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五十五 美しい話

「珊瑚の母親って、どんな人?いいえ、どんな妖怪?」 気にしないと言いながらも、幸一はやはり母親の話題を選んだ。 「美しい人だ」 「それは知ってるけど……」 「外見のことだけじゃない。母は赤炎(せきえん)狐の最後の王族。純血の赤炎狐の力を維持するために、もともと、同種族の赤炎狐と結婚しなければならない。なのに、母は小さい頃に一目ぼれした父と将来の約束をしたから、その規定に従わなかった」 珊瑚は誇りそうに両親の過去を語り始めた。 「珊瑚の父は……」 「(ごう)(マスティフ)の妖怪だ。しかも雑種。それを知ったら、赤炎族の長老たちは怒りに暴走したそうだ」 珊瑚はクスクスと笑った。 「すると、『闇壺(やみつぼ)』の術で母を三千年も閉じ込めていた」 「闇壺の術!?それって、生きている人の存在感をこの世から隠す術だよね。いいことをしたのに、誰にも気づかれない、どんな美人であっても、注目されない、話をしているのに、誰もその言葉に耳傾けしない……」 「ああ、そうだ。特に、母にかけられた術は特化されて、父が絶対見つからないような仕組になっている」 「ひどい……」 幸一は思わず珊瑚の母に感情移入した。 もし自分がちゃんと生きていて、そこにいるのに、修良が自分のことが見えない……それは、どんな辛いことだろう…… いいえ、修良なら、たとえ姿が見えなくても自分を見つけるような気がする。 どんな姿になった自分でも彼は見逃さないと思う。 根拠はないけど、なんとなくそんな気がする。 「その同時に、母に彼たちが認める縁談を押し付けていた。母が全部断ったら、彼たちは母の友人関係まで切った。母が寂しさに負けて、自分と相応しくない男を受け入れるのを待っていた」 珊瑚は軽蔑しそうに鼻で吹いた。 「それでも父と母は諦めなかった。三千年の間、母は孤独の中で父を待っていて、父は必死に母を探していた」 「三千年!?」 幸一は再び驚いた。 仙道や妖怪はほとんど長寿だが、人間としてまだ十八歳の幸一にとって、やはり長すぎる年月だ。 「長老たちの術は強かったからね。二人は修行を積み重ねて、三千年もかかって、やがてその術を破る力を手に入れて、再会を果たした。そしてその時、母を見つけるために力を磨いた父は、すでに妖界の大将軍になり、長老たちも抑えきれない勢力まで手に入れた。二人の子供であるそれがしも、長老たちが望んでいた純血な赤炎狐以上の力を持っている ――どう、美しい話だろ?」 結語とともに、珊瑚はキラキラ効果を自分に付与した。 「う、美しい……!」 幸一は珊瑚の両親の愛情に感動した。 なんでこんな素晴らしい話が語り部たちのネタにならなくて、自分が復讐だの凶悪だの人食いだのみたいなのがばかり広まるんだ!? 「だから、それがしも両親を見習って、自分の美学を貫く妖怪になると決めたんだ」 「すばらしい意気込みだ!」 「幸一は?どんな人間になりたい?」 「えっ、俺?」 いきなり聞かれて、幸一は戸惑った。いままで修為を高めることだけを目指していて、具体的な目標を考えなかった。 「えっと……少なくとも、父と母のような人間じゃないな……」 「別にいいんじゃ、人生の目標は両親とは限らない。仙道の人間だったら、もっと高い理想を持つのが普通だと思うよ」 「もっと高い理想か……」 そう言われたら、考えられる相手は一人しかいない。 「やっぱり、修良先輩かな。俗世の欲念がなく、高潔で、清らかな心を持っている。何事にも動じない、世の中のいかなる理不尽も受け入れ、人々の罪をやさしく包み込む……」 「本当に、修良さんのことを言ってる……?」 珊瑚は初めて幸一の判断力を疑った。 その時、その高潔な修良は先輩は幽冥界の閻羅殿にいる。 主人でも役人でもないのに、堂々と本棚から巻物を次から次へと引き出して、中身を確認している。 遠くない床に、彼に両手と両足を折られた白無常と黒無常は悔しさと痛みに喚いている。 「ちくしょう……あの方と同じ顔で、俺たちを油断させて……」 「勝手に私の身分を勘違いして、私を中に入れたのはあなたたちのほうだ。その後、勝手に偽物という呼び方を私につけて、攻撃をかけたのもあなたたちのほうだ。私は別に、油断させるようなことをしなかった」 目を巻物から離れないまま、修良は白無常の話を反論した。 「このっ……幽冥界の役人にこんなことをして、逃げられると思うのか!?」 「自分たちのことを高く評価しないでね。幸一をこの幽冥界に連れて来なかったら、あなたたちごときに、私の手を煩わせることもない」 黒無常の脅かしに、修良は冷笑を返した。 「お、お前は、あの玄幸一の何者?!」 「保護者だ」 そう言って、修良は指先で灰色の火を点して、引き出した巻物を全部燃やした。 「な、なんてことを!!」 白黒無常たちの叫びの中で、修良は満足そうに頷いた。 「これで、幸一と関係のある人間の記録はすべてなくなった」 「まさか、お前は玄幸一の生死簿を消したのか!?」 「その炎は、ただの火の法術じゃない!物事の存在を再生不可能にする破滅の力だ!あなたは、一体……!?」 「心配無用だ。同門の義に免じて、その力をあなたたちに使わなかった。霊気で手足をつなげば元に戻る」 修良は二人の質問を正面から答えなかった。 「同門の義?あなたも玄天派?!」 「私『も』……ふん」 修良は口元を上げた。 「やはり、あなたたちは玄天派の初代弟子の、水木年(すいもくねん)水木華(すいもくか)だよね」 「っ?!」 「何故それをっ!?」 自分が人間だった頃の名前を聞かせれて、白黒無常は驚きで言葉に詰まった。 「だとすると、あなたたちが言っているあの方は――」 修良の話がまだ終わっていないうちに、判官冥清朗が閻羅殿に入ってきた。 「清朗様!!」 白黒無常の惨状や、自分と同じ顔の修良を目にしても、冥清朗は全く動じなかった。 ただ冷徹な声で聞いた。 「何の騒ぎだ?」 白黒無常の代わりに、修良は前に出て、迎えの笑顔を上げた。 「探しましたよ――『清明神君』様」 柳蓮県の上空まできたら、幸一は蒼炎鳥に町の中央にある鐘楼の頂上に止まるように指示した。 「ちょっと待って、このままあの鐘楼の上に止まるつもり?」 珊瑚は幸一に質問した。 「そうだよ。蒼炎鳥が起こした風が強いから、緊急じゃないと屋敷付近に止まらない。周りにご迷惑をかけるから」 「……」 珊瑚は目じりで下の街を覗いた。 蒼炎鳥に気付いた人々はすでに騒ぎ出した。 「何だあれ!?妖怪鳥か!?」 「噂の玄家の復讐公子だ!」 「すごい勢いだな!今回は誰に復讐するのか!?」 「……なるほど、噂はこんなことからはじまったのか……」 幸一はなぜ誤解されたのか、珊瑚はちょっと理解した。 鐘楼から玄誠鶯の屋敷に行く道は、青楼街を通る。 仙縷閣の前に来たら、幸一は一度牡丹に挨拶をしてきた。 「ここが例の仙縷閣か、確かに、格調はそこら辺の俗物と違うな」 珊瑚は興味深そうに仙縷閣を観察してから、いい評価を出した。 「珊瑚もここを知っている?やっぱり有名なの?」 「それがしも最近知ったばかりだ。前回きたとき、ドロドロな愛憎劇が上演されたそうだったけど、用事で見れなかった」 「そうか、それは残念だったな。俺もすれ違ったけど、ここの芝居はかなりこだわりがあるようで、見る価値があると思う」 珊瑚が言っている「ドロドロな愛憎劇」の主人公が自分であることも知らずに、幸一は珊瑚に仙縷閣の芝居を勧めた。 もうすぐ営業時間になるので、二人が短い会話を交わしているうちに、周りの客がどんどん多くなっている。 芝居を楽しみにしている客の中から、いきなり、ふさわしくない批判の声があった。 「ちぇ、生意気だな。自立とか自尊心とかを建前にして、結局、売ってることは変わらねぇ。インチキ商法で女人の値段をつり上げてるだけだぜ」 「!!」 その明らかに仙縷閣を侮辱する言葉を聞いたら、客たちの中からたちまち反発があった。 「聞き捨てにならない。その話、仙縷閣だけじゃなく、俺たち客まで侮辱している!」 一人の若い男性が身を乗り出した。 「そう怒るなよ旦那。この世は広いぜ、別にここのもんだけが珍しいわけじゃねぇだろ?うちにはもっと上質なのがあるぞ!」 不遜な言葉を放ったのはとある濃密な眉と短い髭を持つ青年。反発されても、怒ることはなく、逆に上機嫌に笑った。 「保証するぞ!そちらの顔だけのやつより、ずっと行けてるぜ」 濃密眉の青年は勢いよく幸一に指さした。どうやら、仙縷閣から出てきた幸一を従業員だと勘違いした。 「……」 「幸一!!」 幸一の雰囲気が暗くなったのに気付いて、珊瑚は後ろから幸一の両腕を締めた。 「確かに美しくないけど、奴の目的はおそらく、ここの人気を擦り寄せることだ。挑発に乗ったら向こうの思う壺だ!」 「なんて恥知らず!」 「仙縷閣を侮辱するやつは許さない!」 「ここから去れ!」 珊瑚の推測通り、客たちから罵声が殺到したのに、濃密眉の男のは更に意気揚々になった。 「信じてもらえねぇなら、実物で証明するしかねぇ!」 男は手を高く上げて三回叩くと、彼の後ろから、三人が出てきた。 二人の大男が一人の青年の両腕を抑えて、青年を強引的に引っ張り出した。 「離してください……!おのれは、あなたたちの商品ではありません!」 青年は繊細な体で足掻いてるが、丈夫な二人の男の前では無駄な努力だった。 「暴れるな!命の恩を忘れたのか!!」 濃密眉の男は青年を叱った。 「恩だなんて、おのれはただ、道辺で寝ていただけです」 「嘘つくな!こんなきれいな服で崖の下で寝る人間はいるもんか!どうせ何かの理由で自殺しようとして失敗しただろ!どうせ死ぬなら、恩返しをしてから死ね!」 「!!」 青年の顔をはっきり見たら、幸一は目を大きく張った。 「紫苑さん!?」

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