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第7話 いたずら

 二度目の交渉は、それから一週間たらずで設定された。  初日からそこまでの間、アーネストは予算会議やら師団長会議やらで忙しくて、三交代で勤務しているダートとは顔を合わせる機会すらなく、気をつかうどころの話でもなかった。    とは言え、アーネストにしてみれば、いつもの遊びの延長であるとも言える。  攻守こそ違うが、だからこちらが主導権を取れないものというわけでもない。  なので、二回目はアーネストがリードをしてやる、と言うつもりでいた。    まず、始めから、やりますよ! という流れを作ることは避けるべきだった。  それに、ダートの場合には、無駄にロマンチックな雰囲気を高めすぎるのも、アーネストには逆効果に思えた。    ――事務的に、淡々と。  そう意識して、ガチガチになって部屋に訪れたダートにお茶を振る舞い、食堂のおばさまがたから仕入れた小さな焼菓子をつまむ。 「水魔法練習してるんだって?」   「あ、はい。続けています。」   「なんか変わったこととかあったか?」  カップに口をつけながら聞いてやると、紅茶の表面が不自然に震えた。 「そんなんしたら飲みにくいよ」   「はい…。あの、すみません」  ゆらめく紅茶はそれでも、一口啜るとおとなしくアーネストの口内に流れ込んできた。  流れ込みざま、アーネストの唇をくすぐるように撫でる。  そして、流れ込んできた水の塊は、アーネストの上顎をくるくるとなぞり、やがて勢いを失った。 「んん……。フリードくん」  チラと目をやると、ダートは下唇を噛んで、アーネストの様子を食い入るように見つめていた。  えっ、どっち。  ものすごい百戦錬磨のキスの達人に、とんでもなくお口の中をまさぐられた心地になっていたが……。  これは、制御の評価をしてやるのが正解なのか。    ――というか、もはや評価するしないの話ですらないのか。  カップをテーブルに戻す。    キスは、自分が気持ちいいからと言うよりも、相手の逃げ腰な様子や、涙の滲んだ目元、鼻から抜ける息遣いなどが、五感で興奮を高めるから好きなんだと思っていた。  だが、今のは――、   「信じられないほどうまくなっちゃって。」   「本当、ですか」  少し前のめりにそう言うダートに、にっこり笑ってやった。   「もう、驚くほどじょーず。よくできました。でも、あんまりお行儀よくないからね。」  うまいのは、うまい。    だからといって、良いことではない。  そう、わかるように。   「ぅあ、……はい。」  しおしおと俯くのに、言ってやる。 「続きしようか、フリード」  少し体を倒して、顔を見上げるようにして言ってやる。  目を合わせたダートが、ほんの少し頬を染めたのがわかって、楽しくなった。  そのまま手を差し伸べて、立ち上がらせる。  寝台の方へ誘ってから引き寄せて、目を離さないままのダートに、口付けた。  繋げたままの指先が跳ねて、それがまた、アーネストを楽しくさせた。 「——ん」  舌先でダートの唇を割って、その歯列をつつく。  喉を鳴らして促せば、ダートはおずおずと口を開いた。  その様子に腹の奥が跳ねて、喉が鳴った。  こうなると自分のディッカー候補も、ただのかわいい、不慣れな男の子だ。  その上あごに舌を這わせて、歯列の裏を探る。  その瞬間にきゅっと目をつむったダートは、それでもおずおずと目を開けて、アーネストにすがるような顔をした。  さっきの、お返しだ。  目だけで笑ってみせてから、奥の方で縮こまる舌をつついて、なぞって、喉を鳴らす。  合図に応えて少しずつ力の抜けた舌に、舌を絡める。  ウロウロと目線を揺らすダートを眺めながら、繋いだ手を自分の腰に回して、反対の手はガウンの下、ダートの胸板に這わせてみた。  ——すげえ胸筋。かっこよ。  ほんの少し。  男としては羨ましい気持ちを込めて、その筋肉をなぞり、ダートの手を腰に置いたまま、その腕の筋肉もなぞり上げた。  ダートのガウンをはだけて、下穿きの紐をほどく。  その下。  触れずとも、その熱さを感じるほど。    ——まだ、触ったらダメかな。  そう思った瞬間に。  ダートの手がアーネストの腰をそろりと這い、その舌先がアーネストの舌先をくすぐった。 「——ん」   思わず喉が鳴って指先に力が入り、ガウンの下で自分自身にもじんと血が集まり始めたことに気がついた。  無意識だった。  腰を寄せて、ガウン越しにダートの熱に自分自身を重ねる。  それだけ。 「————っ、っ!」 「え、……え。フリード?」  すがりつくようにアーネストに抱きついたダートの体を受け止めると、小さく小さく、すみません。と聞こえてきた。       「あーのさーーーあ。  嬉しかったなって言ってやれとは言ったけどさ、どんだけお色気全開で迫ったんだよ。」   「阿呆ぅ、お兄さんは親切にも、そう言うのなしでささっと突っ込ませてやろうって……。  またがろうと思ったんだけどね?」    呆れたようなユーリに、鼻血出なかっただけ成長はしてるけど……。とは、思ったが言えなかった。  ダートのどエロいいたずらで、うっかり自分の気が乗ってしまったのが悪かったのかもしれない。  寝台にいざなって、キスをお返ししたところまではまだ良かった、はずだ。    ダートのガウンをはだけて、しっかりとした筋肉に覆われた体をまさぐってしまったのは、確かに余分なことだったかもしれない。    その間もずっとキスをやめなかったのも、まあ、余分だったかもしれないけれど、ダートの下穿きをくつろげた時も、まだ、おそらく耐えていた筈だ。    もしかしたら、ちょっとくらいは飛び出したものはあったかもしれない。    けれど、先走り程度ならおかしくはないし、そもそも取り出さない事にはどうしようもないので、そこはいいとしよう。  ただ、その間もしつこくキスしていたことは、もしかすると反省すべき点だ。  まあ、つまるところ、アーネストは今回もダートを受け入れるにはいたらなかったということだ。  全部、あのいたずらが悪い。   「うーーーーー」  キスが楽しかったのは認める。  ——夢中だった、かもしれないことも認めよう。 「俺が悪いです……。」  おにーさんとしては、我を忘れて楽しむべきじゃなかったのだ。  わかっていたはずなのに。    そんな自分を見かねたのか、ユーリが「あー、えーっと」と何か言い淀む。   「場慣れした方がいいなら、んー、娼館紹介しとこうか?」   「それはなあ、顔合わせの時に言ったらうるうる泣かれちゃってさあ。」  アーネストがボヤくと、ユーリは顔を上げてキョトンとした。   「え、なんで」   「俺が聞きてえわ」   「お二方」    二人の背後から、管理課課長のセロが声をかけた。   「あ、いらしてたんですか」   「ディッカー殿は、ご自分のウルラが管理課の人間と交渉ごとのことをこんな風に話していることを知ったらいたくショックを受けると思いますよ。」   「あ……、まあ確かにそうですね……」  あのうるうるお目目が、ちらりと脳裏をよぎる。  きゅっと、鳩尾の後ろが縮み込むような心持ちになった。   「ユーリは管理課の人間として節度を忘れすぎです。担当外しますよ。」   「ごめんなさーい。でもなんかこう、室長相手にいつもの担当の感じって難しいです。」  悪びれずに謝るユーリに少し呆れつつ、それでも、アーネストも口を挟んだ。   「いや、俺も管理課の担当相手にというより、ユーリ個人を相手に話してました。  担当変えてもらう方がいいかもしれません。」  二人で話をしていると、ついついいつもの軽口になってしまうのはアーネストのせいでもあった。  そして、この先も同じようになるだろうことはまた容易に想像できた。   「アーネストさんは認識阻害が効かないこともありますので、しかたがないところはあるかもしれませんが……。  次からは私が担当しましょう。管理官が交代したことは、ディッカー殿にはわからないでしょうし。……ですよね?ユーリ」 「えっ、うーん。……おそらく……」  管理官は個人を特定されないために、基本的には全員一線を引いた接し方をする。  だから、途中でセロに交代してもダートにはわからないはずだ。  ユーリが何か、ヘマをしていなければ。  アーネストは少し眉を下げて、助け船を出してやる。 「大丈夫だと思いますよ。フリードの前ではユーリもちゃんとした管理官でした」 「それならばよろしいですが。……途中で管理官が交代したことに気づけば、自分に何か問題があったのかなど、いらない不安を抱かせる可能性もあるでしょう。  その点だけは少し気がかりです」 「うわあそうかも」    自分がちゃんとできないから……!と、見当違いに落ち込むダートの様子が想像できてアーネストは声を上げる。  そのアーネストを横目に、ユーリは「わからない」と言わんばかりに聞いた。   「担当が交代するのなんてこっちの都合じゃないですか。なんかダメなんです?」   「フリードは空間魔法以外あんまり適正高くなくて、ずっと落ちこぼれ扱いだったんだ。  そこにもってこうも失敗が続いてたら、多分自信なくしてると思う。」    アーネストが伝えると、やはりまだ頭を傾げてユーリが言う。   「失敗っつっても、魔力の問題じゃないのに?」   「お前、繊細な男心わかってないな……。本当に管理課の人間かよ」   「アーネストさんの意見には全面的に同意です。完全に私の教育不足ですね。」    呆れた口調で言うセロに、ええ、なんでですかとユーリは慌てたが、アーネストはそれを無視して頭を抱えた。  ただでさえ、するのさえ上手くいかないと言うのに、本当に今日の自分はなんてことをしてしまったんだろうか。   「あいつ……、魔力操作の技術自体は、悪くないですよね?」    悪くないことはわかっていて聞いてみる。  繊細な操作が不得意なら、今日のようないたずらができるはずもないので。   「悪くないですよ。悪くないですから、多少不慣れでも特に問題などないと思っていたのです。  が……、お話を聞いている限り、そこに集中して極められてもいなさそうですね。」   「まあそりゃ…」    暴発だからなとは流石に口に出せず、黙るしかないアーネスト。   「暴発じゃ集中もクソもねえですね」   「お前本当に酷いな!」   「はあ…」  

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