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第6話 執務時間内

 ところで、交渉は番の顔合わせから3ヶ月後に行われることとなった。  ダートはそれまでに少しでも魔力操作の技術を向上させる訓練を行う。  アーネストは、ダートを受け入れるための訓練を行う。  こっちだけ訓練の方向性が何やらおかしいが、歴としたウルラの訓練だ。  国としては有用な戦闘兵器を、とにかくたくさん備えたい。  だが、ウルラの尊厳や健康や精神などを犠牲にすることをよしともしていない。  故に、ことに及ぶ前の準備を入念にするため、交渉前には十分な期間が設けられているのだ。 「わー、ホントにこういうの用意されるんだ。俺上手にできるかなぁ」  管理官のユーリから張り型やら香油やらを手渡されて、アーネストはついつい素直な声をあげてしまった。  認識阻害が効かないアーネストは、管理課の人間とも顔見知りだ。  ディッカー、ウルラとしては異例のことだが、致し方ない。 「どうしても無理ならお外で誰かに慣らしてきてもらってもいいけど、節度は守れよ。  一応ディッカー候補くんとはしばらくは恋人同士ってことだから。……あれ、そう、だよね?」 「うん、まあそう。お外は行かないよ。1人でしても楽しくなさそうだけど」 「候補くんとやったら?」 「はぁ?アホか、どんなセクハラだよそれ」 「えー、この先一発やろうってのに、それくらいいいじゃん」  そんな馬鹿な。道をつけるために必要不可欠な交渉ならともかく、その準備に部下を付き合わせる上官。  とんでもないセクハラだ。 「まあ自分で頑張るわ。仕事だしな」 「うーん……、仕事なのこれ。」 「俺は執務時間内なんだけど。」  ユーリは納得しかねるようだけど、部下を付き合わせる話でもないし、アーネストの開発に今更付き合ってくれる男がいる気もしない。    一応まだギリギリ20代前半。  ただ若さはあってもこれだけガタイがいいと尻込されることの方が多く、今まで結局処女(?)を守り続けてきた。    今から急いでアーネストを開発してくれようという酔狂な男を探すのはまず無理そうだったし、  また、誰かに開発してもらったことがダートにバレたら、今度こそ本当に泣かれそうでもある。  ダートのうるうるお目めを想像して、アーネストは鳩尾のあたりがキュッとなった。      室長室長、と呼ばれて顔を上げると、団員のスコットが机の前に立っていた。  剣の柄に手を添えているのを見て、何かの報告だと察する。 「ん?何か報告?君もう退勤じゃない?」 「いえ。いや?はい?」  どっち?と続きを促しながら言うと、スコットはやにわに机を回り込んで、アーネストの隣に立った。 「あのですね……?」 「うん」  結局、中腰になるように腰をかがめたスコットによれば、それはダートの水遊び(みずあそび)に関する報告であった。  鍛錬の後、昼食後、たまに一緒に公衆浴場へ行った後など。  人差し指を弾いて、水滴を飛ばすのだと言う。  しかも、ただの手慰みにやっている様子なのではなく、じっと、指先を見つめている様子がある。  故に、もしや精神的に不安定になっている兆候なのではないか懸念される。  と言うのが、スコットの報告だった。 「あーーー、……ん〜〜〜」  アーネストは片肘をついて頭を傾けた。    ご懸念には多分至らない、んだけど…。 「ありがとう。んー、気をつけてみとく。けどまあまあ、多分大丈夫だと思う。」 「ほんとですか。」 「うん。まあでも、ちゃんとみとくよ。」  ありがとね。と返すと、ひとまず納得した様子のスコットが首肯した。 「あー、のさ。その水飛ばすのって、なんか。その、ぴよんって感じ?」  指先で、自分の前からすぐそこの机の上まで、小さな弧を描いて見せながら尋ねる。 「やー…?なんか、どっちかって言うと、ものすごい弾丸水はじきみたいな?」  めちゃ飛んでますよ。そう言うスコットに、なんの気無しに頷いてみせた。 「んー、そう。了解。ありがとね。」  まあ、どこかでまた様子を見てあげることにしよう。  上官に報告して気が済んだのか、じゃあすいません、お願いしますと言い残して立ち去るスコットは、そのまま遅番の騎士と交代して退勤していった。  時刻は夕方。  顔合わせからちょうど3ヶ月。  このあとはアーネストとダートの番い交渉の予定となっていた。       「まあ、純情野郎が多いディッカーだし。あることかもね。」  血のついたシーツを手早く手繰り寄せながら、管理官のユーリが言う。  アーネストは、ガウンの上からなんの気無しに脇腹を掻いた。  アーネストは処女とはいえ男なので、ロストバージンと流血はワンセットではない。  そもそもロストしていない。  この日、交渉に挑んだアーネストのディッカーは、  ベットに誘って、入るべき場所を示してやったところで、なんと鼻血を吹いて気を失ったのだ。 「本人には気にしないよう言っとくから、室長もあんまり気を遣いすぎないでね。」    ユーリの言葉はわかるのだが、アーネストは同じ男として、ダートの心情に思いを馳せるだけでちょっぴり泣けそうでもある。  鼻の奥もツンとする。  だって、吹いてたのは鼻血だけではなかった、と思うので。   「んん……。次、俺から入れにいった方がいいかなあ」 「えぇー?好きな子から迫られたらまたどうにかなるんじゃない?」 「なんだそれ、どっちかっつうと上官に乗っかられて怖い方じゃねえの」   (ただの上官に鼻血吹くほど興奮するかなあ)  ユーリとしては、ダートがアーネストのことを好きすぎてどうにかなってしまっただけに思える。  だが、だからこそ今日の失敗が、扱いを間違えられないものであることも理解していた。  実はここ数年、ディッカー候補達の純情野郎度合いが上がってきた。  そのことは上官から聞いていたことであったが、その扱い方についてまでは十分教えてもらっていない。  これは、ユーリにとって難問であった。 「あ。ねぇ!興奮してくれて嬉しかった。ってのはもしかして効くかも」  ユーリが思いついたアイデアを口にしてみると、アーネストは気持ち悪いものを見る顔でユーリの方を眺めていた。 「なんでそんな顔すんのさ」 「年上の男からそんなこと言われたらキモいじゃん」 「そんなことないよー、お前のお得意の上目遣いで、興奮してもらえて安心したって、言ってやりなよ」  何せ、顔合わせの時にアーネストが言った、  僕のことウルラにしてくれるのはお前だけ、と言うセリフは、とにかくダートに効いていたはずなのだ。  名案に満足げなユーリに、ええー?と声をあげるも、アーネストも他にいいアイデアを持ち合わせていなかった。  

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