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第1話 挨拶

 執務室のドアがノックされた。  室長が入室を許可すると、事務官に連れられた若い騎士が、一礼して部屋に入ってきた。 「室長、お連れしました。」 「ありがとう。あとは引き受ける。」 「はい、よろしくお願いします。ではフリードさん、私は失礼しますね。」  後半を、騎士に向かって言い残した事務官が退室していくのを見送ってから、室長は騎士と目を合わせた。  頷いてみせ、発言を促す。    この度この特殊師団――と言うには人数が少なすぎるため表向きは特殊室と呼ばれているのだが――で受け入れることになったこの騎士は、まだ年若いディッカー候補生であった。ディッカーとは、ルイアナ王国が誇る花形魔法騎士、もとい、無尽蔵の火力を誇る戦闘兵器である。  資料によると、名前はダート・フリード。入隊したて、成人したての18歳。魔力の多さに加え、ディッカーの非常に高い適正が騎士養成院の最終学年で認められた。と言うことでこの、ディッカーが多い特殊師団に配属されることとなったようである。  発言を促された騎士、ダートは、改めて姿勢を正し、息を吸い込んだ。きびきびとした動作は素晴らしいが、緊張でこわばったような肩は改善の余地ありと室長は考えた。今自分が切りかかったら、この若者は一拍の遅れで怪我をすることになるだろう。 「この度こちらにお世話になることになりました、ダート・フリードと申します。これからどうぞご指導のほどよろしくお願いいたします!」  彫りの深い眼窩の奥にはぐりっとした黒目がちな目、太くて意思の強そうな眉毛とやや丸い鼻、まだ育ち盛りの雰囲気がある幼なげな頬。厚みのある唇をぐいっと食い締めた顔は、男らしい美形ではあるが、やや可愛い面差しと言える。  それがしっかり厚みのある恵まれた体躯に乗っかっている様はなんともアンバランスで、まだまだ成長期の若者が、キリリとした顔を見せている様子が微笑ましく見えた。 「意気込んでるね、フリード。僕はアーネスト・ブリュージュ。ここの室長だ。ここは少数精鋭だから、覚えることも多くて大変だと思う。けれども、期待している。頑張ってほしいな。」  フリードの挨拶に答えると、ダートは頬を紅潮させて室長――アーネストを見つめ返し、はい!精一杯努めます!と返事を返した。 「ああ、あと、ここは基本的にディッカーしかいない。君もそのうち仲間入りするだろうけれど、それまで演習などは見学になる。先輩達から十分学んでほしい。」  はい。しっかりとアーネストの目を見てダートが答えた。 「先輩方から少しでも多く学び、ウルラに恥じないディッカーとなれるよう、精進します。」  かわいいなあ。と思う。  ディッカーに必要不可欠な補佐であるウルラを、そんなふうに言ってくれるとは微笑ましい。 「よし。では、他の室員を紹介しよう。訓練場にいるから向かおうか。」  アーネストが椅子から立ち上がると、ダートはさっと動いて、アーネストのために部屋のドアを開けた。 「ありがとう」言いやってから、通り過ぎざまに立ち止まり、近くでとっくりと表情を眺める。 「……なんでしょうか。」 「うん。力入ってるなあと思って。しゃんとしているのはいいけど、ガチガチだと怪我するよ。」  そう言って、行く先を示してから歩き出すと、「はい、注意いたします!」というダートの声と、扉の閉まる音が追いかけてきた。    特殊室の室員がもっぱら使う訓練場は、騎士団の建物の裏手、一番奥のひらけたところにある。その裏に続く雑木林まで距離があり、周りに何もないのが室員たちの気に入りだった。  そんな訓練場の手前で室員たちに声をかける。 「全員集合!新人紹介するぞ!」  かなり遠くにいる室員にも聞こえるよう、アーネストは魔力に言葉を乗せていた。 「室長おはよーございます。」  一番近くで剣技の手合わせをしていた2名の室員は、アーネストたちが訓練場に入ってきたところですでにこちらに気づき、鍛錬の手を止めていた。特に、今この特殊室でも最若手であるヘイデンは、挨拶をしながらも、後ろに続く若者に興味津々と言った様子である。 「おはよう。一人…二人以外全員いるか。」 「おはようございます。そうですね、室長が全員待機とおっしゃっていたので、任務で出てる先輩達以外今全員ここにいます。」  同じく年若いスコットも、近寄ってきてアーネストに告げた。  遠くにいた室員も駆け寄ってきて、ここにアーネストと、不在の二人を加えた計8名が、これまでの特殊室の構成メンバーだった。 「みんなおはよう、新人の紹介だ。ここにいるのは、今日から我々の仲間になったフリード。ダート・フリードくんだ。まだ入団したての若者なので、色々教えてやってほしい。」  はい、と応える室員たちに頷いてみせ、それからダートに振り返る。 「自己紹介してくれるかな?」  はい!と答えたダートは、先程アーネストの執務室でしたのと同じ自己紹介を、威勢よく繰り返した。  室員たちにも簡単に自己紹介させ、それからアーネストは、ダートの指導担当に、年齢の近いスコットを指名した。 「じゃあ早速だけど、戦闘スタイル確認のためにも模擬戦をしてもらおうか。スコット、君が相手だ。」 「了解です。フリードはアップしないですか。」 「え、君不意打ちのお客さんにアップ待ってもらうの?」 「いや、しません。すみません」  それから、スコット以外の室員に言う。 「君らは見学とダメ出しな。あと、フリードはまだディッカーじゃないから、最大火力の大きさ自体は見なくていい。スコットも、火力は通常で。」 「了解です。」  念の為、二人とは広めに距離を取って模擬戦を眺める事にした。ディッカーは最大火力の大きさこそが強さでもある。なので、初めの頃は気が逸って、思いがけない大暴発を起こすこともあるのだ。  ――とはいえ、ディッカーがこれだけ揃っていて何か事故になることはまずない。  ただ、大暴発の威力程度想定の範囲内だ、と思わせておかないと、あとで役に立たなくなることもあるのだ。  ここは男心の繊細なところでもある。 「室長、フリード、なんだかだいぶんガタイいいですね。あれでディッカー候補なんですか?」  近寄ってきてアーネストに尋ねるヘイデンに思う。  さもありなん。  魔法が主戦力であるディッカーは、基本的には騎士なのでもちろん鍛え上げた体躯をしてはいる。  とはいえ、ダートほど分厚くしっかりと作り上げている者は多くない。ダートは剣より斧、あるいはメイスの方がよく似合う手合いに見える。 「まあ、一応ね。なんかぽくはないけど、騎士養成院卒業間際に空間魔法やら火力やらの適正出たらしくて。」 「はー、じゃあこれから成長期ってやつですか」  そうかもね。返すとヘイデンは片眉を跳ね上げながら言う。 「ってことは、魔力量激増するかもなんですね。早めに番見つかるといいですけど。」 「ホントだねえ。」   (ホントにねえ…)  まさか自分がその番候補らしいよと言うわけにもいかず、アーネストは合間に同意を返した。成人したてのこのかわいい新人を、この後パクっと頂く羽目になる自分の立場とは、最近話題のセクハラパワハラ問題に真っ向勝負だ。 「お願いいたします!」 「お願いします」  挨拶の後、二人は木剣を構えてお互いやや距離を取った。  アーネストの中では、剣技そのものの実力はダートが上、と言う見立てだった。しかも、重装騎士としても通用するだろう肉体が、鎧兜の重みなしで戦うことになる。  ただしスコットの魔力操作は一級品。ディッカーとして火力放出の反射神経も申し分なく、今一番育ち盛り伸び盛りの室員だった。 「いきます」  小さく宣言して、ダートが一合目を仕掛けた。  踏み出しの一歩目は体の大きさに見合わない素早さで、迷いのない剣筋がまっすぐスコットに迫った。  その勢いを殺すようにスコットが受け止めると、ダートは反動をうまく殺してすぐに剣先を返す。後ろに飛び退ってそれを避けたスコットは、再びダートの出方を待つように防御の構えを見せた。  今の一合で、スコットはダートの技量を推し量れたはずだ。  どれほど差があるかはともかく、剣技そのもので勝ち切れる相手でなさそうなことは察したはず。それでも、すぐ魔法をぶつけに行かなかったのは、ちゃんとダートの出方をアーネストたちに見せるためだろう。  隙なく構えるスコットに、ダートはもう一度構えを直した。  教本通り、体の正面で剣を構え、わずかに肘を落とす。だが、木剣を構えるには前腕に力が入りすぎており、剣を体幹ではなく腕で支えようとしているのが傍目にも伺えた。  腕で振るう剣は、動きが硬くなり、間合いが狭くなる。  一歩、ダートが踏み込んだ。  その瞬間、スコットは素早く後ろ足に重心を移動させた。先程の一合で、間合いのあたりをつけたのだろう、そのままスコットがダートの剣を受ける――はずだった。 「っ!」  体を沈めて剣先を避け、下からダートの剣を跳ね上げたスコットは、先ほどよりもまた、やや広めに間合いを取り直した。  おや、と思う。  いまの構えから出る剣にしては、伸びが良すぎる。   「フリード、めっちゃ動けますね。」  ヘイデンが言う。 「んー?まあ、そうだねえ」  硬いけど。まあ確かに動けてはいる、とアーネストは考えた。  距離を詰めて打ち合いになったら、そこはダートの間合いだろう。  剣技の技量的に、間合いを開けて様子を見たスコットは正解だ。しかし、それもダートは軽々とつめた。相手の長い間合いをいなしたわけではなく、まっすぐ飛び込んでいった。  再びダートが間合いを詰める。その瞬間、ダートを火焔が襲い、スコットが前に出た。  スコットの得意技だ。搦手ではあるが、飛び込んできたところに火焔を放ち、怯ませて、その奥から敵を叩く。タイミングとコントロール、使いどころもうまいので、初見殺しだけにとどまらないいやな技である。  しかし、焔はすぐにかき消え、飛び込んできたスコットの剣をダートが跳ね返した。さらに追いすがる剣先を、地面を転がるようにして避けたスコットが立ち上がると、ダートの追撃が迫る。その瞬間、さらに威力を増した火焔が広がった。   「おっと」  アーネストは火焔の勢いを殺し、大きめの声を出して二人に呼びかける。 「よし、やめ!」  ヘイデンが二人にいち早く駆け寄る。 「お前めちゃめちゃうまいな!」  と、ダートを素直に褒め称えるヘイデンに、スコットは微妙な顔をしていた。 「スコット」 「はい!」  呼びかけると、スコットが駆け寄ってきた。その間にも、フリードの元に他の室員が集まっていく。  スコットは何を言われるのかわかっているのか、やや気まずい顔をして、アーネストの前に立った。 「火力は通常と指示しただろ。」 「はい。」  スコットは小さく頷いた。 「予想外のことが起きても、上官の指示は絶対だ。例えば君の調整ミスが原因で、建物が崩れたとする。そのせいで怪我人や死者が出る可能性もある。」 「はい。おっしゃる通りです。」 「僕は、君たちのことを信用して、最低限のことしか指示しない。だからこそ、指示されたことは厳守してほしい。」  何がまずかったかわかってはいるようだが、ここはアーネストとして指摘しないわけにはいかなかった。なので、敢えて上官らしい言い回しを意識して伝えた。とは言え、叱責する必要まではなさそうだとも感じた。 「よし、いい。行こうか。」  スコットを促してダートの方へと歩き出すと、すでに室員たちは、先ほどの模擬戦についての感想を言い合っていた。ヘイデンはともかく、他の室員はなぜスコットが呼ばれたのかはわかっているだろう。ヘイデンの指導担当は、近づいてきたアーネストを見て軽く頷いてみせた。  どうやら明日の演習では、ヘイデンはかなり絞られることになりそうだ。 「思っていたよりは、ずっと実践に向いた剣だね。」  アーネストが声をかけると、先輩から口々に構われて萎縮していたらしいダートがパッと振り返る。 「ありがとうございます、恐れ入ります。」  うん、と頷いてみせると、室員を見渡す。 「ひとまずフリードは、これからディッカーを目指す候補だ。今の僕たちの戦い方とは、今のところは根本的に違うと言うことはわかっていると思う。」  顔を見渡しながら言うと、何名かは頷きを返してきた。 「その上で。今の手合わせの中で気づいたこと、あるいはダートから学べるものがあると感じる者は、ダートと話をしておいてほしい。」 「「はい。」」  室員たちの返事を聞いて、アーネストはニッと笑った。

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