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第4話 回廊

 砦が見下ろす砂浜。  そこから、大きな火炎の壁が海へ向かって走った。  大きなタンクを持つなら、それに見合う火力を。  大火力を扱うなら、それを制御する技術を。  それが特殊師団のモットーだ。  元々、ディッカーたちは魔力操作に長け、効率よく魔法を行使できる者が多い。  もちろんそれもいいが、それなら魔法騎士を人数揃えるのと変わらない。  ディッカーの真価は、一人で過剰な出力を担えることにこそある。  だからこその演習で、周囲への影響を気にせず高火力を放てる広大な砂浜は、数少ない師団の演習場だった。 「あの、室長」 「ん?」  顔合わせの翌日、ダートは、アーネストと共に演習の見学をしていた。  砂浜から、各員が最大火力で魔法を展開している。  アーネストはその様子を眺めつつ、手元の紙にフィードバックを書きつけていた。   「これって、属性はなんでもいいんですか?」  アーネストがやや心配していた通り、この日ダートは朝からやや挙動不審であった。  スコットも指導担当者として少し気にしていたが、まあ、こればかりはしょうがない。  とは言えアーネストと二人の状況に置かれてしばらく、ダートはようやく落ち着きを取り戻してきたようだった。   「ああ、うん。今日はとにかく出力の瞬発力を上げるのが目的だから、なんでもいいよ。  ほとんど基礎魔法になるけどね。――フリードは、何が得意だっけ?」 「――自分は、基礎魔法はどれもあまり適正はないんです」 「えっ、そうなん?ああ確かに、適正欄に基礎魔法はなかったね」  思わず振り返ると、ダートは自信なさげにこちらを見ていた。   「基礎や応用魔法が、ほとんどからきしでして……。  雷電は、まだ使えます。  卒業間際に分かったんですが、俺、火焔なら火のあるところから、水魔法なら川とか海から、  空間魔法で実際のものを拝借して、顕現させてたんです」   「うっそ、マジで。それで魔法の単位取れてたの?!」 「一応、イメージ自体は取れてるから、顕現してるんだろうってことで……可はいただいていました」 「はー、そりゃまあ」  なるほど、と腑に落ちる。  ダートの不安は、魔法学の成績に起因するものか。  最後まで適正が見えなかったダートは、魔法騎士としての進路をなかなか決めきれなかったのだろう。  体つきからも、それは見て取れた。  魔法騎士科ではなく、騎士科の者特有の、作り込まれた肉体だ。  それでも転科せず、魔法騎士の座を掴み取った。  しかも、ディッカー資質の認定付きで。 「わかった時は先生達ひっくり返っただろうね」   「いえ、卒業直前に自分で気づいたことなので、先生方はご存知ないかと思います」   「おお、じゃあ、バレて単位返上させられなくてよかったねぇ」   「……はい。」    気まずげに頷くダートを見て、あごに手をやって目線を上げた。    海上をゆくかもめが視界の端をよぎる。  今日はとても天気がいい。    いや待てよ、まて。    どこかよそから火や水やを借りていたと言うことは、  この新人が行使しているのは、むしろ空間魔法ではなく――転移魔法ということになる。  しかも、かなり安定的に行使している。    衝撃的な事実に、やや言葉を失ってダートを見やった。   「……え?フリードくん、君、すごくない?」   「えっ」    脈絡を掴めず戸惑うダートに、カモメを指差し尋ねた。   「転移魔法、生き物相手にも使える?流石に飛んでたら無理?」   「転移魔法、転移魔法ですか?」    驚いて聞き返すダートに、アーネストの方が驚いて返した。   「え、転移魔法でしょ?どっかの炎を自分のとこに転移させてたんだよね?」   「そう、ですね。そういえばそうですね。」    しばし二人見つめ合った。   「嘘でしょ!誰も教えてくんなかったの?!」   「すっ、すみません。その、自分の魔法の使い方を人に話したのも、今が初めてです」 「マジかよー、すごい隠し球きたじゃん」    ちょっとフィードバックどころじゃなくなっちゃうから、あとでまた聞かせて。と言い残し、アーネストは団員達の演習に集中することにした。  なかなかお目にかからない転移魔法だ。  しかも、本人の視認外から。    団員達の演習に集中しなければならない。――のだが、とてもできそうになかった。    バタバタバタっ!  すぐ脇で鳥の羽ばたく音がした。   「できました…っ!」    振り向くとそこには、暴れるカモメを手元の結界に閉じ込めて慌てているダートがいた。    頭上をふり仰ぐ。  カモメは海上から姿を消していた。     「フリードくん、これ詰所に出しといてくれるかな。」  資料室の表示を目にしたアーネストは、後ろを歩いていたダートに報告書を手渡した。  本日の演習報告だ。  天候ヨシ、周辺環境への被害ナシ、怪我人病人ナシ。すんごい発見アリ。……は書いていないが。   「わかりました。室長の署名はありますが、提出者の署名は自分でよろしいですか。」  両手で受け取って生真面目に答えるダートに、にへらと笑ってみせる。 「大丈夫だいじょーぶ。そんなん毎回自分で出してんの僕くらいだよ。」 「……次からは自分が室長の代わりに出しに行きます。」  ホント?ありがとー。と言い置いてアーネストは、資料室へと足を踏み入れた。    この砦は、かつて救国の騎士が姫を守り抜いた要塞の跡地に建てられたものとも言われていて、確かに古めかしい質実剛健さが感じられる。  資料室内も、小さな明かり取りの窓が天井近くにあるだけで、薄暗く埃っぽかった。   「うひょー」    なんだか時代を感じさせる室内についつい声を上げた。  魔力の扱いが上手くない文官などはどうしているのかなどと考えながら、  アーネストは先ほどの海上の空を思い浮かべて魔力を展開した。  やや遅れて、部屋全体が陽光に包まれた――ような温かい光に満たされた。    書架に収められた文章の背を目で追いながら、ダートの適正についてもう一度考えてみる。    魔法はイメージ、ではある。  だが、実際にあるものを手元に持ってくることと、ないものをイメージして生み出すこととなら。どちらが想像しやすいだろう?  そこにあるものを持って来られたのであれば、ありそうなところから持ってくることは、難しいだろうか。  そして、ありそうなところを、探ってみることは、できるようになるだろうか。  アーネストは無心で文書の背表紙を追っていたが、結局めぼしい文書は見つけられなかった。  ふと振り返り、さほど狭くもない資料室をすっかり調べ終わっていたことに気づく。   「フリードくんたら、詰所で捕まったかな」    あの新人くんであれば、用事が終わったらアーネストのところで戻ってきて、調べ物を手伝うといいそうなのに。  報告書が適当すぎたかなあなどと思いつつ扉を開けると、やにわに外の話し声が聞こえてきた。 「待てって。……やっぱりフリードだぜ。ほら、いったろ」 「うわ本物じゃん、ジョーダンかと思ったぜ」  詰所から戻るところで知り合いに捕まったらしい。  上官の出る幕ではないので、アーネストはそこで待つことにした。  音を立てないように、そうっと資料室の扉を閉める。 「さっき資料室のとこにいただろ?あれ先輩か?」 「上官だけど……」 「えっ、て言うか気になってたんだけどさ、お前番い制度がどうこうって教官と話してただろ、卒業前」 「はぁ?こいつが?」  うんうん、ディッカー候補ってみんな気になるよなあ。と、卒業前の頃を思い出す。  アーネストも、ディッカー候補として入団することが決まった時、  日頃の言動のあまりの軽薄さに、友人たちからは散々「ディッカー向きではない」とくさされた。    羨望混じり、嫉妬混じり、あとはちょっと誇らしさ混じりで、  けなされたりイジられたりという距離感の懐かしさに、思わず壁に背を預けて瞑目した。  あいつらどうしてんのかなあ。 「んなわけないだろ。そもそもさっきこいつの上官?上司?室長って言ってたぜ。  室長ってことは事務官だろ?騎士団の資料室とかなんかの?  お前もかっるい装備着てさ。騎士にもなれてねえとか、俺ら同じ代ってだけで恥ずかしーわ」 「騎士でもねえの?ってかじゃあ番いってお前、ウルラのほう?それこそ冗談だろ」 「ウッソだろ。このナリで?守ってくださいってか?」  目を開ける。  あれ、俺の可愛い部下がなんかクサされてない?そんなバカな。  組んでいた腕を、ゆっくりとほどく。   「ただケツ振ってディッカーにくっついて回ってるのがウルラだろ。  じゃあせめてそれっぽい綺麗どころにすんだろ、こんなんじゃなくて」 「そー言う趣味の人もいるだろ、うわ、キモ。お前」    いこーぜ。そう言い捨てる言葉と共に、足音が続いた。  近づいてきた足音は、そのまま資料室手前の出入り口から外へと遠ざかっていった。    ダートは、一言も反論しなかった。    アーネストは考える。  今のは、ダートの同窓生達だろう。  ダートと同じように教わり、学んだはずの。  だというのに、ウルラに対するこの理解の差はなんなんだろう。  やがて、じゃり、と言う砂を噛んだ軍靴の音がした。  じゃっ、じゃっ、と、規則正しい足音はどんどんと近づいてくる。  ――言いたいやつには言わせておけばいい、今は。    壁に預けていた背を離すと、回廊を曲がったところのダートと目があった。  その顔に少し、口の端をあげてみせる。   「報告書あんがと。助かったよ。」   「いえ、とんでもないです。」  アーネストの礼に、ダートもにこりと微笑んで、肩から力を抜いたように見えた。  ——この子は、笑っている顔の方がいいなあ。  素直にそう思う。   「転移魔法の文献はなし。王宮の方が充実してるかなあ」    首を傾けてゆく先を促し、二人、ゆっくりと歩きだした。  誰に何を言われようと、  笑っていられる強さを、持たせてやりたい。   「自分は王宮の書庫には入ったことはありませんが、蔵書は豊富だと聞いたことがあります。」  上官ととして、——それから、ダートのウルラになる者として。  自分にはそれができるだろう。    砂を噛んだ鈍い靴音は、砦の回廊を出るまで二人を追いかけていた。

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