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第2話 お前だけ

 さて、その夜。  アーネストは早速、管理課の担当者とともに交渉の間でダートを待っていた。  入隊した新人との、番候補としての初顔合わせである。  通常は、認識阻害をかけたうえで、番いの顔合わせや交渉を行う。  だが、最近急にディッカーの素養が認められたダートは、離れたウルラから魔力を出し入れする技術をまだ獲得していない。  それで、今回は双方認識阻害がかけられていなかった。  ノックの音が鳴る。  失礼致します、というダートの声。  管理官の応答に扉の開く音がして、アーネストはそちらを見やった。 「本日はよろしくお願いいたします、ダート・フリードと申しま……」    一礼した顔をあげたまま、ダートが固まった。   「えっ、室長?!」   「よう、さっきぶり」    そんなダートに、アーネストは片手をあげて答えた。  管理官は、なれた手振りでダートに着席を促す。   「え……っと、なぜ室長がここにいらしてるんですか。  交渉、やっぱり普通にやらなきゃダメですか。」    おっかなびっくりソファに近寄りつつ、上官の顔を伺いながらなにやら言い募るダートにアーネストは首を傾げる。   「ん?普通にってどう言うことだ?」   「室長的には、俺に早く一人前になれっていうか……その、覚悟が足りないって言われる場、ですかね。今日」    眉尻を下げて、叱られた犬のようになったダートに首を傾げていると、見かねたのか管理官が割って入ってきた。   「フリードさん、落ち着いてください。  こちらにいらっしゃるのは、今は、あなたの上官殿ではなく、  あなたのウルラ候補としてのアーネスト・ブリュージュさんです。」    そうそう、と軽く頷きながらダートを見ると、ぐりっとした瞳が、さらに大きくなっていた。   「えっ、ええっ?!」   「ああ……。そりゃ、上官がいたらウルラとは思わないか」  そこは思いつけなかった。  マジでごめん。    管理官のため息をよそに、ええーーー?!というダートの声がもう一度部屋に響いた。 「室長、ウルラだったんですか……」   「ウルラ候補、な。まあ、適正はばっちりよ。  そこらのディッカーと渡り合えてる僕が保証する」    何せ、誰とも番っていないのに、ウルラとディッカー、一人二役のパフォーマンスでもって、  優秀なディッカー達を束ねる師団長を拝命しているほどである。  軽く片目をつむってみせる。   「……んで、交渉をセックス以外でやりたいんだって?  聞いてるかもだが、悪いけどそれは無理だ」    管理官からの説明で交渉にあたってのダートの希望を聞いていたアーネストは、残念ながら、とその願いを却下した。   「いやその。え、なんでですか?」   「僕ね、無意識下での空間魔法利用があるみたいでさ」    アーネストがどすっとソファに背を預けると、ダートはなぜだかしゃんと背を伸ばした。  つい口元が緩む。   「なんていうのかな。自分の周りに薄く結界張り続けてるみたいな。  で、他人の認識阻害魔法は突破しちゃうし、  多分他人の魔力を受け付ける道をつけてもらうのも結構大変かもって予測されてて」    ダートは真剣な面差しで、話の続きをじっと待っていた。   「……だから、あー。その、ちまちまチュッチュしてても無理でさ。」  なんと言えばいいのか。  迷いながら言葉を選んで言ってみると、ダートの目がぱちくりと瞬いた。  なるほど。  真面目で遠回しな言い方では、ダートの思い切りを促せないか。  そう察して、あえてわかりやすく俗な言い方をしてみることにした。   「一番効率いーとこに、ぶっ濃いのでもかけてもらわないと多分道が開かないの」    思い切って言い切ってみると、ダートの表情はみるみると変わった。   「ぶっこ…、げっほ…」  あ、俗っぽすぎた。   「あっ、ぶっ濃いのは魔力のほうね。」   「室長、さすがに下品すぎます」   「ええほんと?」    管理官の突っ込みに答えながらも、年下の純情な男の子に、「中出しして」とお願いしなければならない上官の立場も少しは考えてほしかった。  ――愛のないセックスは、いやなんだろうなあ。    そう思いつつ、だからこそできるだけあけすけに言葉にする。  やることはセックスでも、これはあくまで、魔力を通す道をつけるための「処置」にすぎない。  そうわからせるために。    そう、ウルラとディッカーの番交渉とは、要するにアナルセックスだ。    だから、これが軽々しい話ではないことなどよくわかっていたし、これがまた、ディッカー達が、ウルラをとにかく大切にしたくなる理由の一つなのだろうとも考えていた。    管理官から聞くことには、できれば相手との性的な交渉は避けたい。というのがダートの希望。    昼間に聞いたダートの言葉を思い出す。    ——誰に恥じないディッカーとなれるよう精進します。  そのために何をなさねばならないか、知らないわけではないはずだ。  そして、この番いのあり方やそのプロセスを軽んじているわけではないだろう。    ただ、しばしば感じられるダートの不安、自信のなさ。  それらは根深くダートを捕らえているようで。    ダートの希望は、その恐れの裏返しのように見えていた。   「…えーっとさ、それにだねぇ。」  フリードくんは、下ネタは無理なんだなあ。  どう言おうか頭をめぐらせて、アーネストは、ソファに預けていた背を起こした。   「びっくりしたと思うけど、僕、番がいないの。  なんでか認識阻害が効かないからさ、誰かのディッカーになるのは、ちょっと都合が悪いんだよ。色々。」  両膝に体重をかけて、両手のひらを組み合わせる。そろそろ爪の手入れが必要そうだった。 「そもそも自分でウルラもできるからさ、僕みたいなのにつけられるほどウルラは人材豊富じゃないのね。  まあ、魔力の波長も特殊すぎで、今まで僕のディッカーになれそうな奴いなかったのよ」  こんな年上の、可愛くもない男を抱けと言われても困るだろう。  だが、ダート本人のためにも、今だけは一度、――もしかしたら二、三度、頑張ってもらわねばならない。  だから、ダートの義務感と、若手ならではの使命感に訴えてみることにした。    修羅場回避のために繰り出す必殺の上目遣いで、ダートの目をちらと見上げる。   「僕だって、番って国のために役に立ちたいの。  ホントはディッカーになりたかったけど、無理だからさ」    見上げた先でダートは、初日に執務室で挨拶をした時と同じ赤らんだ頬をして、  当社比ずっとあざとい顔をした上官を凝視していた。   「お前だけ、なんだよね、僕のこと番いにしてくれるの。  ――ね、悪いけど、僕のこと抱いてくんない?」 「……俺だけ……」  ごくん。  ダートの、空気を飲み込む音が不思議とよく聞こえてきた。  よし、いける。 「な、ダ(・)ー(・)ト(・)。——お願い」 「はっ、はい。……はい!」    あれ?    後ろに「喜んで!」がつきそうなほど前のめりに頷かれて、  交渉は拍子抜けするほどあっさりと成立した。  だから、管理官が天を仰いでいることにこの時アーネストは気づいていなかった。  

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