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第3話
「…は?」
走り出そうとした綾人の脚は、元の場所から1歩たりとも動かすことができなかった。
「待ちぃや。逃げたらお話しできへんやん?」
ビクッとしながら綾人が後ろを振り返ると、すぐ後ろにはニコニコと笑顔を浮かべる陽助がいた。
「ひっ」
「あれ、さっきまではチワワみたいにキャンキャンと威勢よかったのになぁ」
「………」
「フッ、俺が怖いか?」
(………………終わった…)
コイツ、さっきまでのふざけた雰囲気とは打って変わってめちゃ怖い。
そう感じとった綾人はもはや何も言い返せず、ただただ陽助を睨むことしかできない。
陽助も視線を逸らさず、じっと綾人を見下ろしている。
「…………」
「…………」
しばらく睨み合いが続いていたが、数十秒ほど経った後、陽助はニヤリと口角を上げた。
「……おまえ、そないな可愛い顔もできるんやなぁ」
「……へはぁ?」
睨み合い後の第一声が全く場にそぐわず、綾人の口からは気の抜けた声が出た。
そんな綾人の様子などお構い無しに、陽助はヘラヘラと笑って話す。
「いやぁ、すまんすまん。怯えながら睨むんが面白うてな。
別になぁんも怒ってへんよ」
「は?」
「ちょっとした悪戯心や。変態扱いなんかされて、俺、悲しかったからなぁ…」
ぐすん、と泣き真似を始める陽助を見て、綾人は心底呆れた。
「な、なんだコイツ……」
「すまない。こんな雲を掴むような可笑しな奴は今まで見たことがないだろう」
神榊が綾人に同情するように話しかける。
「そうっすね」
「即答ひどっ!」
「おい陽助。いつまでもふざけてないで本題に入るぞ」
「はいはーい。
ジブン、こっち来て座りぃや」
綾人は、陽助が差し出した座布団へ向かおうとしたが、未だに脚は動かない。
「そういや、さっきから脚が動かせないんだけど」
「ああ!そうやったな」
陽助は綾人の脚に右の手のひらを向けた。それからその手を柔らかく握ると、綾人の脚は何不自由なく動くようになっていた。
「えっ!?おま、何をした!?」
「それも含めて説明したるから、早よこっちこい」
綾人は陽助に手招きされるがまま座布団に座り、神榊、陽助、綾人の3人が向かい合った。
最初に口を開いたのは、陽助だった。
「まず、俺らについての話からや。
俺らは還妖師っちゅーもんでな。簡単に言うと、妖を追い払うお仕事してんねん」
「あやかし?」
「まあ、妖怪みたいなもんやな」
「ははっ!妖怪相手の仕事か!そりゃ大変そうだな!ははっ………」
妖怪なんて___綾人は冗談で言ったつもりだったが、陽介を見るとそれまでの飄々とした雰囲気は消えていた。
「……え?真面目な話?」
「ジブン、昨日黒いキモいやつに襲われとったやんか。あれ妖やったんやで」
「え!?いやまぁ、たしかに変な感触ではあったけどさ……」
綾人自身、黒い何かは人間ではなさそうだと思う反面、妖というもの自体も人生で1ミリたりとも意識したことがないので、なんとなく信じがたい。
「……待て、ちょっと待て。
さっきからあんたらが言ってること、現実味無さすぎなんだけど」
「まぁ、いきなりそんなん言われたらそうなるやろな」
陽助は特に気にする様子もなく、袂から扇子を取り出すと、先を自分の額に当てた。
「白虎」
と言って扇子を開き一度仰ぐと、扇子で仰いだとは思えないほどの風が起こった。
「うぉっ」
綾人が強風に驚いて瞬きをしたその一瞬で、部屋の中に白い虎が現れていた。
「わ!!!!き、昨日の虎!!」
綾人は急いで逃げようとするが、陽助に止められる。
「大丈夫やって。昨日だってジブンにはほんの少しも危害は加えてないやろ?」
「そ、そうだけど!虎なんて放し飼いにしていいのかよ!」
和室に、大きな虎。
あまりにも非日常すぎる。
「ちゃうちゃう。これはペットやあらへんで。よーく見ときや」
そう言って陽助が虎の額を一撫ですると、虎はふっと姿を消した。
「んっ!?はぁ!?」
綾人は目を見開いて驚く。急いで辺りを見回すが、虎はどこにもいない。しかも、襖さえ少しも開いておらず、逃げた痕跡もない。
「え、さっきまでここに…」
「あれは、俺の式神や。俺らは、式神とか秘術とか使って妖怪倒す仕事をしとる。さっきジブンを動けなくさせたのも俺の秘術や」
「…………」
昨日の黒い何か、助けてくれた白い虎、そして、先ほど実際に自分の体が動かなくなった陽助の秘術などを鑑みると、陽助たちの言っていることは嘘ではないと思えてくるが……未だに信じきれはしない。
「………じゃあ、き、キスにも何か理由があったのかよ!」
「ジブン、ずっと体が動かなかったのに、いきなり動けるようになったやろ?あれは俺の力を口から流し込んだからや」
「………」
「キスっちゅーか、人工呼吸的な?治療目的やわ」
「綾人くん。突然の話で驚くのも無理はないが、妖は力を得るため人の血肉を求め、人間を襲う。私たちはそんな妖から人間を守りたい一心だ。どうか信じて欲しい」
綾人は、全くもって動かなかった自分の体が嘘のようにいきなり動くようになったという実体験が決め手となり、ようやく陽助たちのことを信じることができるようになった。
「…………信じるしか、ないだろ。
少なくとも……嘘をついてるようには見えない」
「妖を妖界にかえす、私たちのような者で構成された組織が"還妖隊"だ。私は総監の神榊 実隆。よろしく」
「総監ってのはボスみたいなもんやで」
神榊は、さすがボスと言われるだけあって、聞くと背筋が伸びるような厳格さが声からも感じられる。
「俺は甲斐 綾人。よろしくお願いします」
「樫月 陽助。太"陽"みたいに"助"けるで陽助や。ちなみに、この俺はトップ2なんやで〜?」
トップ2らしいが、陽助は相変わらず捉えどころのない笑みを浮かべている。
悪い人ではなさそうだ。綾人はなんとなく、そう感じる。
——なのに。
陽助の笑顔を見ていると、
何か大事なことを、まだ隠されている気がしたのだった。
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