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百四 すれ違った手
「お待たせいたしました」
三人が話しているうちに、舞台の練習が終わって、鏡花が降りてきた。
「全然!稽古を見学せてもらって、本当にありがとう!」
「幸銘様は私の友人ですから」
鏡花は自然に幸銘に微笑みをかけてから、修良に向けた。
「勝手に友人を稽古場に入れて、恐縮です。ご迷惑ではないでしょうか?店主様」
これは、鏡花と修良の初めての対面だ。
「いいえ。幸銘さんは幸一の従兄だから、私の身内でもあります。鏡花さんこそ、この店のために、ご苦労様でした」
「ありがたいお言葉です」
鏡花は笑顔を収めて、修良に深く一礼をした。
仙縷閣の外で、二匹の立派な白い馬が引いている馬車が止まっている。
百花の模様が彫刻された紫檀色の車体が上品な香りが漂っていて、暖簾が高級な半透明な絹。
幸銘は三人をその豪奢な馬車に誘った。
「さあ、乗ってください!」
「これが、幸銘が用意したの?」
幸一に聞かれたら、幸銘は誇らしそうに胸を張った。
「そう、鏡花さんは有名人だろ?このくらいの配慮がないと!」
「幸銘、お前、絶対嘘をついたな……」
こんな孔雀が羽を広げるようなことの目的は何なのか、いくら鈍感な幸一でも分かる。
やっぱり先輩の言った通り、人間をそんなに信じてはいけない……
「俺たちを呼んできたのも、鏡花さんに警戒を緩ませるためだろ。そうえいば、前回鏡花さんの家に行った時も、幸世を使ったな……」
「え?なに?さっぱり分からないけど?アハハ」
幸銘は知らんぷりをした。
「お気持ちはありがたいですが、このようなものは要らないです」
鏡花は礼儀正しい笑顔で幸銘に断った。
「でも、人気俳優の顔がみんなにバレたら鏡花さんは困るんじゃないか?」
「要らないです」
鏡花は口調を固めてもう一度強調した。
「馬車で市を遊ぶ人はどこに何処にいますか?」
「確かに、馬車で市を遊べないな、でももう買ったし……じゃあ、いっそう鏡花さんの通勤手段にしよう」
幸銘は挫けることもなく、更に提案した。
鏡花は深いため息をして、困りそうに嘆いた。
「もう十分な贈り物をいただきました。幸銘さんを友人だと思っているから言わせてください。お金が余っているのなら、もっと有意義な道に使ってください。歩いて三十分もいらない道に、馬車なんて大げさです」
そう言うと、鏡花は馬車の隣を通し、先頭を切って市の方向に向かった。
「あっ、鏡花さん!」
幸銘を始め、幸一三人が鏡花の後を追った。
「鏡花さん、怒っている……?」
幸銘は鏡花の横に出ようとすると、幸一に手首を掴まれて、止められた。
幸一は真面目に幸銘に忠告をした。
「幸銘、嘘はよくない。鏡花さんに好意があるなら、素直に認めたほうがいい。言っていることとやっていることが別だったら、余計に嫌われるんじゃないか」
「……幸一は分かるな」
幸銘はしばらく幸一の真剣な目を見つめていたら、にっこりと口元を吊り上げた。
「ひょっとして、嫌われた経験でもあった?」
「あるわけない……!」
否定しようとすると、幸一はぱっと思い出した。
そいえば、|還初太子《かんしょたいし》の世で、いろんな言い訳で|天良鬼《てんりょうき》に付きまとっていた。
あの時、嫌われたのかな……
幸一の視線が思わず修良のほうに移動したら、幸銘は幸一にくっついて、ニヤニヤ耳打ちをした。
「そういえば、あの修良先輩が言った、俺は幸一の従兄だから彼の身内、それ、どういう意味?」
「!」
直接に解釈すれば、幸一と修良は身内ってことだ。
でも、修良との間でいろんなことがあって、二人の関係が一言で言いきれない。
幸一自身も定義したことはない。
こうして他人に聞かれると、幸一はちょっと返事に困った。
「そ、それは……俺と先輩は、家族のようなもので……」
「順番は逆だろ。俺と幸一は家族で、だから修良さんが俺たちの身内――じゃない?」
「人間界の論理で見れば確かにそうだけど……」
「まさか!二人の関係は人間界の論理を越えたものなのか!?」
幸銘は大きに驚いた。
「……違う!俺は仙道の人間だから、人間界の理論はもう通用しないって……」
「その通りです」
幸一が弁解する途中、修良の声が二人の間に割り込んだ。
「私と幸一の関係は人外界の理論では説明できません。ですから、これ以上幸一を困らせないでくださいね」
修良は微笑みながらこの話題の終了を要求した。
「……」
幸銘はしばらく修良を観察してから、了承したように頷いた。
「なるほど、修良さんはやさしいね。幸一が羨ましい」
柳蓮県は治安のよい大手町、ほぼ全種類の商舗が集まっている。
昔から、外国の商人が行ったり来たりしていた。
しかし、数年前から始まった辺境戦争により、北西のほうへ繋がるの商路が一時的に途絶えた。
今年、ようやく大規模の交戦が終わり、多くの商人たちが自由に活動できるようになった。
久しぶりの外国市だから、官府も盛大に盛り上げるつもりで、暦年より広い催事場を用意し、訪れてきた商人たちを優遇した。
会場に露店がびっしり並んでいて、人で溢れかえる。異国の音楽や売り子の呼び声が途絶えない。空気の中に活気や楽しい匂いが漂っている。
「賑やかだな!」
景色は思ったよりも繁盛で、幸一は賛嘆した。
「戦争が収まったおかげです。欽州からこの柳蓮県に来る途中、商路が遮断され、生計に困った行商人を何回も見ました。商路が回復できて本当によかったです」
鏡花は人込みを越し、遠い空を眺める。
「国にとって勝ち戦もあるかもしれないけど、民にとって負け戦しかない」
「大体の統治者はそういうものだ。民族大義とかを口にしながら、いざとなったら、人々を犠牲にして、自分の大業を立てる。戦が勝ったとして、たくさんを失った人々が得られるのは『勝利国』という虚名だ。そんな虚名で、失った財産も、未来も、家族や友の命も戻らない……」
幸一の表情がいきなり世間を渡った感じがして、鏡花はちょっと意外だった。
「……幸一様?」
「!あっ、ごめん、いきなり重くなって!」
幸一も自分の発言が空気に合わないのに気づいて、すぐ話を変えた。
「俺も市が久しぶりだ。せっかく来たから、いろいろみたい!行こう!」
幸一は急に振り向いて、自然に誰かの手を引いた。
てっきり修良の手を握ったと思ったら――
「!」
「!」
「!」
「!」
でも実際は、鏡花の手だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
四人の間の雰囲気が一瞬固まった。
結局、修良は幸一に助け船を出した。
「鏡花さんはうちの大功労者です。前から鏡花さんに感謝のお礼を贈りたいと思いました。幸一、鏡花さんへの贈りものを選んでくれる?鏡花さんが好きのものであれば、値段を気にせず、何でも買ってきて」
「あっ、はい!任せて!」
幸一が動く前に、修良は一歩前に出て、幸一の耳元で囁いた。
「鏡花のことは私が観察する。幸一はいつも通り振る舞えばいい」
「う、うん!分かった!行こう、鏡花さん!」
幸一は気まずさを隠して、鏡花を露店のほうへ連れ出した。
「あれ?修良さんは怒らないのか?」
幸銘は怪訝そうに目を見開いた。
「手が繋いだとことで、私から幸一を取られませんよ。幸銘さんこそ、怒らないですか?」
修良が聞き返したら、幸銘は手を振って笑った。
「違う違う、あれは、本当に幸一の誤解だった。鏡花さんは俺の思っている人じゃない。俺がずっと探している人に似ているだけだ」
幸銘は人込みに呑み込まれる鏡花の後姿を眺める。
でも、その目は確かに、遠い何か別のものを見ているようだ。
「似ている……?」
修良はその言い方に気になる。
幸一の話によると、鏡花は天良鬼にそっくり。
そもそも、似ている人はそんなにいるものなのか……?
幸銘の話をもっと引き出そうと、修良は試して乗り出した。
「実は、人探しが得意がです。その人の持ちものや手掛かりなどあれば、仙術で居場所を探り出せるかもしれません。手伝いましょうか?」
でも、幸銘は嘆きながら頭を横に振った。
「無理だ。持ち物どころか、手掛かりさえないんだ。遠い昔、また合おうと約束をしてたけど、その人は現れなかった」
「……もしかしたら、何か意外でもあったのかも知れません」
「俺もそう思った。だからずっと探していた。でも、どんなに探していても、なんの消息もないんだ。まるで、わざと俺の世界から消えたように」
「……」
幸銘の眼差しが、苦いものになった。
そんな心境、修良は分からなくもない。
呆然と還初太子の転生を探していた頃、自分は同じようなことを考えたのかもしれない。
ふいに、幸銘から質問をかけられた。
「あくまで参考に聞きたいけど――その人はまだ生きているのに、わざと俺を避けていた。でも、偶然にも俺に見つけられた……修良さんは俺だったら、その人をどうする?」
「どこかに閉じ込める。二度と私から逃れないようにする」
修良の答えはなんの躊躇いもない。
「ぷっ」
苦い顔だった幸銘は思わず笑い声を吹いた。
「やっぱり修良さんはやさしいな」
「……」
やさしい……?
修良は不思議に思った。
明らかに度が越える変態行為宣言が、何処がやさしい?
でも、疑問を口にする前に、幸銘は自分で解釈をつけた。
「俺なら、そいつをきっぱり捨てる――自分が、二度とあいつを拾えないように、やつを徹底的に潰してやる」
「!」
幸銘の口元に、形だけの笑顔が浮かんだ。
夕日を反射している目が、鮮血色に見えなくもない。
口調が軽いものにも関わらず、その話にかなりの真剣さが含まれていると修良は感じた。
幸一に似たような顔立ちが、そんな断絶な話をしている。どうも慣れない。
でも、この時の幸銘の姿はなぜか記憶に刺さる。
幸銘の目は、修良の記憶に深く刻まれている、あの還初太子の最後の目に似たような色をしている。
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