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第2話 回廊

 翌日、特殊師団は、一部の団員を率いて出力量拡大の訓練のため演習に出ていた。  大きなタンクを持つなら、それに見合う火力を。  大火力を扱うなら、それを制御する技術を。  それが特殊師団のモットーだ。  元々、空間魔法を操るディッカーたちは魔力操作に長けており、少量の魔力で効率よく効果を引き出せる者が多い。だが、どれほど魔力量があっても、それを細く小出しにすることしかできなければ意味はない。それなら、魔法騎士を数で揃えれば済む話だ。  ディッカーが戦力として数えられるのは、過剰とも言える魔力を、人間離れした出力で叩きつけられてこそ――そういう考え方である。  人目を気にせず高火力を放てる演習場は限られており、この日、団員たちは岬から連なる広大な砂浜に集まっていた。 「あの、室長」 「ん?」  ダートは、アーネストと共に演習の見学をしていた。  岬の上から砂浜を見下ろしながら、各団員が最大火力で得意な魔法を展開している。アーネストはその様子を眺めつつ、手元の紙にフィードバックを書きつけていた。   「これって、属性はなんでもいいんですか?」 「ああ、演習? 今日はとにかく得意な属性でぶっ放して、大火力放出の瞬発力を上げるのが目的だから、なんでもいいよ。ほとんど基礎魔法になるけどね。――フリードは、何が得意だっけ?」 「――自分のは、基礎魔法はどれもあまり適正はないんです」 「えっ、そうなん? あれ、確かに適正欄に基礎魔法はなかったね」  思わず振り返ると、ダートは自信なさげにこちらを見ていた。   「基礎や応用魔法が、ほとんどからきしでして……。雷電は、まだ使えます。卒業間際に分かったんですが、俺、火焔なら火のあるところから、水魔法なら川とか海から、空間魔法で実際のものを拝借して、顕現させてたんです」 「うっそ、マジで。それで魔法の単位取れてたの?!」 「一応、イメージ自体は取れてるから、顕現してるんだろうってことで……可はいただいていました」 「はー、そりゃまあ」  なるほど、と腑に落ちる。  ダートの不安は、魔法学の成績に起因するものか。  魔法学の単位は、不可、可、良、優、秀、極。  魔法騎士として任命されるには、基礎・応用・発展魔法で、秀と極を一定数取る必要がある。  火焔、水、風、土といった基礎魔法に適正がある者は、応用でも成績を伸ばしやすい。そのため、早い段階で魔法騎士の進路が確定することが多い。  一方、空間や治癒、精神系といった発展魔法は履修時期が遅く、そもそも履修しない者もいる。  ここで秀や極を取れれば一発だが――最後まで適正が見えなかったダートは、進路を決めきれなかったのだろう。  体つきからも、それは見て取れた。魔法騎士ではなく、一般騎士を志した者特有の、作り込まれた肉体だ。  だが、魔法学科出身で一般騎士になるということは、魔法に割いた時間の分、兵法や体術を犠牲にしているということでもある。  つまり、入隊しても「出来損ない」と見なされかねない立場だった。 「わかった時は先生達ひっくり返っただろうね」 「いえ、卒業直前に自分で気づいたことなので、先生方はご存知ないかと思います」 「おお、じゃあ、バレて単位返上させられなくてよかったねぇ」 「……はい。」  魔法騎士の資格確定はともかく、あまりに不可が多ければそもそも卒業ができない。教授陣にばれなかったのは何よりだった。  しかし、空間魔法のみで魔法騎士として入隊できたとは恐れ入る人材である。ディッカーは国防の要であり、高火力の基礎魔法放出もさることながら、他国や魔獣、あるいは自然災害などから国土国民らを守れること、つまり結界を張れることが大切である。なので空間魔法適正は本当に必要不可欠なのだが、ダートのように空間魔法だけに振り切っている魔法騎士はこれまでに会ったことがなかった。 「じゃあ君、戦闘の組み立てどうしようね」 「一応、いくつか考えてはいますので、室長のご意見をいただければと思っています。」 「空間魔法だけで組み立ててるってこと?」 「はい」 「ふーん…」  あごに手をやって目線を上げ、海上をゆくかもめを睨み、しばし考える。  今日はとても天気がいい。    いや待てよ、まて。    どこかよそから火や水やを借りていたと言うことは、この新人は、転移魔法を――空間魔法ではなく――行使できていると言うことだ。しかもかなり安定的に。    衝撃的な事実に、やや言葉を失ってダートを見やった。 「……え?フリードくん、君、すごくない?」 「えっ」  脈絡を掴めず戸惑うダートに、カモメを指差し尋ねた。 「転移魔法、生き物相手にも使える?流石に飛んでたら無理?」 「転移魔法、転移魔法ですか?」  驚いて聞き返すダートに、アーネストの方が驚いて返した。 「え、転移魔法でしょ?どっかの炎を自分のとこに転移させてたんだよね?」 「そう、ですね。そういえばそうですね。」  しばし二人見つめ合った。   「嘘でしょ!フリード君のそれが、空間魔法のなせる技だって気づいた時、誰も教えてくんなかったの?!」 「すっ、すみません、それも今室長にはじめてお伝えしました。」 「マジかよー、すごい隠し球きたじゃん」  ちょっとフィードバックどころじゃなくなっちゃうから、あとでまた聞かせて。と言い残し、アーネストは団員達の演習に集中することにした。何せなかなかお目にかからない転移魔法である。しかもおそらく、本人の視認できないところからの。    団員達の演習に集中しなければならない。――のだが、とてもできそうになかった。    バタバタバタっ!  すぐ脇で鳥の羽ばたく音がした。   「できました…っ!」    振り向くとそこには、暴れるカモメを手元の結界に閉じ込めているダートがいた。頭上をふり仰ぐ。カモメは海上から姿を消していた。     「フリードくん、これ詰所に出しといてくれるかな。」  資料室の表示を目にしたアーネストは、後ろを歩いていたダートに報告書を手渡した。  本日の演習報告だ。  天候ヨシ、周辺環境への被害ナシ、怪我人病人ナシ。すんごい発見アリ。……は書いていないが。   「わかりました。室長の署名はありますが、提出者の署名は自分でよろしいですか。」  両手で受け取って生真面目に答えるダートに、にへらと笑ってみせる。 「大丈夫だいじょーぶ。そんなん毎回自分で出してんの僕くらいだよ。」 「……次からは自分が室長の代わりに出しに行きます。」  ホント?ありがとー。と言い置いてアーネストは、資料室へと足を踏み入れた。  この砦は、かつての救国の騎士が姫を守り抜いた要塞の跡地に建てられたものとも言われていて、確かに古めかしい質実剛健さが感じられる。資料室内も、小さな明かり取りの窓が天井近くにあるだけで、薄暗く埃っぽかった。 「うひょー」  それだけで時代を感じさせる室内についつい声を上げた。  魔力の扱いが上手くない文官などはどうしているのかなどと考えながら、アーネストは先ほどの海上の空を思い浮かべる。  やや遅れて、部屋全体が陽光に包まれた――ような温かい光に満たされた。  魔法はイメージ。やろうと思ってやれないことはない。これはアーネストのモットーではあるが、正直なところ、このような何魔法ともつかない魔法を顕現させる人間を、少なくとも自分の他にはこれまでに見たことがなかった。  今日のダートを見るまでは。  書架に収められた文章の背を目で追いながら、ダートの適正についてもう一度考えてみた。  魔法はイメージ、ではある。だが、実際にあるものを手元に持ってくることと、ないものをイメージして生み出すこととなら。どちらが想像しやすいだろう?そこにあるものを持って来られたのであれば、ありそうなところから持ってくることは、難しいだろうか。そして、ありそうなところを、探ってみることは、できるようになるだろうか。  アーネストは無心で文書の背表紙を追っていたが、結局この砦の資料室にめぼしい文書は見つけられなかった。  ふと振り返り、さほど狭くもない資料室をすっかり調べ終わっていたことに気づいた。   「フリードくんたら、詰所で捕まったかな」  あの新人くんであれば、用事が終わったらアーネストのところで戻ってきて、調べ物を手伝うといいそうである。報告書が適当すぎたかなあなどと思いつつ扉を開けると、やにわに外の話し声が聞こえてきた。 「待てって。……やっぱりフリードだぜ。ほら、いったろ」 「うわ本物じゃん、ジョーダンかと思ったぜ」  どうやら詰所から戻るところで知り合いに捕まったようだと気づく。上官の出る幕ではないので、アーネストはそこで待つことにして、音を立てないように、そうっと資料室の扉を閉めた。 「さっき資料室のとこにいただろ?あれ先輩か?」 「上官だけど……」 「えっ、て言うか気になってたんだけどさ、お前番い制度がどうこうって教官と話してただろ、卒業前」 「はぁ?こいつが?」  うんうん、ディッカー候補ってみんな気になるよなあ。と、卒業前の頃を思い出す。  アーネストも、ディッカー候補として入団することが決まった時、日頃の言動のあまりの軽薄さに、友人たちからは散々「ディッカー向きではない」と言われながら卒業したのである。  羨望混じり、嫉妬混じり、あとはちょっと誇らしさ混じりでけなされたりイジられたりと言うのは学生時代の友人同士の距離感だ。  懐かしさに、思わず壁に背を預けて瞑目し、じっくりと浸ってしまう。あいつら何してんのかなあ。 「んなわけないだろ。そもそもさっきこいつの上官?上司?室長って言ってたぜ。騎士ですらねえってことだろ?かっるい装備着てさ、せめて騎士くらいにはなっといてもらわねえと、俺ら同じ代ってだけで恥ずかしーわ」 「騎士でもねえの?ってかじゃあ番いってお前、ウルラのほう?それこそ冗談だろ」 「ウッソだろ。このナリで?守ってくださいってか?」  目を開ける。  あれ、俺の可愛い部下がなんかクサされてない?そんなバカな。   「どの道ろくに能力もなくて、ただケツ振ってディッカーにくっついて回ってるのがウルラだろ。じゃあせめてそれっぽい綺麗どころにすんだろ、こんなんじゃなくて」 「そー言う趣味の人もいるだろ、うわ、キモ。お前」  いこーぜ。そう言い捨てる言葉と共に、足音が続いた。近づいてきた足音は、そのまま資料室手前の出入り口から外へと遠ざかっていった。    ダートは、一言も反論しなかった。   アーネストは考える。  今のは、ダートの同窓生達だろう。ダートと同じように教わり、学んだはずの。だというのに、ウルラに対するこの理解の差はなんなんだろう。  やがて、じゃり、と言う砂を噛んだ軍靴の音がした。じゃっ、じゃっ、と、規則正しい足音はどんどんと近づいてくる。  言いたいやつには言わせておけばいい、今は。    壁に預けていた背を離すと、回廊を曲がったところのダートと目があった。 「報告書あんがと。助かったよ。」 「いえ、とんでもないです。」 「転移魔法のこと扱ってる文書なかったんだよ。王宮の方が充実してるかなあ」  首を傾けてゆく先を促し、ゆっくりと歩きだす。 「自分は王宮の書庫には入ったことはありませんが、蔵書は豊富だと聞いたことがあります。」    鈍い靴音は、砦の回廊を出るまで2人を追いかけていた。

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