返し、  はい!精一杯努めます!と返した。   「ああ、あと、ここは基本的にディッカーしかいない。  君もそのうち仲間入りするだろうけれど、それまで演習などは見学になる。  先輩達から十分学んでほしい。」    はい。しっかりとアーネストの目を見てダートが答えた。   「先輩方から少しでも多く学び、——誰に恥じないディッカーとなれるよう精進します。」  その目線の強さに、一瞬だけ、意識を絡め取られたような気がした。  誰に恥じない。  その言葉に、かわいいなあ。と思いなおした。    その謙虚さがなんとも好ましくて、  ——この若者を、上官として、きちんと導いてやりたい。  率直にそう思えた。  笑みを返してから、少し息を吸い込む。 「よし。では、他の室員を紹介しよう。ここにいるのがセドリック」  目線で示すと、すでに立ち上がっていたセドリックが頷いて名乗った。  それから、少し首を傾げて言う。 「フリード、なんだかずいぶんガタイがいいね。魔法騎士なんだよな?」    率直な疑問を口にするセドリックに思う。  さもありなん。    魔法騎士だってもちろん鍛えてはいるが、ダートほど分厚い体の者は多くない。  ダートは剣より斧、あるいはメイスの方がよく似合う手合いに見える。  そのダートは、一瞬口を開いて、少し目線を彷徨わせてから口を閉ざした。  先ほどまでの元気の良さが急に萎んでしまったようだった。  そうして生まれた一瞬の沈黙に、アーネストが問いの答えを引き受けてやった。   「まあ、一応ね。確かにぽくはないけど……。  卒院間際に空間魔法やら火力やらの適正出たんだってな?」  そのまま答えやすそうな質問に変えてやると、ダートは少し自信なさげに「はい、仰る通りです」と返事をした。   「なるほど。……じゃあこれから成長期か。  魔力量激増するかもしれないし、早めに番いが見つかるといいな」  セドリックの言葉に、ダートは少し困ったような顔のまま頷いた。  番いの話は、まだこの青年にとっては扱いづらい話題なのかもしれない。  まさか自分がその番候補らしいよと言うわけにもいかず、アーネストは曖昧に相槌を打った。   「ホントだねえ。」   (ホントにねえ……)  成人したてのこの新人を、上官として導いてやりたい相手を、この後パクっと頂く羽目になる自分の立場とは。  最近話題のセクハラパワハラ問題に真っ向勝負だ。  せめて。  番い以外のところでは、上官と部下の関係を踏み外すようなことはしないようにしてやろう。 「よし。じゃあ、他は訓練場にいるから向かおうか。」  アーネストが椅子から立ち上がると、ダートはさっと動いて、アーネストとセドリックのために部屋のドアを開けた。   「ありがとう」言いやってから、通り過ぎざまに立ち止まり、ぽんぽんと肩を叩いた。   「……なんでしょうか。」   「うん。力入ってるなあと思って。しゃんとしているのはいいけど、ガチガチだと怪我するよ。」    そう言って、行く先を示してから歩き出すと、「はい、注意いたします!」というダートの声と、扉の閉まる音が追いかけてきた。      特殊室の室員がもっぱら使う訓練場は、騎士団の建物の裏手、一番奥のひらけたところにある。  その裏に続く雑木林まで距離があり、周りに何もないのが室員たちの気に入りだった。  そんな訓練場の手前で室員たちに声をかける。 「全員集合!新人紹介するぞ!」  遠くの室員にも聞こえるよう、アーネストは魔力に言葉を乗せていた。 「室長おはよーございます。」    一番近くで剣技の手合わせをしていた室員二名は、すぐにこちらに気づいて鍛錬の手を止めた。  挨拶をしながらも、後ろに続く若者に興味津々である。   「おはよう。全員いるな」  遠くの室員も駆け寄ってきて、アーネストは全員の顔を見渡した。   「みんなおはよう、新人の紹介だ。ここにいるのは、今日から我々の仲間になったフリード。ダート・フリードくんだ。  まだ入団したての若者なので、色々教えてやってほしい。」    はい、と応える室員たちに頷いてみせ、それからダートに自己紹介をさせた。  室員たちにも簡単に自己紹介させ、それからアーネストは、ダートの指導担当に、年齢の近いスコットを指名した。 「じゃあ早速だけど、戦闘スタイル確認のためにも模擬戦をしてもらおうか。スコット、君が相手だ。」   「了解です。フリードはアップしないですか。」   「え、君不意打ちのお客さんにアップ待ってもらうの?」   「いや、しません。すみません」    答えるスコットに、にっこりと笑ってやる。  それから、スコット以外の室員に言った。   「君らは見学とダメ出しな。  あと、フリードはまだディッカーじゃないから、最大火力の大きさ自体は見なくていい。  スコットも、火力は通常だ。」   「了解です。」  念の為、二人とは広めに距離を取って模擬戦を眺める事にした。  ディッカーは最大火力の大きさこそが強さでもある。  なので、初めの頃は気が逸って、思いがけない大暴発を起こすこともある。    ――とはいえ、ディッカーがこれだけ揃っていて何か事故になることはまずない。    ただ、大暴発の威力程度想定の範囲内だ、と思わせておかないと、あとで役に立たなくなることもある。  ここは男心の繊細なところでもある。 「お願いいたします!」   「お願いします」  挨拶の後、二人は木剣を構えてお互いやや距離を取った。    アーネストの中では、剣技そのものの実力はダートが上、という見立てだ。  しかも、重装騎士としても通用するだろう肉体が、重装備の重みなしで戦うことになる。    ただしスコットの魔力操作は一級品。  ディッカーとして火力放出の反射神経も申し分なく、今一番育ち盛り伸び盛りの室員だった。 「いきます」    小さく宣言して、ダートが一合目を仕掛けた。    踏み出しの一歩目は体の大きさに見合わない素早さで、その剣先は迷いなくスコットに迫った。  その勢いを殺すようにスコットが受け止めると、ダートは反動をうまく殺してすぐに剣先を返す。  後ろに飛び退ってそれを避けたスコットは、ダートの出方を待つように再び防御の構えを見せた。  今ので、スコットはダートの技量を推し量れただろう。  ダートもまた一度構え直した。  教本通りだが、木剣を構えるには前腕に力が入りすぎだ。    一歩、ダートが踏み込む。  その瞬間、スコットは素早く後ろ足に重心を移動させた。  先程の一合で、間合いのあたりをつけたのだろう、そのままスコットがダートの剣を受ける。  ――はずだった。   「っ!」    体を沈めて剣先を避け、下からダートの剣を跳ね上げたスコットは、  先ほどよりもやや広めに間合いを取り直した。  おや、と思う。  いまの構えから出る剣にしては、伸びが良すぎた。   「フリード、めっちゃ動けますね。」  室員の一人が言う。   「んー?まあ、そうだねえ」    硬いけど、まあ確かに動けている。  再びダートが間合いを詰める。  その瞬間ダートを火焔が襲い、スコットが前に出た。    スコットの得意技だ。  搦手ではあるが、飛び込んできたところに火焔を放ち、怯ませて、その奥から敵を叩く。  使いどころがうまいので、初見殺しにとどまらない。  しかし焔はすぐにかき消え、スコットの剣はダートに跳ね返された。  そのまま迫るダートの剣先を、スコットは地面を転がって避けたが、体勢を整えるまもなくダートの追撃が迫る。  その瞬間、さらに威力を増したスコットの火焔がどっとダートの眼前を襲った。   「おっと」  アーネストは過剰に広がろうとする火焔の勢いを殺し、大きめの声を出して二人に呼びかける。 「よし、やめ!」  アーネストの声に、室長が数名二人に駆け寄った。 「お前めちゃめちゃうまいな!」    ダートを素直に褒め称える面々に、スコットは微妙な顔をしていた。 「スコット」   「はい!」    呼びかけると、スコットが駆け寄ってきた。  その間にも、フリードの元に他の室員が集まっていく。  スコットは何を言われるのかわかっているのか、やや気まずい顔をして、アーネストの前に立った。   「火力は通常と指示しただろ。」   「はい。」    スコットは小さく頷いた。   「予想外のことが起きても、上官の指示は絶対だ。  例えば君の調整ミスが原因で、建物が崩れたとする。そのせいで怪我人や死者が出る可能性もある。」   「はい。おっしゃる通りです。」   「僕は、君たちのことを信用して、最低限のことしか指示しない。  だからこそ、指示されたことは厳守してほしい。」    何がまずかったかわかってはいるようだが、ここはアーネストとして指摘しないわけにはいかなかった。  なので、敢えて上官らしい言い回しを意識して伝えた。  とは言え、叱責する必要まではなさそうだとも感じた。 「よし、いい。模擬戦ありがとう。——行こうか。」  スコットを促してダートの方へと歩き出す。  すでに室員たちは、先ほどの模擬戦についての感想を言い合っていた。 「思っていたよりは、ずっと実践に向いた剣だね。」    アーネストが声をかけると、先輩から口々に構われて萎縮していたらしいダートがパッと振り返る。   「ありがとうございます、恐れ入ります。」    うん、と頷いてから室員を見渡す。   「ひとまずフリードは、これからディッカーを目指す候補だ。  今の僕たちの戦い方とは、今のところは根本的に違うことはわかっていると思う。」    顔を見渡しながら言うと、何名かは頷きを返してきた。   「その上で。  今の手合わせの中で気づいたこと、あるいはフリードから学べるものがあると感じる者は、話をしておいてほしい。」   「「はい。」」    室員たちの返事を聞いて、アーネストはニッと笑った。  

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