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■1 召喚された美青年
この村には、これといった名物がない。
絶景も秘境も伝説もなく、畑は普通、川も普通、住んでる奴らもだいたい普通。
唯一自慢できるのは、酒場の煮込みがうまいことくらいだ。
そんな平和で退屈な村の広場に、その日だけは朝から人が押し寄せていた。
「今年こそ美女来い!」
「前回は山羊だったぞ!」
「今回はせめて人型で頼む!」
「欲望まみれかお前ら」
輪の外でそれを聞きながら、俺――レンは欠伸をした。
「おいレン、お前は期待してねえのか?」
酒場の店主が笑いながら声をかけてくる。
「してるしてる。今回は牛あたりじゃねえかなって」
「後ろ向きすぎるだろ」
異世界召喚。
この世界では時折、別世界から“魔王討伐の鍵”となる者が呼ばれる。
勇者だったり、賢者だったり、聖女だったり。
……らしい。
俺には縁のない話だ。
剣も盾も魔法も人並み以下。
村じゃ愛想笑いだけが取り柄のモブ青年。
だから今日も、気楽に野次馬のつもりだった。
――この瞬間までは。
司祭が杖を掲げる。
「光の門よ、異界の縁よ!我らに救いを示したまえ――!」
魔法陣が眩く輝いた。
風が渦を巻き、砂が舞い上がる。
村人たちが息を呑む。
そして、光の中心に――ひとりの青年が立っていた。
銀色の柔らかな髪。
長いまつ毛に縁取られた、透き通るような瞳。
白い肌。細い肩。しなやかな体躯。
まるで雪でできた王子様だった。
「……は?」
誰かが間抜けな声を漏らした。
たぶん俺だ。
いや、待て。
こんなの村にいていい顔面じゃない。
もっとこう……神殿とか、花畑とか、月明かりのバルコニーとか、そういう場所の住人だろ。
青年は不安げに周囲を見回した。
「……ここ、は……?」
声まで綺麗だった。
耳が幸せになるやつ。
村人たちが一斉にざわつく。
「すげぇ……」
「女神か?」
「いや男……!?男なのか!?」
「どっちでもいい!!」
分かる。気持ちは分かる。
青年は人の多さに怯えたように肩を揺らし、一歩下がった。
その仕草まで可愛いの、ずるいだろ。
このままじゃ周りの圧で泣く。
そう思った瞬間、俺の足は勝手に動いていた。
「よう。腹減ってる?」
「……え」
青年がびくっとして、こちらを見る。
近くで見るとさらに危険だった。
まつ毛長い。顔小さい。肌綺麗。いい匂いしそう。
天使……いやいや人間、なのは間違いない……召喚者だから?なのか。
「なぁ、長旅だったろ。とりあえず飯食うか?」
「な、長旅……?」
「異世界から来たなら移動距離えぐいだろ」
一瞬、青年はきょとんとして。
それから、ふっと笑った。
「……ふふ、そうですね」
やばい。
笑うともっと可愛い。
「おいレン!なんでお前だけ笑わせてんだ!」
「知らねえよ!俺も今びっくりしてる!」
司祭が慌てて前に出た。
「こほん!あなたは神託により召喚された治癒の使徒――ヒーラー様です!」
青年は自分の胸元に手を当て、小さく頷く。
「……はい。私は、カオルです」
その名前が、妙に似合っていた。
柔らかくて、綺麗で、少し儚い。
「カオル、ね」
「……はい」
でも、その瞳には喜びより不安の方が濃かった。
知らない土地。
知らない人間。
いきなり使命だけ背負わされた顔だ。
放っておけなかった。
「カオル」
「は、はい」
「様とか敬語とか、いったん置いとくぞ」
「え?」
「で、やっぱ腹減ってる?」
「……少し」
「よし。最優先事項決定。飯だ。ついてきな」
「……そ、その……いいんですか?」
「腹減ってる奴を放置するほど、この村は冷たくねえよ」
俺が手を差し出すと、カオルは戸惑いながらその手を見る。
そして、そっと。
俺の袖を掴んだ。
「……迷子に、なりそうで」
「……っ」
やめろ。
初対面でそんな破壊力出すな。
心臓が持たない。
「まぁ、任せろ。俺、村で一番この辺の道詳しいから」
「……」
「村の道、一本しかないけどな……」
また笑った。
周囲の男どもが悔しそうな顔をしている。
分かる。俺も逆なら悔しい。
俺はそのまま広場を出た。
カオルは小さな歩幅で、俺の半歩後ろをついてくる。
離れそうになるたび、袖をきゅっと引く。
そのたびに心臓が忙しい。
「……レン様」
「様いらねえよ」
「……お名前はレン、ですよね」
「そうだけど」
「……レン」
呼ばれただけで、妙に胸が熱くなった。
「……なんだよ」
「あなたは、最初に私へ話しかけてくれた人です」
カオルはまっすぐ俺を見る。
「とても、あたたかい人ですね」
「……」
反則だろ。
そんな綺麗な顔でそんなこと言うな。
勘違いする。
「カオル」
「はい?」
「飯屋に行きがてら、この村案内してやるよ」
「本当ですか?」
「その代わり」
「……?」
「もうちょい近く歩け。迷子になる……村だけど」
ぱち、と瞬いたあと、また微笑む。
こいつ、まじで天使か。
間に受けたふりをしたカオルは嬉しそうに小走りで並び、俺の隣へ来た。
肩が触れそうな距離。
甘い香りがした。
「……よろしくお願いします、レン」
柔らかく笑う横顔に、俺は思った。
――やばい。
こいつ男だけど、世界一可愛いのでは?
このときの俺は、まだ知らない。
こいつのためなら、勇者タクトに喧嘩を売る日が来ることも。
世界の常識ごとぶっ壊してでも、守りたくなることも。
何もない村で始まったその日。
俺の人生は、静かにひっくり返った。
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