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第8話 羞恥心

 2回立て続けの失敗が部下に与えた影響は、心配していたよりも静かなもののようだった。明らかに落ち込んでいる様子もなければ、番い顔合わせの後のような挙動不審もない。  ただ、ふとした拍子にぼんやりしていることはあるようで、事務仕事を届けにきたスコットからも、疲れがみられる、との軽い報告を受けた。 「そうか。まあ、入団直後の緊張続きが緩む時期でもあるよね。」 「そうですね。ヘイデンはそうした緊張が無縁だった気がしますが、振り返ってみると、自分もそうした時期はあったと思います。」  報告に礼を伝え、届けられた書類を確認する間に一服して行くよう勧める。ついでに自分の分もお茶淹れてくれると嬉しいなあと言う、上官からのお願いでもある。  快くお茶の用意をし出したスコットを横目に、届けられた報告書を確認する。 「あれ?スコット。添付資料どれ?」  先日、任務から帰投した2名の報告書について、事前調査を手伝っていたスコットが仕上げをしてくれたのだが、本人達による現場の書き付けが添付資料として指定されており、それが見当たらなかった。 「あれ、すみません。添付し忘れたようです。あー、フリードに読んでおくように渡したままでした。」  その時、やや小走りの、重たい足音が聞こえてきた。 「添付資料の方から来てくれたんじゃない」  コンコンっ 「室長、フリードです。スコット先輩…、失礼しました。カーター副官補佐への届け物をお持ち致しました。」 「ありがとう、入ってくれ」  ダートの声に、入室を許可すると、扉を開けて、書類を持ったダートが入ってきた。スコットが預けていた書類を持ってきたようだ。 「フリードありがとう、ちょうど取りに行くとこだった」  答えたスコットは、ちょうど温める為にカップを並べたところだった。 「気が利くねフリード。僕としても助かった、こっちにくれるかな?」  アーネストが声をかけると、ダートはスコットに向けかけていた体を一瞬止め、それからアーネストに向き直った。 「ご確認お願いします。」  手渡された書類を見て、それからダートに向かって軽く頷いてみせる。 「ありがとう。よかったらスコットと一緒に一休みして行くと良いよ。君の先輩が入れる紅茶は美味しいんだ。」  あと、ちょっとだけ濃くて眠気覚ましにもなる。そういうと、スコットが状況に合わせた淹れ方にしているだけだと反論してくる。なるほどありがとう。 「あの」  すると、アーネストとスコットのやり取りに、短くダートが口を挟んだ。 「ん?」  目線をやると、先輩と上官の会話に(軽口のやり取りとはいえ)口を挟んだからなのか、一瞬口ごもってみせたダートは、スコットの手元で湯気をたてる茶器を見て、唇をひと舐めしてから言った。 「せっかくですが、ご遠慮しておきます。……その、ヘイデン先輩に呼ばれておりまして。」 「あはは、そうなんだ。それはごめん、引き留めたね」  ありがとう、戻っていいよと声をかけると、入ってきた時同様にきっちりと挨拶をして退室していった。 「フリードくんへの指導行き届いてるねえ。」  届けられた書類を見て、ひとつ二つ気になるところに書き付けをしながら言うと、スコットは蒸らしたポットを持ち上げながら軽く笑う。 「自分はほとんど何もしていないですよ。フリードが勝手に周りを見て学んでるだけです。」 「ふーん、そう。ま、それでいいって見極めるのも仕事だからね。安心して君に任せよう」 「それは、身に余るお言葉ありがとうございます。室長殿」  少し大仰に言ってみたら、さらに大仰に返されてしまった。特殊室の室員たちは有能である。   ――――――  前回の交渉から三日後、管理課の判断により、再び交渉の場が設けられた。  腐っても師団長であるアーネストにとって、これほど急に予定を詰められることは本来ほとんどありえない。だが今回は、そうも言っていられなかった。  交渉が上手くいかなかったというだけの話ではない。二度続けて失敗した以上、ダートが何も感じていないはずがないのだ。    アーネストが部屋に入ると、先に部屋へ入っていたダートが、しゃんと姿勢を正した。管理官の定位置にセロも座っており、二人をやや待たせたようだと悟る。 「お待たせして申し訳ない、管理官殿。」 「いえ、今ディッカー殿と本日の方針を再確認していたところです。室長にもお伝えしていた通りで間違いありません。」  今日は道の形成までは求めないことにする、と言うことはセロから聞いていた。まずは慣れることだと。 「了解です。よろしくな」  後半をダートに向かっていってやると、少し硬い顔をしたダートが頷き返した。  では、と退室したセロを見送り、ダートに向き直る。その顔はこちらを向いていたが、目線はやや下がっていて、アーネストとは目が合わなかった。  ダートの目線を追い、それから、自分が何か言うべきだと感じて、アーネストは口を開いた。 「ごめんな、この前は俺が調子に乗りすぎた」 「調子に……」 「んんん、なんて言うか。楽しくなっちゃって。いやまあ、本来楽しんでもいいものなんだけど」 「いえ、その……、自分が」  何か言葉を探そうとするダートを、下からひょいと覗きこんでやる。 「ま、だからさ、今日はちょっと楽しんでみることにしようよ。」  さ、いこう。とソファから腰を上げる。ダートは、アーネストを見上げてから、はい、と返事をして立ち上がった。  寝台に近づいて振り向いてみると、勤務の後に湯を使ってきたのだろう、まだしっとりと濡れたダートの柔らかい髪が、頬に張り付いていた。指を伸ばすと、ダートは避けることなくアーネストの動きを待った。 「風邪ひくよ。」  水気を飛ばすイメージで魔法を展開すると、そのままわしわしと頭ごと髪の毛を撫でてやる。 「あっ、ありがとうございます」  うん。短く返して、少し見つめてみると、ダートがおずおずと切り出した。 「あの、キスを、してもいいですか。」  期待通りの言葉に、口元が緩む。 「うん。」  ダートが足を半歩踏み出す。目線を絡ませ合ったまま顔を寄せ、薄く開いたままのアーネストの唇を、ゆっくりと塞いだ。アーネストがゆっくり瞬きをすると、それを合図に、ダートは唇を離した。  こくん、と息を飲みこむ音がし、ダートが顔を傾けた。もう一度唇をよせ、次に、ダートは自分の唇でアーネストの唇を柔く食んだ。くすぐられるように唇をなぞられて、アーネストは思わず顎を引く。  ふと、唇が離れる。ダートは、アーネストの目をじっと見つめると、その唇を追いかけた。もう一度唇をくすぐられてアーネストの鼻から息が抜ける。するとダートは、薄く開いた唇の隙間から、そうっと舌を差し込んできた。ゆるゆると上下に動かし、中の様子を伺う。舌先で前歯をノックされ、アーネストはもう少し口を開けた。その拍子に、小さく喉がなる。  ダートの動きが止まり、じっとアーネストの様子を伺った。自分が観察されていることに気づくと、じっと待っていることに耐えきれない。入り口で待っているダートの舌をつつくと、ダートはアーネストの腕を掴み、舌を潜り込ませてきた。ようやく入ってきたダートの舌は少し熱くて、しょっぱかった。舌を絡めて受け入れると、腕を掴む手の力が強くなる。  ダートの舌先は、それでも控えめにアーネストの中を探っていた。浅いところを、丹念に味わっている。特にアーネストの舌先、上顎の手前をゆるゆるとこすると、アーネストの鼻から息が抜けるのが気に入ったのか、何度か同じところをこすり、やがてくるくると上顎の奥の方へとその歩みを進めはじめた。 「ん……」  捕まれていた腕を曲げ、ダートの肘を掴む。引き寄せて、体の熱が伝わるところまで近づけた。ダートは薄く開いた目をまたたき、その手をアーネストの腰に這わせた。つい、下腹に力が入る。腰が揺れたのを感じたのか、ダートの手が、位置はそのままに、ゆっくりと力を込め、また緩めた。まさぐると言うよりも、腰回りの筋肉の質感を味わっているように。もどかしいような、そのまま続けて欲しいような、なんとも言えない感覚に、反対の手でダートの肩をつかむ。するとダートは、アーネストの唇を解放して顔を少し離した。さらに、開いたほうの手をアーネストの後頭部へ滑らせると、これまでより、もっと明確に深いところを狙って口づけを仕掛けてきた。 「ん……、ふ」  咥内の深いところまで侵入したダートから、与えられる感覚を全て受け止める。出来るだけじっとダートの好きにさせていると、特に動いてもいないのに、不思議と息が上がってきた。受け身のセックスは、これほど翻弄されるものなのか、と考えかけてから、今考えることではないと思考を打ち消す。ダートの肩に置いた手でぽんぽんと合図を出した。 「……はい。」  二度目の合図でようやく唇を離したダートに、目線で寝台をしめす。 「……座ろう」  眉を寄せてアーネストを見つめる様子に、なんとなく、ついばむだけのキスを返した。顎を引いて顔を離すと、すぐに追いかけられるように、同じキスを返され、もう一度、二度と繰り返される。その度にダートがアーネストを追いかけてくるので、アーネストはしっかりとダートに抱き寄せられ、お互いの熱が体の間で擦れ合っていた。 「ふはっ、フリード、座ろうってば」  一瞬、間を置いて、見つめ返してから笑う。 「続き、しよう」  ――――――    並んで寝台に腰掛けると、アーネストとダートの間には拳二つ分の距離が空いていた。顔を見やると、軽く閉じた手のひらを太ももに乗せて、少し俯き加減のダートが、所在なさげに座っていた。  先程までキスに夢中になって、自分を翻弄していた男とは別人のようだ。 「フリードくん、俺寂しいな」 「……え?」  少し猫背になって言ってみると、ダートがパッと顔を上げる。 「この距離。ほら、さっきまでくっついてたのに」 「……あ、あの、すみません」  謝らないでよ。そう言って、ダートの方を向いたまま、微笑みの形をして待っていると、ダートが、腰を浮かせて間を詰めてきた。体を捻り、ベッドに片手をついて、こちらを見つめる。  ダートが、一瞬下唇を噛み、ごくりと唾を飲み込んで言った。 「あの。……触っても、いいですか?」  言いながら顔を寄せてくるので、迎えに行くように口を合わせ、アーネストは自分もベッドに手をついた。  ちゅ  軽く、唇が触れ合い、アーネストの下唇を挟み込むようにしてから、ダートの顔が離れる。 「ん」  続きを促すと、鼻から息を吐いて、また唇が合わさった。先程の復習のように、やわやわと食んで、くすぐり、口の中へと侵入する。  ――――キス、好きなんだなあ。  考えてから、自分のせいかと思い直す。前回はひたすらキスのし通しだった。  立っているときよりも、ずっと感覚がよくわかる。それとも、体が覚えているからか。  それでも、先ほどより体は離れていて、物足りなさが先に立つ。いつの間にか閉じていた目を薄く開けると、アーネストの太ももの辺りで彷徨っている右手が見えた。左手でそれを掴み、どこに置いてやるべきか一瞬、迷って、太ももへと乗せる。そのまましばらく手を重ねていると、アーネストの手の下で、ダートの手がもじもじと動き始めた。少しだけ、気持ち、中心に引き寄せてから、手を離す。  ふと、唇が離れ、見つめ合う。  アーネストは自分の手を、そのままダートの右腕をつたわせてなであげた。肩にたどり着いたところで、一度きゅっと掴む。もう一度唇が合わさり、ダートの手がゆっくりと動き出した。アーネストの太ももを、筋肉の形をなぞるように動き、それから、ガウンの合わせの間に潜り込む。アーネストの肌に直接触れた時、ダートは一瞬動きを止め、息を吸い、それから、ガウンの裾をはだけながらゆっくりと素肌をなぞった。  この時、すでにキスは十分に深くなっており、アーネストも自分から舌を絡めたり、ダートの唇をくすぐったりしていた。二人の息遣いは荒く、お互いが、お互いの興奮を手に取るように感じ取っていた。  鼻から抜ける息が荒くなり、大臀筋がぞわぞわと震える。もう十分だ、そうアーネストは感じた。 「んん」  合図を送るように声を上げて、肩を引き寄せる。しっかりとした体幹に支えられたダートの体は、それでも、おとなしく誘導にのり、アーネストに覆い被さってきた。横になった拍子に離れた唇を見つめて、やはり追いかけるように軽くキスをしたダートは、じっとアーネストの顔を見つめると、顔を近づけて、鼻先を擦れ合わせた。 ――――ええ、なにそれ。  震え上がるような羞恥心が湧き上がり、一瞬呆けてダートのことを見つめ返してしまう。  ダートは、何かを言いかけて、それから、また軽くキスをした。 「その……、変でしたか」  全然だけど!――――とは言えず、は、と軽く息を吐く。  少し頭を上げて、ダートの鼻先にちょんとキスをした。 「全然」  それから、続けよう、と囁いた。        その日の翌日、アーネストは任務の為、しばらく王都を離れることとなった。

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