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第3話 神器を借りろ!

「神器って……戦乱の時代だったら争いの種にもなったくらい貴重な物じゃないですか! そんなものを借りるなんて大丈夫なのですか」  ユーシオが言った。 「快く使わせてくれそうなお方に心当たりがある。  それも近隣で」  そう言うジェミールに、アリアスはやんわりと反論する。 「全く見当もつかないな。  隣の領地のケルター家なら神器を持っていると聞くけれど、ケルター家が治めるフォグリとは百年前に領地の境界問題で揉めてから和解出来ていないんだよ」 「そのフォグリに行くつもりですが」 「えっ」  皆が意外そうな顔をしていたが、ルリウスはさほど驚いていなかった。  ジェミールの前世——グラーリドも、考え無しな男ではなかったからだ。  ジェミールからはグラーリドの雰囲気を強く感じる。  彼ならきっと何か考えがあるに違いない。  後日、領主アルトゥールとジェミールは侍従と少数精鋭の護衛を引き連れてエイカを南下していた。  馬車を囲み騎馬する侍従の中には、勿論ルリウスの姿もある。  今日もジェミールにはダサい服装をさせている。  深緑のチュニックに、鮮やかな黄色のジャケット、銀のブーツ。  今日はさすがに真面目な外交の日なので、ルリウスだってまともな色合いの服を選ぼうとした。  しかし当のジェミールが、いつも通りもっと派手な色合いにしろと頼んだのだ。  ルリウスは渋ったが、ジェミールの命令には逆らえずやけっぱちで仕事をしたのだ。    着替えたジェミールと出くわしたアルトゥールが一瞬硬直したのを、ルリウスは見逃していなかった。  町の人々に手を振りながら町を抜け、しばらく背の低い草原を行くと、一行は「魔の森」へ突入する。  ここらには小鬼(オーク)、擬態種(ミミック)などの魔物がうようよしており、装備無しで行けば確実に死ぬ。  時に合成獣(キマイラ)や竜種(ドラゴン)といった大型も現れ、それらは完全武装した大隊をも悩ませる。  しかし陸路を行くならば、魔の森を抜けなくてはエイカを出ることは不可能だ。  フォグリへは潮流の関係で海路を使いづらい。  魔の森を突っ切る方が「犠牲者」は少なくて済むのだ。  二百年前、ルリウスが「ルトレフ」だった頃はよく魔の森で狩りを嗜んだものだと、かつてを思い返す。    すると進行方向である道の側の沢に、銀色の鳥が止まっているのに気付いた。 「進言します」  ルリウスは手を挙げ、馬車の中のジェミールとアルトゥールに告げる。 「左の道は危険なようです。右側の道を行く方が良いかと」 「その心は?」  ジェミールが訊ねてくる。 「あの銀色の鳥はシュリ鳥と言いまして、ヨツクという魚を好んで食べます。  つまりあの沢にはヨツクが居る。  ヨツクと言えば合成獣の好物でもあります。  なので合成獣と出くわす危険を減らすためにも、右の道が良いかと」  今は嫌われ作戦のことは一旦忘れ、全員が生存することだけを考える。 「でも、今まで毎回左の道を通行してたけど一度も合成獣なんて……」  アルトゥールが言ったが、ルリウスはかぶりを振る。 「恐れながらアルトゥール様、以前に通った左の道はあんなに陽当たりが良かったですか?」 「ん? そういえばもっと木々が鬱蒼としていたような……」 「木は過密になると光が行き届かなくなって倒れます。  一旦空いたそこは陽当たりの良い場所になる。  ヨツクは日光を好む魚ですから、あこに集まる数は以前より増えているかと」 「ほお!」 「では右の道を通るか」 「そうだね」  ジェミールとアルトゥールも了承し、一行は進路を変える。 「しかしルリウス、やけに魔の森に詳しいのだな」  ジェミールに言われ、ルリウスはぎこちない笑みを浮かべた。 「昔、町で会った狩人に聞いたのを覚えていただけです……!」  何度かルリウスによる方向転換を挟み、一行は危機に遭うことなくフォグリに到着した。  フォグリの城は、エイカの城とは比べ物にならないほど多くの絵画や彫刻が並んでいる。  そんな大広間で、二つの領地の長が会談をしていた。 「神器を貸してほしいなどと大層なことを頼んだかと思ったら……春に雪を降らせたいとはな」  フォグリの領主、スヴェン・ケルターは、そう言って顔をしかめるという当然の反応をした。  アルトゥールと同世代の彼は、エイカ人のそれよりは分厚くないガウン状の民族衣装を着ている。  フォグリは山の形状の都合で寒波から守られるため、エイカほどの防寒を必要としないのだ。  スヴェンの服の色は、襟から爪先まで全身燃えるような赤。  ジェミールと向かい合う様を見ると、目が痛くなる。 「はい、是非にお願いいたします」 「ふん……」  アルトゥールの頼みに対して鼻を鳴らし、スヴェンは自らの左手に目をやった。  左手の中指には黄金の指輪がはまっている。  これが神器なのだろう。 「ただで神器を使わせていただくつもりはございません。  この件が片付きましたら、ユーシオをスヴェン様にも紹介いたします」 「なに、あのユーシオを!?」    若くして高名な画家を紹介されると聞き、スヴェンの身体が椅子から浮いた。 「ええ。ユーシオも了承済みです。  彼は特にフォグリの山岳に興味を示しているようでして、特に紅葉の時期に滞在したいと申しておりました」 「……よし。ユーシオと、そこの次男のセンスの良さに免じて交渉は成立だ」 「!?」  交渉成立と言ったスヴェンは笑みを浮かべていたが、一方でルリウスの内心には嵐が吹き荒れた。  次男のセンスの良さ、とスヴェンは言ったのか!?  次男つまりジェミールの服は敢えてダサい組み合わせにしたはずなのに!  ジェミールがこっそり振り向いて、ルリウスに微笑んだ。  ルリウスが愕然とする間にも、スヴェンは指輪をかざす。 「神器トリントに告げる。エイカの地を三日だけ冬に変えよ」  唱えてから、スヴェンはアルトゥールを見て言う。 「アルトゥール様もご存じとは思いますが、神器は全ての願いを叶えられる訳ではない。  特に歴史を揺るがす願いや、害意のある願いはほとんど叶いません。  今回はエイカの冬と同程度の雪を願ったので、叶うとは思いますが」 「ええ、誠にありがとうございます。  これを機に、フォグリとエイカで友好を深めましょう」 「それは勿論」  その夜はスヴェンの元で歓待され、帰路についたのは翌日の薄暮となった。  復路でもルリウスが活躍して魔物を避け続け、魔の森を抜けて行く。  やがて足元に白が目立つようになってきた。 「雪だ!」  その足で一行はユーシオのアトリエに向かう。  アトリエの表には椅子に座ってスケッチを走らせるユーシオと、それをにこやかに見守るサミラ、アリアス、イルズ、オセラムが居た。    馬車に気付いたユーシオが、深々と頭を下げる。 「皆様本当にありがとうございます!」 「なに、感謝したいのはこちらだ。  君はフォグリとエイカの架け橋になってくれたのだから」 「傑作を期待している」    馬車を降りたアルトゥールとジェミールが言うと、ユーシオは目を輝かせた。 「冬のエイカの営みを見ることが出来て感動しています……!  雪を踏み締める人々の歩き方、服を掻き抱く手つき、雪かきの手順……どれも想像だけでは補えない部分でした。  必ずや大傑作を描き上げて見せます!」 「これでサロンの経営問題も解決いたしましたね」  ジェミールの私室に戻って外套を脱がせてやりながら、ルリウスはごく事務的な話題を振った。 「ああ。そうだ、ルリウス」 「はい、何でしょう」 「君の服のセンスはスヴェン様に似て独特なようだが、もう少し伝統的な色合わせも勉強しておくように」  そう言うジェミールからは、冗談では済まされないような圧を感じた。 『あ、これ、スヴェンとの会談を見越して俺の服のセンスを探ってたんだ』 「……はい」  服のセンスを悪いと思わせて幻滅させるという作戦は、ここにあえなく散った。

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