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四十九 恋の葛藤はどこ?

(もう、ゆっくり食事を楽しみたいのに!黒白無常は彼を探しに来るなんて!早くしないと!) 閻婕妤は計画を変えて、お酒の代わりに二点の白い布団を幸一のいる部屋に運んだ。 「幸一様、布団も持ってきました!」 「布団!?」 訳が分からなくて、幸一はびっくりした。 「幸一様は早く話するのをお望みでしょ?ふわふわな布団をかければ、心も和らげる、話しやすくなります。あっ、もちろん、わたくしは床で、幸一様は寝台です」 「いや、そんな……」 「さあ、さあ、どうぞ、ご遠慮なく!」 閻婕妤の手が早く、幸一を寝台に押し倒して、布団をかけた。 「さっさと悩みを打ち明けてください。そうすれば、人間界に帰れますよ!」 「……」 (ちゃんと話して、俺に恋の悩みがないのを知ったら、道を教えてくれるといいな……) 初めてこんなに情熱的に攻められて、幸一は対応法に困った。 「さあ、教えてください。幸一様の恋人は?」 二人がそれぞれ布団に入ったら、閻婕妤はさっそく話を探り始める。 「いない」 「恥ずかしがらなくていいのに……あら、もしかして、まだ片思い?」 「だから、そんな人が……」 「じゃあ、言い換えますね。幸一様にとって、一番大事な人は?」 (はぁ……これなら答える。) 「修良先輩だ」 幸一は迷いなく修良の名前を出した。 「じゃあ、その先輩とどこまで進んでいるの?」 「どこまでって?」 「手を繋げたことは?口づけは何回?一緒に夜を過ごした?」 やっと突破口を見つけて、閻婕妤はさらに早口で問い詰めた。 「小さい頃からよく一緒に寝るけど、さすが口づけなどはしない」 「へぇぇ、口づけもしてないのに、一緒に寝るとは、斬新的な遊び方ですね」 「斬新的な遊び方?やっぱり、何か誤解したのでは……」 「あっ、分かりました。幸一様のお悩みは、その修良先輩が一緒に寝ているのに、口づけしてもらえないことですね!」 「違います!!俺と先輩はそんな関係じゃ……」 「いいえ、間違いはずがないわ!この情痴の森に、深い恋の葛藤を持つものしか迷い込まないの!」 (わたくしは人々の恋を栄養にする怨霊だから、食べ物の匂いを間違えるはずがない!) 「……すみません、俺は、やっぱり自分で道を探しに行く」 閻婕妤が話を聞かないし、勢いで負けたし、幸一は諦めた。 「あああもう一つ、もう一つだけでいい!!」 獲物が逃げそうになり、閻婕妤は慌てて飛び上がって、幸一を寝台に押し返した。 でも、幸一の目を見たら、閻婕妤もおかしいと思った。 (どういうことなの?こんなおいしい匂いがするのに、魂が澄んでいて、全然闇を感じない……魂に刻まれるほどの執着を持っているのなら、こんな清々しい気配がしないのに) (あっ、まさか……) 閻婕妤は一つの可能性を思いついた。 「そうですわ、たまに、そういう事例がありますね。今世に葛藤がなくても、前世の葛藤が業力になって、今世までついてくる……」 「前世?」 「幸一様は、もしかしたら、前世に何か恋の大事件を経験したのかな?」 「でも、俺の前世の意識は抑えられているから、よく分からない……」 「大丈夫ですよ、この幽冥界は精神の世界、意識の世界、前世を思い出すのが容易です。わたくしが手伝ってあげますわ」 「いいえ、もういいです」 幸一が身を起こそうとしたら、閻婕妤は寂しそうな目で彼を見つめていた。 「幸一様は、その口付けをしてもらえない修良先輩のことをもっと知りたくないの?万が一、二人は前世で恋人で、何か悲しいことでもあったら、今世こそ幸せになるじゃないですか?すれ違いは悲しすぎます……」 「正直、先輩のことをもっと知りたいけど……口付けと関係ない!」 閻婕妤の話がデタラメと思うけど、ふいに、幸一は別のことに気付いた。 (そういえば、この間、先輩は俺の前世の意識を抑えたことに謝ったな。もし、俺は前世のことを思い出したら、先輩の罪悪感が少なるなるかもな……) 幸一は思考で動きが止まったら、閻婕妤は彼の意識の動揺を感じた。 (当たった!隙あり!) 「さあ、恋人のことを考えて、前世の記憶を呼び出しましょう!」 「だから、先輩は恋人じゃ……!!」 幸一はもう一度反論しようとすると、布団が急に数倍の大きさに広がり、彼の全身を覆う―― 「幸一……幸一……」 聞き慣れた声で、幸一は目を開いた。 目の前にいるのは修良だ。 「先輩……!?俺は幽冥界に行ったはず……どうなっている?」 「ここは幸一の意識中、この私も、幸一の意識の中の私だ」 修良はいつものようにやさしく微笑んでいる。 「俺の意識の中の先輩……どういうことは、あの変な閻婕妤の術で、俺は前世の記憶を探ることになったのか。これからどうすればいい?」 「幸一は何もする必要はない。私に任せればいい」 修良は身を起こそうとする幸一に両肩を抑えて、幸一を寝台に戻した。 「幸一の恋に対する葛藤、執着、苦しみ、全部、私が消してあげる」 そう言って、修良は両手で幸一の髪を解いて、広げた。 「!!」 幸一は驚きですぐ反応できなかった。 修良の長い指は幸一の頬に触れて、ゆっくりと掌の温度で幸一の白い肌を温める。 それから、指先は頸筋を撫で通って、鎖骨の中心で小さな円を描く。 さらに鎖骨を沿って、服の中に伸ばし、左肩を軽く掴める。 「せ、先輩、何を……!?」 異様に気付いて、幸一は修良を止めるように彼の両腕を掴んだ。 「感情は心の中に宿っている。心の殻を脱ぎ捨てるのだ」 でも修良は止まることはなく、身を更に低くして、幸一の耳元で囁いた。 修良の吐息に懐かしくて、甘い香りがする。 雨上がりの、樹木と晴れた空の匂いだ。 その匂いはとても安心で、離れたくない。 幸一の服を左胸の下まで引きながら、修良は軽く幸一の耳を噛んだ。 「!!」 熱が瞬間に幸一の全身を走った。 裸になった幸一左胸に、修良は指先を心臓に位置に当てる。 次の瞬間、修良の指先は容赦なく、幸一の胸に刺した。 「!!」 痛みを感じる同時に、重くて、冷たい鎖の音が幸一の頭の中で響いた。 「あなたは玄幸一、ほかの誰でもない」 「何処にもいかないで、あなたはあなたでいろ!」 幸一はぱっと両目を張った。 目の前に、修良はいない。 彼の上に乗っているのは閻婕妤だ。 布団が雲の糸のように、彼の体を寝台に貼り付けている。 閻婕妤の舌はカエルの舌のように長く伸ばし、幸一の心臓の位置の肌を貫く。 愛嬌のある弱い女性はもうどこにもない。 青紫の髪がわかめのように幸一の手足に纏い、眉が棘となり突き出して、両目が血に飢えた獣そのもの! 状況を理解した幸一はたちまち炎を燃やして、手を束縛から解放させ、自分の胸で呪文を描いた。 「灼陽剣光――!!」 「ぎゃあ―――!!!」 まぶしい太陽の光が幸一の胸から放たれ、閻婕妤はその強烈な一撃で壁に飛ばされた。 幸一は胸の傷口を確認した。 指二本くらいの穴が開けられたが、血が出なかった。痛みも感じない。 「霊体だから血が出ないのか……こいつ、本当は人間の魂か心を食う妖魔かな……」 幸一は慎重に気絶した閻婕妤を観察した。 光の術がかなり効いたようで、閻婕妤は目覚める気配がない。 「先輩の印象を利用するとは、最低なやつだ」 さっきの曖昧な幻を思い出したら、幸一の耳元がまた熱くなる。 猫のように頭を何回も振って、一度深呼吸した。 ここにいてもしょうがないから、とりあえず屋敷を出た。 玄関を踏み出すと、また泣き声のような音を聞いた。 でも、今回ははっきりとした人の声が混ざっている。 「助けて……お願い……助けて」 「!ひょっとして、奴に捕らわれた魂がほかにもいるのか!」 左大類の屋敷で虐げられた奴隷たちに連想して、幸一はさっそく被害者を探しに行った。 声に辿って北のほうに行ったら、すぐ一軒の小屋を見つけた。 幸一は警戒しながら、小屋の扉を開ける―― 「!」 小屋の中に、一人の若い男が跪いている。 男の両手と腰は黒い蜘蛛糸のようなものに縛られて、壁に吊り上げられている。 全身が脱力のようで、両膝が床に着いている。 乱れている長い髪の下に、青白な肌色が見える。 男は虫の息で、かなり衰弱しているようだ。 「大丈夫ですか!!」 幸一は男の前に駆け付けた。 「助けにきてくれたのね……英雄の少年……」 男は辛うじて頭を上げて、幸一に渋い笑顔を見せた。 「目を閉じてください、今剣光でのこ糸を切ってあげる!」 上半身を束縛する糸が幸一の法術に切られたら、衰弱した男は幸一の胸に倒れた。 「しっかり!今、回復の術をかける!」 幸一は男をそっと床に降ろして、治癒の術を発動しようとしたが、男は手を上げて、幸一を止めた。 「いいです……人間の術は、おのれに効きません……あの怨霊を倒してくれただけで、助かります……」 「怨霊って、あの閻婕妤のこと?」 「おのれは、紫苑といいます……この幽冥界をさまよう、亡霊です……」 男はしばらく息を調整してから、幸一に事情を説明し始めた。 「不用心であの閻婕妤に掴まれました。でも、彼女が食事にしている『恋心』を持っていないから、逆切れさせてしまって、ここに監禁されました」 「『恋心』を食べる?あいつは一体なんなの!?」 「ものとも閻羅王の姪だそうです。官職を得るために、人間に生れて変わって、試練を受けたが、その試練で悪しき念が生れ、乗り越えませんでした。そのせいで、怨霊に堕落しました。今は魂を捕まって、人間だった頃に手に入れなかった『純粋な恋』を食事にしています。彼女に恋を食べられた魂は不完全になり、そのまま転生したら、生涯、恋と無縁になります……』 「やばい奴だな……閻羅殿はこの幽冥界の官府だろ?どうしてあんな奴を放っといた?」  「閻羅王の姪ですから……」 紫苑は無力そうに嘆いた。 「幽冥界でもこんな事情があるのか、ひどいな!」 幸一は嫌そうに眉をひそめる。 今すぐその閻羅王とやら一発殴りたくなった。 「今の閻羅王はあと三百年ほどの任期があります。あなたは彼女を倒したから、きっと仕返しされます……早く、逃げてください……」 「大丈夫だ。俺は怖くない」 心配している紫苑に、幸一は自信満々で明るい笑顔を見せた。 「俺の名は玄幸一、玄天派の弟子だ。まだ生きている人間で、用事があって幽冥界に訪れた。閻羅王たるものは、身内を庇って無実な魂を苦しませる。彼こそ罪を償うべきだ。本仕返しにきたら、俺は成敗してやる!」 「なるほど、仙道の英雄様ですね……」 「とりあえず、紫苑さんは俺と一緒に行こう。あの閻婕妤はまだ死んでいない。ここにいるとまた捕まれちゃうかもしれない」 幸一は紫苑に手を伸ばした。 「えっ、でも、おのれは……」 紫苑は驚きで躊躇っていた。 「大丈夫だ、玄天派には、魂を一時的に宿わせる法具人形がある」 「いや、それではないです。人間界に行ける体なら、おのれでも作れますが、おのれは、実は……」 「実は?」 幸一は目を瞬いて、紫苑の言葉を待つ。 その曇りのない清らかな瞳に見つめられて、紫苑は苦しそうに視線を避けた。 「いいえ、お言葉に甘えて、同行させていただきます。ただ、おのれは弱くて、大変なご負担をかけるかもしれません」 「そんなことはないよ。弱者を助けるのは、仙道の人間の責任だ!」 この不気味な牢屋で、幸一の笑顔はまるで太陽のように輝く。 「弱者、ですか……」 紫苑は密かに、悲しそうにその言葉を繰り返した。

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