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第5話 うつわ

 さて、アーネストがやや心配していた通り、番いとしての初顔合わせから数日、ダートは対アーネスト限定でやや挙動不審であった。  スコットも指導担当者として少し気にしていたが、まあ、こればかりはしょうがない。  とは言え何もしないわけにもいかなかったので、敢えてことさら上官らしく声かけをしてやれば、ダートもどうにか自分を取り戻したようである。 「フリードくん、ちょっと僕の暇つぶしに付き合ってよ。」    午後、遅番の交代まで見届けてから、アーネストはダートに声をかけた。   「はい、なんでしょうか。」    きびきびとした動作で立ち上がるダートに手振りで楽にするよう伝える。   「仕事じゃないから」 「……?はい……?」    明らかにわからない顔をしつつも、素直に答えるダートに向かって顎をしゃくる。   「今日もう上がりだろ。私服に着替えて、宿舎前で集合な。汗も流してこい。30分後。」 「はい!」  アーネストの命令口調に、気をつけの姿勢で応答すると、失礼致します!と挨拶を残してダートは走り去っていった。   「仕事じゃないってば」 「そりゃ室長、上官に命令されたらああなりますって」 「そりゃそうか。僕もいくね、後よろしく。」 「はい、お疲れ様でした!」  三十分後、汗を流してスッキリしたアーネストの目の前には、髪を下ろして、いつもよりずっと幼く見えるダートが現れた。   「あらかわいい。」 「…からかわないでください。」 「揶揄ってないよー、本心だって。」    なお悪いです、と言う顔がまた幼くて、つい謝ってしまう。   「悪い、許して。」    そうして、アーネストは足を踏み出した。街へ。……ではなく、川へ。 「川ですか?」 「そう。ちょっと君にやってみて欲しいことがあってね」    とりあえず座ろう。声をかけて、川べりの石に腰掛ける。    それからアーネストは川を指差して、川の水を魔力ですくいあげてみせた。  アーネストの魔力で持ち上げられている水は、一塊の球体のようになっており、絶えずその中の水は渦を巻いていた。   「フリードくんも、同じようにやってみてくれるかな。」 「同じように。川の水を、ですね?」 「そう」    アーネストの作った水球の隣に、同じくらいの大きさをした水の玉が浮き上がった。  同じように並んだ二つの水の玉は、しかしよく見ると様子が全く違っていた。   「フリードくんは、川の水を球の形の空間の中にすくいあげた。そうだね?」 「そう……ですね。」    ダートが浮かせた水の玉は、滑らかな球体――透明な器で川の水をそのまますくいあげた――のようであった。  よくみると、球体の頭頂部に水面のゆらめきはあるが、アーネストが作ったもののように水そのものが渦を巻いてはいない。    これほどきれいな球体を、特に考えこむこともなく作り上げる様子にアーネストは内心でうめく。    ダート、すげえな。 「よろしい。」    そういうと、アーネストは自分の水球を解放する。  球の中で渦巻いていた水は、コントロールを失われて緩く広がるように飛び散りながら川面へと落ちていった。    それをみたダートも魔力を解放したようで、水球はほとんどそのままの形で、まっすぐに川面へと落ちていった。 「フリードくん、いまの君と僕の水球は、何が違っていたんだと思う?」    その様子を見つめていたダートに問うてみると、ダートは目線をアーネストにやり、もう一度川面を見た。   「室長は、水そのものを動かして、水の形を球のように形作っていました。」 「うん。」   「ですが自分は、水の中に球体の結界を作り、それを結界ごと持ち上げました。」 「その通りだね。素晴らしい。」 「は、い。」   「では、どちらの作り方が良いのだと思う?」 「それは、室長の作り方の方が理にかなっています」    ダートは、アーネストの方を向いて言った。   「なぜそう思うのか教えてくれるかな」    なぜ。小さくつぶやいて、ダートが口をつぐむ。 「それは、水は水魔法で扱うのが、最も魔力的な効率が良いからです」  なんとも、教科書的な答えだな。 「僕の水球の方が、効率いいと思う?」 「はい、そうなんだと思います。」 「僕の水球は、形を留めるためにずーっと水が動き続けていたよ?  君のは静かに凪いでいた。それでも、魔力効率は良いと言える?」 「それは……」  ダートは再び川面へと目をやった。二つの水球を思い返しているのかもしれない。 「すみません、自分にはわかりません。」  地面を見つめるダートに、少し頬を緩める。  今の質問が、ダートにはかなりいじわるなものだった自覚はある。 「謝らなくていいよ、少しいじわるな質問だったから。」  こっちみてね。と言うと、ダートの目がアーネストを捉えた。   「まず、魔力効率だけど。  ――僕にとってみれば、さっきの水球を作るなら、断然君のやり方が効率的だ」    僕らには空間魔法が使えるしね。と続けると、ダートはゆっくりと頷く。   「それに、さっきも言った通り、水魔法で水球を作ろうとすると、さっきみたいにぐるぐる渦を巻くことになる」    そう言いながら、アーネストは指先をぐるぐると回してみせた。   「なぜなら、水魔法は水を操る魔法だからね。例えるなら」    もう一度川面から水を引き寄せて――先ほどよりもずっと少量だけ――、自分の手のひらを濡らした。   「こんなふうに」    そういって濡れた手を軽く握ると、川面に向かってぱっと開く。  指先から水滴が飛び散った。 「こうやって水を、動かすのが、水魔法の基本の基本。  だから、動かさずに止めておけばいいなら、水魔法じゃなくて空間魔法でいいんだ。  ただ、動かせた方が便利な時だって多分ある」    それはわかるだろ?と言いながら、手振りでダートに手を出すよう伝える。  アーネストはその手のひらをまた少量の水で濡らした。 「同じように水を飛ばしてごらん」  パッ、と、水滴が飛び散る。  手のひらを上向けさせ、アーネストは、またダートの手を水で濡らした。 「じゃあ、水が飛び散るんじゃなくて、川に向かって飛んでくところを想像してごらん」  ダートの目線が、手元から川面へ、そして向こう岸まで持ち上がったのをみて、言う。 「やってみて」  ダートの指先から、ふたたび水滴が散る。   「どう?川の方に飛んだ?」 「や、…わかりません」    水滴の行方を探してかダートは視線を一瞬うろつかせたが、すぐにまた指先に戻っていった。   「はは、そりゃそうだ。もうよく見えないし。」  夕暮れ時の薄暗い空、確かに水滴の行き先はあまり見えない。  だが、とりあえず今回はそれでよかった。 「とりあえず。これが、水魔法の本当に本当の基礎になるイメージだと思う」  ハンカチを取り出して、ダートに渡し、手を拭くように促す。 「気が向いたら、水滴まっすぐ行けー。って。そう思いながら水を飛ばしてみてよ。  そのうち、水がピョーンって飛んでいくようになるかも知んないし。」 「はい……。わかりました、やってみます。」  正直、これはアーネストが子供の頃にやっていた、魔力のコントロールのための訓練だった。  当時は魔力の扱いがうまくなく、父親から魔法の使用を禁じられた時期もあった。  アーネストは、なんとか父の許可を貰うため、こんなに繊細なことができるようになったよ。とアピールしたくて、水滴を遊び道具にしていたのだ。  ちょっとした懐かしい遊びだったが、これが自分以外にハマるのかどうかはわからない。  なのでそれが、自分のしていたことだった、とは言わないでおくことにした。  

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