10 / 10
■10 手を繋いで、世界へ
朝日で目が覚めた。
窓の隙間から差し込む光が、部屋の中をやわらかく照らしている。
昨夜の熱が嘘みたいに静かな朝だった。
けれど、腕の中には確かなぬくもりがある。
「……ん……」
小さな声と共に、胸元の銀髪が揺れた。
カオルが眠たげに眉を寄せ、俺へさらに擦り寄ってくる。
反則だろ。
朝から可愛さの限度を超えている。
「おい、起きろ」
「……まだ、です」
「返事してる時点で起きてるだろ」
「……レンの腕の中、あたたかいので」
「それで二度寝するな」
「……だめですか?」
上目遣いで聞くな。
だめと言える男、この世にいねえ。
「……五分だけな」
「やさしい……でも短いです」
「甘えん坊」
「はい」
くす、と笑って、また胸へ顔を埋める。
昨夜、あれだけ泣いて、あれだけ愛してると言い合ったのに。
朝になってもまだ、夢じゃなかった。
****
しばらくして、ようやく二人で起き上がる。
カオルは寝癖のついた銀髪を気にして、鏡の前であたふたしていた。
「……変ではないですか?」
「かなり変」
「えっ」
「可愛すぎて危ない」
「……っ!」
一瞬で耳まで赤くなる。
朝から面白い。
「もう……レン、ずるいです」
「本当のことしか言ってねえ」
「それが、ずるいんです」
頬を押さえて俯く姿まで愛しい。
俺は後ろから髪へ手を伸ばし、寝癖を整えてやった。
「じっとしてろ」
「……はい」
鏡越しに目が合う。
照れたように微笑む顔が、幸せそのものだった。
****
荷物は少ない。
俺の木剣と盾。
着替えが数枚。
カオルの法衣と小物。
旅立つには心許ないほど簡素だ。
でも、不思議と不安はなかった。
「本当に……行くんですね」
荷袋を抱えたカオルが、小さく呟く。
「嫌か?」
「まさか」
すぐに首を振る。
「レンと一緒なら、どこでも行きたいです」
心臓に悪い。
「……そういうの、急に言うな」
「本音です」
「なお悪い」
笑い合う。
こんな時間が来るなんて、少し前の俺なら信じなかった。
****
宿を出ると、村人たちが道の両脇に集まっていた。
「おお、主役のお出ましだ!」
「レン!英雄様!」
「カオル様、うちの村忘れんなよ!」
「帰ってきたら盛大に祝うからな!」
好き勝手言いやがる。
「昨日までモブ扱いだったろ」
「昨日までだからな!」
「現金な村だな……」
隣でカオルが笑う。
その笑顔につられて、俺も笑ってしまった。
酒場の店主が大きな包みを投げてくる。
「持ってけ!干し肉とパンだ!」
「助かる!」
「カオル様泣かすなよ!」
「泣かせねえよ!」
「昨夜は泣かせてたんじゃねえのかー!」
「殺すぞ親父!!」
村中が爆笑した。
カオルは顔を真っ赤にして俺の袖を引っ張る。
「れ、レン……!」
「気にすんな、あいつら最低だから」
「そういう問題では……!」
可愛い。
***
村外れの丘へ着く。
あの日、星空の下で初めて口づけた場所。
朝の風が草を揺らしていた。
「ここから、本当に始まるんですね」
カオルが空を見上げる。
「そうだな」
「……少しだけ、怖いです」
「俺もだ」
「えっ」
「そりゃ怖いだろ。魔王いるし、勇者には逆恨みされてるし」
「……それもそうですね」
ふふ、と笑う。
その時だった。
カオルの身体が、ふわりと淡く光った。
「……え?」
本人も驚いた顔で、自分の手を見る。
指先からやさしい光が溢れ、周囲の草花が一斉に芽吹いた。
朝露をまとった花々が、一瞬で咲き誇る。
「すげえ……」
「これ……今までにない力が、胸の奥から……!」
瞳が震えている。
戸惑いと喜びが混じった顔だった。
俺は吹き出した。
「だから言ったろ」
「……?」
「勇者とどうこうとか、関係ねえんだよ」
一歩近づき、手を取る。
「愛の力で覚醒だろ」
「……っ」
一瞬きょとんとして。
それからカオルは、泣きそうなくらい綺麗に笑った。
「……はい」
その手を繋いだまま、俺たちは歩き出す。
何も持っていなかったモブ青年と、役目に縛られていたヒーラー。
でも今は違う。
俺には守りたい人がいる。
カオルには、帰る場所がある。
「レン」
「ん?」
「……好きです」
「歩きながら不意打ちすんな」
「本音です」
「知ってる」
「愛しています」
「朝から重いな」
「嫌ですか?」
「まさか」
握る手に力を込める。
「俺もだ、カオル」
銀髪が風に揺れる。
その横顔は、朝日より眩しかった。
遠く、王都の方角に黒い雲が見えた。
魔王軍か。
それとも、まだ終わっていない因縁か。
どっちでもいい。
俺の隣には、世界一可愛いヒーラーがいる。
なら、なんとかなる気がした。
「行くぞ、カオル」
「はい、レン」
手を繋いだまま、俺たちは笑って旅立った。
――勇者に捨てられた俺のヒーラー(♂)が、世界一可愛い。
** おしまい
ともだちにシェアしよう!

