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第3話 お前だけ
さて、その夜。
アーネストは早速、管理課の担当者とともに交渉の間でダートを待っていた。入隊した新人との、番候補としての初顔合わせである。
通常ウルラとディッカーは、認識阻害をかけたうえで、顔合わせや番交渉(番契約とも言う)を行う。だがアーネストは、その認識阻害が効かない――阻害されていても、普通に素顔が見えてしまう、という、まあ、ちょっとした規格外である。
そのため、今回も阻害はかけられていない。相手の素性は、すでに承知していた。
ダートの方は、アーネストのことはまだ知らないはずだ。
だが、最近急にディッカーの素養が認められたダートは、離れたウルラから魔力を出し入れする技術を獲得していないとのことで、番交渉が成立した後も魔力譲渡は継続して行わなければならない――どころか、任務の場にあっては共にいなければならない可能性もあり、アーネストにもどのみち認識阻害はかけられていなかった。
ノックの音が鳴り、失礼致します、と言うダートの声が聞こえてきた。どうぞ入ってください、と言う管理官の言葉に扉の開く音がして、アーネストはそちらを見やった。
「本日はよろしくお願いいたします、ダート・フリードと申しま…、」
一礼した顔をあげたまま、ダートが固まった。
「えっ、室長?!」
「よう、さっきぶり」
そんなダートに、アーネストは片手をあげて答えた。
そんな番候補の二人をよそに、管理官は手振りも使って、椅子に座るようダートを促す。
「え…、どうして室長がここにいらしてるんですか。交渉やっぱり普通にやらなきゃダメですか。」
おっかなびっくりソファに近寄りつつ、上官の顔を伺いながらなにやら言い募るダートにアーネストは首を傾げる。
「ん?普通にってどう言うことだ?」
「室長的には、俺に早く一人前になれっていうか……その、覚悟が足りないって言われる場、ですかね。今日」
眉尻を下げて、叱られた犬のような表情を見せるダートに、はてな?とさらに首を傾げていると、見かねた管理官が割って入ってきた。
「フリードさん、落ち着いてください。こちらにいらっしゃるのは、今は、あなたの上官であられるアーネスト・ブリュージュ室長ではなく、あなたのウルラ候補であるアーネスト・ブリュージュさんです。」
そうそう、と軽く頷きながらダートを見ると、ぐりっとした瞳が、さらに大きくなっていた。
「えっ、ええっ?!」
「ああ、そりゃ、上官がいたらウルラとは思わないか」
アーネストにはそこは思いつけなかった。
マジでごめん。とは思うが、いまさらでもある。
管理官のため息をよそに、ええーーー?!というダートの声がもう一度部屋に響いた。
「室長、ウルラだったんですか…」
「ウルラ候補、な。まあ、適正はばっちりよ。そこらのディッカーと渡り合えてる僕が保証する」
何せ、誰とも番っていないのに、ウルラとディッカー、一人二役のパフォーマンスでもって、優秀なディッカー達を束ねる師団長を拝命しているほどである。
なおこの話は他言無用、と言うことで、アーネストがディッカーでないと言う事実には沈黙の誓約がかけられた。誓約をアーネストが保有している限り、ダートはこのことを他人に言うことができなくなる魔法だ。
「んで、交渉をセックス以外でやりたいんだって?聞いてるかもだが、悪いけどそれは無理だ」
管理官からの説明で交渉にあたってのダートの希望を聞いていたアーネストは、残念ながら、とその願いを却下した。
「いやその。え、なんでですか?」
「僕ね、無意識下での空間魔法利用があるみたいでさ」
アーネストがどすっとソファに背を預けると、ダートはなぜだかしゃんと背を伸ばした。
つい口元が緩む。
「んー、僕、認識阻害魔法が効かない人なんだよね。で、多分他人の魔力を受け付ける道をつけてもらうのも結構大変かもって予測されてて」
ダートは真剣な面差しで、話の続きをじっと待っていた。
「……だから、あー。その、ちまちまチュッチュしてても無理でさ。一番効率いーとこに、ぶっ濃いのでもかけてもらわないと多分道開かないの」
アーネストが思い切って言い切ってみると、ダートの表情はみるみると変わった。
「ぶっこ…、げっほ…」
「あっ、ぶっ濃いのは魔力のほうね。」
「室長、さすがに下品すぎます」
「ええほんと?」
管理官の突っ込みに答えながらも、年下の純情な男の子に――多分、愛のないセックスなんてできないと考えるほどのピュアな――、中出しして、と言うお願いをしなければならない上官の立場も、少しは考えてほしいと思わなくもなかった。
そう思いつつ、だからこそできるだけあけすけに伝えるべきだとアーネストは考えていた。
やることはセックスでも、これはあくまで、魔力を通す道をつけるための作業にしか過ぎない。
そうダートにわからせるために。
そう、ウルラとディッカーの番交渉とは、魔力をやり取りするための道をウルラにつけるための行為だ。この交渉は、人間が持つ魔力の袋のようなものに、ディッカーが魔力の錐で穴を開けることで成立する。魔力の袋には強いところと弱いところがあり、総じて皮膚の厚みに比例している。つまり皮膚の柔らかい粘膜からは、その袋に穴を開けやすい。――と言うことらしい。
さらには、魔力貯蔵の核心と言える丹田に近い方がより穴を拡げやすいということで、ウルラとディッカーは、基本的には後ろの穴でウルラがディッカーを受け入れること――簡単に言えばアナルセックス――で、交渉を成立させる。
まあ、早くて確実ではあるのだろうと思う。
だから、これが軽々しく扱う話ではないことをアーネストはよくわかっていたし、これがまた、自分の師団にいるディッカー達が、ウルラをとにかく守って大切にしたくなる理由の一つなのだろうとも考えていた。
管理官から聞くことには、耳か目か、できれば後ろや口以外で道をつけたい。相手の人と性的な交渉をすることはできれば避けたい。と言うのがダートの希望であった。
砦でのことを思い返す。お世辞にも上品とは言えない同窓生たちのからかいを、黙ってやり過ごすダートが、この番い制度やそのプロセスを軽んじているわけではないだろう。
ただ、しばしば感じられるダートの不安、自信のなさ。
それらは根深くダートを捕らえているようであり、その恐れの裏返しがダートの希望の理由なのではないか、そうアーネストには見えていた。
普通の番いの組み合わせならもしかすると受け入れられたかもしれないと思う。だが、自分とダートの場合は無理な注文だ。
もちろん、自分の特性が一番大きいと、そう思う。だがそれだけではなく、もう少し他の理由もあった。それは、ダートのポテンシャルと、時間的制約だ。
ウルラが後ろで受け入れるなら、だいたい一度の交渉で十分な道ができる。だが、例えばディープなキスだと、毎日チュッチュして、半年から一年はかかると言う。それより皮膚の厚い耳や、舐め回すわけにもいかない目だと、数年単位の交渉が必要になる。とも言う。まあこれは、論文の考察によればであるが。
ともかく。アーネストの場合はさらに時間がかかるとなると、ダートの魔力量の成長ぶりに道の形成が追いつかない可能性がある。申し送り通りに魔力とその制御が急成長しているのであれば、数年以内に魔力過多症を患うリスクがあると考えられた。であれば、安全管理という意味でも、その希望はそのまま承認することができなかった。
「…えーっとさ、それにだねぇ。」
フリードくんは、下ネタは無理なんだなあ。
どう言おうか頭をめぐらせて、アーネストは、ソファに預けていた背を起こした。
「びっくりしたと思うけど、僕、番がいないの。なんでか認識阻害も効かないからさ、誰かのディッカーになるのは、ちょっと都合が悪いんだよ。色々。」
両膝に体重をかけて、両手のひらを組み合わせる。そろそろ爪の手入れが必要そうだった。
「そもそも自分でウルラもできるからさ、僕みたいなのにつけられるほどウルラは人材豊富じゃないのね。まあ、かと言って、魔力の波長が特殊すぎで、今まで君以外に僕のディッカーになれそうな奴いなかったのよ」
ただでさえセックスに憧れを抱いている様子のダートである、こんな年上の可愛くもない男を抱けと言われても困るだろう。だが、ダート本人のためにも、今だけは一度、もしかしたら二、三度、頑張ってもらわねばならない。アーネストはそう考え、ダートの義務感と、若手ならではの使命感に訴えてみることにした。
街で可愛い男の子達と遊んで、修羅場になりかけた時に繰り出す必殺の上目遣いでダートの目をちらと見上げる。
「僕だって、番って国のために役に立ちたいの。ホントはディッカーになりたかったけど、無理だからさ」
見上げた先でダートは、初日に執務室で挨拶をした時と同じ赤らんだ頬をして、当社比ずっとあざとい顔をした上官を凝視していた。
「お前だけ、なんだよね、僕のこと番いにしてくれるの。ね、悪いけど、僕のこと抱いてくんない?」
ごくん。
ダートの、空気を飲み込む音が不思議とよく聞こえてきた、
「はっ、はい。……はい!」
あれ?
後ろに「喜んで!」がつきそうなほど前のめりに頷かれたんだけど。と、拍子抜けするほどあっさりした交渉の了承にびっくりして固まっている横で、管理官が天を仰いでいることに、この時アーネストは気づいていなかった。
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