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第4話 憧れ
咳払いをした管理官が、淡々と沈黙魔法の準備をした。
「フリードさん。少なくともブリュージュ室長がディッカーでないことは、この場にいる我々以外へは他言無用です」
「――はい」
反射的に答えたダートに、管理官は頷いた。
「ありがとうございます。これで沈黙魔法が成立しました。
今後本件は他言できなくなります。
室長、……これを。」
管理官がアーネストの方へ手を差し伸べた。
首から家紋のペンダントを取り出してその手のひらへ乗せる。
一瞬だけペンダントが光り、ダートの誓約がそこに封じられた。
管理官のやり方に、少しだけ強引なものを感じながら、
それでもアーネストは、ペンダントを胸元にしまった。
その後管理官が退出し、アーネストとダートの二人でいくつかの確認を行った。
確認内容にプライベートなことを含むため、基本的には番同士で行われるのである。
そこで知ったことは、ダートが(予想通り)童貞であったこと。
これまでに恋人がいたことはなく、今好きな人もいないと言うことであった。
「室長は、自分の憧れの人です。」
好きな人は、多分いないのですが……、という前置き付きでダートが言った。
「あらあ、ありがとう」
「一度、騎士養成院の講義においでになった時から、ずっと憧れていました」
「あー、空間の授業の最初にやるやつね」
騎士養成院では、最終年次でようやく空間魔法の講義を行う。
魔法とはイメージだ。
なので、想像しづらいものを顕現させることは大変難しい。
そうだろうな、とは思う。
ということで、一般教養で、空間の数的把握に関する理解を学び終えたところでようやく、空間魔法を履修できる。
そして空間魔法はディッカーの大切な素養でもあるため、ここ数年は、毎年初回の講義をアーネストが請け負っていた。
とはいえ、適性の高い者は、ダートのように講義を受けるまでもなくその魔法を扱えていることの方が多い。
アーネスト自身も、火や水といった基礎魔法は当たり前に使っていたように覚えている。
ちなみに魔力持ちの子供による魔法事故を防ぐため、親子向けに火や水の取り扱いを教えるのも騎士の仕事の一つだ。
アーネストは子供心に、騎士とは先生のようなものでもあると感じていたようにも思う。
君もそのうち何かの講義をする機会があると思うよ、と伝えると、ダートは眉を下げて情け無い顔をした。
「自分が誰かに何かを教えられるようなことがあるように思えません」
「ふふん、そりゃ君はまだ入団したての若造だからね。
だけど経験を積み重ねたら、誰だって誰かに何かを教える立場になるし、
経験を積んだ騎士でも誰にも何も教えられないボンクラにしかならないと思ってるなら、それは僕らへの侮辱だよ。」
手を伸ばしてダートの眉間を揉んでやる。
「毎日の積み重ねの中で、君は必ず何かを身につけるし、成長する。
君が自分を卑下するということは、君が君の師団を貶めることにもなる。
それに、卑屈な発言は建設的じゃない。
みんな慰める方に意識がいっちゃって、じゃあどうする?が疎かになるからね」
アーネストが眉間から手を離すと、下がっていたダートの眉は元に戻っていた。
「――自分はどうすればいいですか」
「いいじゃん?それだよ」
思わず笑顔になるアーネストに、ダートがなおも目で問うてきた。
「自分に何ができるか、できないなら何をするか。
自分で考えて、周りに助言を聞いて、精一杯それに取り組むこと」
目線を合わせてやると、心得た様子でダートが頷いた。
「……はい!」
やはり若者はいい。みんなこんなに素直に上官の言葉を受け止めてくれる人間ばかりならホント楽なのに。
そう思いつつも、ダートのキラキラした瞳をまっすぐ見返すのがなんだか気恥ずかしくて、ちょっと目線を逸らして受け止める。
「しまったな、今は上官じゃなくて番い候補として話してたのに、なんかすごく説教くさくなっちゃったよ」
「自分は室長からこういうお話を聞けて嬉しいです。」
「ありがと。でも番いの話の続きをしよう。
あー……、ええと。僕はね、ゲイなんだ」
憧れの人です、と言われてしまうと、なんだかセクシュアリティに関する話などは気恥ずかしくもなる。
でもこれは番同士としてきちんと申告しておくべきことである。
「そっ、そうなんですか?……室長、は、子爵家の跡取りであられますよね?」
つまり、ゆくゆくは結婚しなきゃダメじゃないの?と言うことだ。
「そうなんだよね。まあ、多分女性を抱けなくはないよ、キモチイーことは好きだし。
それに僕は、可愛い男の子達を可愛がるほうが好きなの。」
努めて、まるでなんてことないことのように言ってやる。
「そう、なんですね」
「うん。だから僕うしろは経験なくってさ、ちょっと練習しとかなきゃなんだよね」
「れ、練習」
キラキラだった眼差しをうろうろさまよわせ、頬を赤らめたダートを眺めつつ、大切なことなので復習させることにした。
「そう。覚えてるか?ウルラは魔力のやり取りをするたびに、道ができた時の感覚を追体験するんだよ」
指を立てて、くるくると回す。
「だからさぁ、怪我とかしたらさすがに先々つらいじゃん。」
「は、い。」
「だから、これから交渉までの間に、僕は後ろで君を受け入れられるようにしておきます。
君は、娼館でもいいし、……誰かいいなと思ってる人にもしも受け入れてもらえそうなら、その人と初体験をしておきなさい。」
そうして、気持ちの準備をしておくこともディッカーになるために大切なことだろう。
そう思って、できるだけ穏やかに指示してやる。
しかし、ダートはびっくりした顔をして声をあげた。
「そんな…!そんなことはしません!」
「えなんで」
ダートの驚いたような声に、アーネストもつられて声が上ずる。
「なん、そん、……嫌です……。」
あ、また眉毛が下がってきた。
思いながら、ダートの顔を覗き込むと、真っ赤な顔に泣きそうな、うるうるお目目が可愛い部下と目が合った。
「上官がハジメテだなんてやでしょ。素敵な初体験をしておいてほしいんだけどなぁ、おにーさんは」
「い、いやじゃないです。室長のことはずっと憧れてました!全然イヤではありません!」
「ええちょっと。わかったから泣かないでよ」
「な、泣いてませんん……」
泣いてんじゃーんと心のなかでボヤきつつ、大事なことでもあるので、アーネストは話を続けた。
「じゃあ……。せめて男同士ならどこでセックスするのか。
お互い怪我しないためにはどうしたらいいのか、とかは勉強しといてね?」
そう告げると、ダートはコクコクと頷いた。
ちなみに管理官にお願いすると、教育係の人をつけてくれるらしいことも教えてやる。
これはウルラも同様である。もっとも、自分に教育係は必要なかったが。
「室長も、教育係の方に教わりますか、その」
「いーのいーの。今までやってあげてたことだし。
ま、今から交渉が終わるまでは、君と僕は形式上恋人同士ってことになるから、お互い一応貞操は守ろう。」
「こっ、はい。はい、よろしくお願いします!」
うるうるが引っ込んだダートは、今度こそ真っ赤な顔で背筋を伸ばして応の返事をした。
本当は、顔合わせ面談の最後に、ひととき恋人になってくれますか、とディッカーが請うのが定型句らしい。
だが自分たちは、先程ダートに中出しして?と可愛く――アーネストとしては可愛く、お願いして受け入れられたところなので、すでにこの問答は承諾されたも同然だ。
そもそもこの「恋人」というのも、その期間はお互いの貞操を守り、病気などをこの場に持ち込まぬようにということに違いない。
こんな定型句があるから、ディッカー達の乙女心を無闇と刺激させて、ダートのような青年を困らせるんだ。
全ての確認が済んだとみて、アーネストはソファから腰を上げた。
この後は、管理官を読んでこの先のスケジュールを決めることになる。
アーネストは、うーん、と腰を伸ばしてから、ふと思いついてダートに言う。
「あ、僕は君に純潔をあげられないから、処女を捧げるね。」
「こっ……光栄です……!」
アーネストのノックで呼び出された管理官が目にしたのは、涼しい顔でお茶の準備をするアーネストと、
椅子の上で背筋をまっすぐのばし、握りしめた手のひらを太ももにおいて硬直した、真っ赤な顔のダートであった。
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