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■10 手を繋いで、世界へ

朝日で目が覚めた。 窓の隙間から差し込む光が、部屋の中をやわらかく照らしている。 昨夜の熱が嘘みたいに静かな朝だった。 けれど、腕の中には確かなぬくもりがある。 「……ん……」 小さな声と共に、胸元の銀髪が揺れた。 カオルが眠たげに眉を寄せ、俺へさらに擦り寄ってくる。 反則だろ。 朝から可愛さの限度を超えている。 「おい、起きろ」 「……まだ、です」 「返事してる時点で起きてるだろ」 「……レンの腕の中、あたたかいので」 「それで二度寝するな」 「……だめですか?」 上目遣いで聞くな。 だめと言える男、この世にいねえ。 「……五分だけな」 「やさしい……でも短いです」 「甘えん坊」 「はい」 くす、と笑って、また胸へ顔を埋める。 昨夜、あれだけ泣いて、あれだけ愛してると言い合ったのに。 朝になってもまだ、夢じゃなかった。 **** しばらくして、ようやく二人で起き上がる。 カオルは寝癖のついた銀髪を気にして、鏡の前であたふたしていた。 「……変ではないですか?」 「かなり変」 「えっ」 「可愛すぎて危ない」 「……っ!」 一瞬で耳まで赤くなる。 朝から面白い。 「もう……レン、ずるいです」 「本当のことしか言ってねえ」 「それが、ずるいんです」 頬を押さえて俯く姿まで愛しい。 俺は後ろから髪へ手を伸ばし、寝癖を整えてやった。 「じっとしてろ」 「……はい」 鏡越しに目が合う。 照れたように微笑む顔が、幸せそのものだった。 **** 荷物は少ない。 俺の木剣と盾。 着替えが数枚。 カオルの法衣と小物。 旅立つには心許ないほど簡素だ。 でも、不思議と不安はなかった。 「本当に……行くんですね」 荷袋を抱えたカオルが、小さく呟く。 「嫌か?」 「まさか」 すぐに首を振る。 「レンと一緒なら、どこでも行きたいです」 心臓に悪い。 「……そういうの、急に言うな」 「本音です」 「なお悪い」 笑い合う。 こんな時間が来るなんて、少し前の俺なら信じなかった。 **** 宿を出ると、村人たちが道の両脇に集まっていた。 「おお、主役のお出ましだ!」 「レン!英雄様!」 「カオル様、うちの村忘れんなよ!」 「帰ってきたら盛大に祝うからな!」 好き勝手言いやがる。 「昨日までモブ扱いだったろ」 「昨日までだからな!」 「現金な村だな……」 隣でカオルが笑う。 その笑顔につられて、俺も笑ってしまった。 酒場の店主が大きな包みを投げてくる。 「持ってけ!干し肉とパンだ!」 「助かる!」 「カオル様泣かすなよ!」 「泣かせねえよ!」 「昨夜は泣かせてたんじゃねえのかー!」 「殺すぞ親父!!」 村中が爆笑した。 カオルは顔を真っ赤にして俺の袖を引っ張る。 「れ、レン……!」 「気にすんな、あいつら最低だから」 「そういう問題では……!」 可愛い。 *** 村外れの丘へ着く。 あの日、星空の下で初めて口づけた場所。 朝の風が草を揺らしていた。 「ここから、本当に始まるんですね」 カオルが空を見上げる。 「そうだな」 「……少しだけ、怖いです」 「俺もだ」 「えっ」 「そりゃ怖いだろ。魔王いるし、勇者には逆恨みされてるし」 「……それもそうですね」 ふふ、と笑う。 その時だった。 カオルの身体が、ふわりと淡く光った。 「……え?」 本人も驚いた顔で、自分の手を見る。 指先からやさしい光が溢れ、周囲の草花が一斉に芽吹いた。 朝露をまとった花々が、一瞬で咲き誇る。 「すげえ……」 「これ……今までにない力が、胸の奥から……!」 瞳が震えている。 戸惑いと喜びが混じった顔だった。 俺は吹き出した。 「だから言ったろ」 「……?」 「勇者とどうこうとか、関係ねえんだよ」 一歩近づき、手を取る。 「愛の力で覚醒だろ」 「……っ」 一瞬きょとんとして。 それからカオルは、泣きそうなくらい綺麗に笑った。 「……はい」 その手を繋いだまま、俺たちは歩き出す。 何も持っていなかったモブ青年と、役目に縛られていたヒーラー。 でも今は違う。 俺には守りたい人がいる。 カオルには、帰る場所がある。 「レン」 「ん?」 「……好きです」 「歩きながら不意打ちすんな」 「本音です」 「知ってる」 「愛しています」 「朝から重いな」 「嫌ですか?」 「まさか」 握る手に力を込める。 「俺もだ、カオル」 銀髪が風に揺れる。 その横顔は、朝日より眩しかった。 遠く、王都の方角に黒い雲が見えた。 魔王軍か。 それとも、まだ終わっていない因縁か。 どっちでもいい。 俺の隣には、世界一可愛いヒーラーがいる。 なら、なんとかなる気がした。 「行くぞ、カオル」 「はい、レン」 手を繋いだまま、俺たちは笑って旅立った。 ――勇者に捨てられた俺のヒーラー(♂)が、世界一可愛い。 ** おしまい

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