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第14話 伝えました

 その放送を聞いた俺は軟禁状態であることを忘れ、第三騎士団に向かおうと走り出そうとしていた。  しかし俺の行動はライデン第三騎士団医務室局長によって腕を掴まれ阻止された。  「離してください!」  「トーラスは自分がどうして入院しているのか理解していないのか!」  「でも負傷者が多数って放送で……」  「トーラスが行って何ができるって言うんだ?」  「それは……」  ライデンのいう通りだ。  俺に出来ることといえば簡易回復のみ。  しかもその簡易回復も使用禁止令が出ている。  今の俺には何もすることは出来ない。  それでも、それでも——  「俺は第一騎士団サポート部魔法付与課の人間です! 仲間が援助を求めているのに手を差し伸べない騎士団がどこにいますか!」  俺はライデンの腕を振り払い、勢いよく医務室を飛び出す。  そのまま先日の魔物討伐遠征時の移動手段で使用していた体を軽くする魔法を行使し、第三騎士団の元へと急ぐ。  後ろから俺を呼び止めようとするライデンの叫び声が聞こえたような気はするが、今はそれを気にしている場合ではない。  この国を囲むように配置されている各騎士団は騎士団間が一番離れており、移動するには本来かなりの時間が掛かるのだが、俺は屋根という屋根を飛び移るように移動し、第一騎士団から第三騎士団までを最短距離で移動する。  「リオ!……無事でいてくれ……!!」 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □  第三騎士団にたどり着くとそこは戦場以上に悲惨な状況であった。  空気は重く、鉄さびのような匂いが充満していた。  鉄さびのような匂いの正体はすぐにわかった。  床一面に横たわる血だらけの騎士たちだ。  すでに何人かの医療班の人間が駆けつけていたが、この状況をみて誰から手当すればいいかが分からない様子だ。  この状況が良くないことは誰がどう見ても分かることだろう。しかし誰もまともに動くことが出来ないでいた。そんな中そんな状況を変えるかのように一人の男の大声が響き渡った。  「俺は第三騎士団団長リオ・クライシスである。尽力感謝する。また俺の失態でここまで大きな被害を出してしまったことをこの場にて謝罪する。正式な謝罪は改めて行いたいが、今は俺の部下たちを第三騎士団の面々を助けてはくれないだろうか。よろしく頼む」  そうリオは告げると、深々と頭を下げた。  貴族であるリオがここまで頭を下げることは今後ないのではないだろうか。それだけ深く頭を下げている。  しかし俺の失態とはどういうことだろうか。  その戦闘力や魔法はいろんな人からお墨付きを貰うほど優秀で部下からの信頼も厚い。そんなリオが第三騎士団がここまで壊滅的になるほどの失態を犯してしまうだろうか。  答えは否だ。  だとすれば不測の事態が起きたんだ。  でも今考えるべきはそこじゃない。  俺がこの状況でも出来ることを考えるんだ。  血の匂いが充満しており、誰がどんな負傷を負っているのかがすぐには判別付かない。  俺が一人慌てふためいていると、リオの先ほどの号令に今やるべきことを認識したのか医療班の人間が次々に騎士たちのところへ歩み寄り治療を施していく。先ほどまであたり一面赤黒い血液で塗りつくされていたが、今は回復魔法の発動を表す薄いエメラルドグリーンに染まっていた。  それを見て俺もここでやるべきことを理解した。  俺の特殊な簡易回復の出番だ。  回復魔法はあくまで自然治癒能力の向上である説明を受けた。  だが自然治癒の向上は寿命の前借であり、それは対象者の体力にも関わってくる。  つまり瀕死の状態の者には回復魔法は施すことが出来ないということだ。  でも俺なら。俺の簡易回復であれば俺の寿命を削って多少なりとも回復を施すことが可能だろう。しかしそれでは俺も死んでしまうかもしれない。それでも俺なら助けられる命があるかもしれない。  俺は第一騎士団サポート部魔法付与課のトーラス・オルシルクだ。  第一騎士団は勇敢さ。自分の身を顧みず誰かのために戦うその姿勢が評価されると聞いた。  それなら今俺がするべきことは一つしかない。  転生前は悠一≪しんゆう≫の結婚式当日に交通事故により、悠一≪しんゆう≫に何もしてやれなかった。だったら今悠一≪しんゆう≫と同じ顔のリオの役に立って今世を終わらせることが、俺が転生した意味なのかもしれない。  俺は瀕死の騎士の元へ駆け寄り、抱きかかえ簡易回復を施していく。  体中に騎士の血がついても何も気にしない。  簡易回復しか出来なくても気にしない。  今の俺に出来ることをやっていく。ただそれだけだ。  数人ほどに簡易回復魔法を施したタイミングで第三騎士団にエリースとライデンが到着したようだ。エリースは俺を見つけるなり俺がやっていることを理解したようで、瀕死の騎士を抱きかかえながら簡易回復を施している俺と瀕死の騎士を無理やり引きはがした。  「何をやってるんだトーラス!」  「エリースさん……」  「さんざん説明しただろ!」  エリースの口から聞いたこともない怒号が第三騎士団の敷地内で響き渡る。  その怒号を聞いた騎士団の面々の視線が一気に集中する。  「俺に出来ることをやってるまでです!」  「トーラスが死ぬかもしれないんだぞ!」  「魔法付与課ですが俺も騎士団の端くれです! 覚悟ならいつでもできてます!」  「そういうことを言っているんじゃない……!」  「なら俺に見捨てろって言うんですか?」  「……そうでもない。そうじゃないことはトーラスもわかってるだろ! なぜそう死に急ぐようなことをするんだ」  俺は掴みかかっていたエリースの腕をゆっくりと掴み、宥めるように下ろす。  「……エリースさんには実の親のように可愛がっていただきました。剣術の才能がなくとも俺を見放すこともなくここまで鍛えていただき、本当に心から感謝しています。だからこそ俺にしかできないことで少しでも恩返しをさせてください。俺なら大丈夫ですから……」  それを聞いたエリースは力を失ったかのように。ゆっくりとうなだれた。  きっといろんな葛藤があるに違いない。  それでも俺は俺が助けられるかもしれない人を放っておけるほど心を捨ててはいない。  「トーラス……」  後ろから聞こえたその声には聞き覚えがあった。  何度も俺の名前を呼び、何度も俺に求婚し、何度も俺の部屋に足を踏み入れて、何度も俺の心を惑わせてきた男の声。  そしてそれは俺の——。  「リオ……さん」  「…………俺の部下を、第三騎士団のみんなを、助けてほしい……!」  その一言にどれだけの想いが込められているか、俺は瞬時に理解した。  こうも部下思いなリオだからこそ冷酷と言われても付いていきたいと思う人が多いのだと。そして俺への告白はやはり本心であり、嘘なんて付いていなかったのだと。  リオは今にも泣きそうな顔をしていた。  あの冷酷騎士と呼ばれている第三騎士団団長がしていい顔ではないだろう。  この数秒の間にどれだけの葛藤をしたのだろうか。  リオにはそんな顔をしてほしくない。  「任せてください。俺に出来ることは全力でやります」  「……頼む」  きっとリオも知っているのだ。  俺の簡易回復は俺の寿命で肩代わりしていることを。  でも俺はリオに心配を掛けないように、今から死ぬかもしれないのに精一杯の笑顔を向ける。  大丈夫だ。大丈夫。  俺は瀕死の騎士を抱き起こし、次々に簡易回復を施していく。  もう何人に簡易回復を施したのかわからない。  今までは回復魔法を使っても身体の不調を感じることはなかったが、ここまで連続して使用すると流石に自分でも寿命を削られていることがわかる。  単なる魔力消費ではこんなことにはならない。  頭痛や吐き気だけじゃない。体温が徐々に下がっていき、血の気が引いていくのがわかる。それでもこれは俺にしかできないことだ。ここで倒れるわけには行かない。  俺は瀕死の騎士の寿命を肩代わりしながら簡易回復を施し、ある程度回復ができたら医療班に続きの対応を依頼する。  どのくらいの時間が経過しただろう。  相変わらず鉄さびの匂いが充満していると感じながら、次の患者を探す。  「——ラス! トーラス! もう大丈夫だ。もう大丈夫だから」  倒れそうになっている俺を支えながらリオとエリースが俺のもとに駆け寄ってきた。  俺は朦朧とする意識の中あたりを見渡す。  先ほどまで床一面に血だらけの騎士たちが横たわっていたと思うのだが、今はまばらな状況であり、横たわっている人は誰も居なかった。  「おわっ……た?」  「あぁ、もう大丈夫だ」  相変わらず鉄さびの匂いがしていたのは、俺の衣服に着いた血の匂いだったようだ。  それすら気づかないほど今この場で一番疲弊しているのは俺なのかもしれない。  「もう休め。寒くはないか? 何かしてほしいことはあるか?」  リオは俺を抱きかかえながら優しく声を掛ける。  それに対し俺は冷たくなった手をゆっくりを動かしながら、リオの頬に添える。  「リオは……怪我してない?」  「俺は大丈夫だ」  「ほんとに?」  「あぁ、大丈夫だから」  「でも、ここ怪我……してる」  「こんなの怪我に入らない。そんなことよりまずはトーラスの——」  「ダメだよ……治さなきゃ」  俺は朦朧とする意識の中、明らかに怪我をしているリオの左腕に触れ、簡易回復魔法を発動する。そう言えば初めてリオに出会ったときに簡易回復を施したのも左腕だった。  リオが簡易回復魔法を発動させた俺に対し、今すぐ止めるようにとものすごい剣幕で何かを言っていたようだが、俺はそれを耳にはしているのだが、聞き取れることはなくゆっくりと闇に沈むように意識を手放した。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □  温かい。  柔らかくもあり、固くもある。  それが俺の意識が戻ってきたタイミングで感じた感覚だ。  (あぁ俺はまだ死んだのか。この温かさ。安心する。トーラスとしての人生は誰かの役に立てた人生だっただろうか。そうだといいな。悠一には何もしてやれなかったけど、リオには何かを残せただろうか)  「泣いてる。大丈夫か? 何か辛い夢でも見てんのか? 大丈夫だから。俺が付いてるから」  頬を伝う冷たい雫をすくうようにゴツゴツとした男らしくもあり、優しくもある手の感触が頬の感触を上書きする。  優しく語りかけてくるその声と相まって、俺はまた涙を流す。  俺が今聴きたい声で、俺が今一番触れたい人。  (あぁ、もっと早く素直になっていればよかった。まだ返事を伝えてないのに……)  彼は頬の涙を拭うだけではなく、安心させるように俺の手を優しく包み込んだ。  それは大丈夫だからと言われている気がして、更に安心する。  しかし俺はそこでふと疑問に思った。  なぜ死んだのに感覚があるのかということに。  俺は一度転生をしているんだ。  きっと神さまと呼ばれるような存在が俺に最後の情けでも掛けてくれているのだろう。  最後に聴きたい人の声が聴けて、その人に触れられている感覚を味合わせてくれている。  それだけで俺の、トーラス・オルシルクとしての人生は良いものだったと言えるだろう。  ただ一つわがままを言うのであれば——  「……もう一度会いたい」  「大丈夫。ずっとそばにいるから。いつでも会えるよ」  「……え?」  真っ暗だったはずの視界が徐々に明るくなっていくのを感じる。  動くはずのないまぶたを動かせることに気が付き、俺はゆっくり目を開ける。  光はひどく眩しく、目の前になにがあるのかすらすぐにはわからない。  それでも俺の目の前に誰がいるのかはすぐにわかった。  その声も、その感触も、その匂いも、その温かさも、その優しさも、そのすべてを俺は覚えている。  「リ……オ……?」  「そうだよ」  「リオ?」  「目の前にいるよ」  「リオ」  「うん、大丈夫だよ」  「……会いたかった」  「俺も、会いたかった」  視力が徐々に回復していき、ぼやけながらも目の前にいるリオの顔が見えた。  その表情は以前のように今にも泣き出しそうな表情をしていたが、前回と違うところは心からうれしそうに笑っていたことだ。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □  結論から言うと俺は死んではいなかったようだ。  ただそれでも瀕死の状態であったことには変わらず、俺が目を覚ましたのは俺が倒れてから半年が過ぎたころだった。  半年ぶりに目を覚ましたことで各騎士団は大パニックに陥っているらしい。  なぜ俺一人が目を覚ましたくらいで各騎士団が大パニックに陥っているかはすぐにはわからなかったが、その答えはすぐにわかった。  始めに第一騎士団だが、俺のことを実の息子のように慕ってくれていたエリースが俺が死んでしまうのではないかと取り乱し、いろんな部署を駆け回りどうにかして俺に延命治療を受けさせることができないかを調べ回っていたらしい。  そんなエリースを見て、魔物討伐部隊やサポート部だけではなく、第一騎士団全体で俺を生かすために様々な部門に手回しをしてくれたようだ。  第三騎士団は俺の回復魔法のおかげかはわからないが、あの悲惨な状況から誰一人として死者を出すことはなかったようだ。それに恩を感じてなのか第三騎士団全体で俺の付き添い看病を交代で行うことを提案してくれたようで、実際に毎日交代で看病をつきっきりで対応してくれていたようだ。  本来はリオがすべてをやりたいと申し出たそうなのだが、第三騎士団全体でリオ第三騎士団団長も休ませようという流れになったそうだ。  これは聞いた話なのだが、あの日なぜ第三騎士団が壊滅的なまでの被害を受けたのかというと魔物の討伐遠征自体は問題なく完了したようだが、討伐先に本来いるはずのないワイバーンの群れが現れ、その討伐を遂行することとなりあそこまでの被害が出てしまったようだ。  そのためあの時リオは自分が全て悪いと言ったような言い方をしていたが、周りからすればリオにはなんの落ち度もなく、むしろ部下を逃がすために戦い続けたことへの感謝の方が強いらしい。  しかしリオは自分に責任を感じ、挙句の果てに公開告白するほど好いている相手を危険に晒してしまったことにひどく疲弊した様子を見せていたようで、俺と一緒にいることは許されたものの、それでも看病はリオだけではなく第三騎士団全体で行うことになったようだ。  そんな話題の中心人物である俺が目を覚ましたのであればパニックになるのも仕方がないのかもしれない。  各騎士団全体が俺のために動いてくれたらしい。  例を上げるのであればまずは騎士団寮にあった俺の部屋を拡張し、数人が部屋を訪れてもスペースに余裕があるほど広くなっていたり、俺の討伐遠征での戦い方を参考にし、今後はサポート部魔法付与課の人間も討伐遠征に参加することとなり、その訓練が行われたりしていた。  部屋が広くなったのはお見舞いであったり、医者や医療班の人間が来ても問題なくするためであり、魔法付与課の人間に対し訓練が行われ始めたのは俺だけに負担を掛けないようにするためらしい。  そう考えると申し訳ないことをした気がする。  でも一番に申し訳ないことをしたなと感じるのはリオにだ。  それでも自分のやったことに間違いはないといまでもそう思う。 ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □  俺が目を覚ましてから一ヶ月が過ぎようとしていた。  半年間飲まず食わずの入院生活を送っていたため、筋肉はかなり衰え、自分の力だけで歩くことは愚か、嚥下することすら難しい状況だったが、リオの献身的な介護兼看病によってなんとは一通りのことは自分一人で出来るようになっていた。  ただリオ的にはもっと看病を続けていたかったようで、一人で何でもこなし始めることにたいし、嬉しさもありつつ、少しだけ寂しさもあるみたいだ。  そろそろ自分で動けるようになってきたため仕事復帰したいと打診をしたのだが、リオやエリースだけでなく、第一第三騎士団の面々からもっと寝ておくようにと言われ、仕事復帰ができない状態だ。  俺としてはすぐにでも復帰して、今までの遅れを取り戻したいのだがそうはいかないみたいだ。  俺は小さなため息を吐きながら、リオとのリハビリと称した散歩を楽しんでいた。  「もうだいぶ歩けるようになってきたな」  「そうだね。リオのおかげだね」  「……トーラスには申し訳ないことをした」  「……次その件で謝ったりしたら怒るって言ったよね?」  「でも………………」  「でもじゃない。俺がやりたくやったことだからいいんだよ。むしろ迷惑掛けてるんだから謝るのは俺のほうじゃないかな」  「誰もトーラスを攻めることはない。」  「それならよかった」  リオとの散歩はほぼ毎日行われている。  しかし最初は車椅子に乗って外の空気を吸う程度だったが、今では一緒に手をつなぎながら散歩しており、俺にとっては毎日の楽しみの一つになっている。  「今日の体調はどうだ? どこか痛いところとかないか?」  「大丈夫だよ。ありがとう、リオ」  「そろそろ結婚するか?」  「………………唐突だね」  「俺も男だからな。答えは急がないとは言ったが、考えはしている」  俺はまだリオへの返事をしていない。  でも俺の中で返事の内容は決まっている。  そもそも嫌だったら今こうして一緒に手を繋いでリハビリと称した散歩などすることはないだろう。  結婚したら俺はトーラス・オルシルクからトーラス・クライシスになるのだろうか。そしたら俺も貴族の仲間入りでこの世界の両親であるグランとレヴィも貴族になるのだろうか。  考え始めたら時間がいくらあっても足りないかもしれない。  でも俺は知っている。  伝えられなくて後悔することがどれだけ虚しいことかを。  未来の心配をして嘆くより、今自分ができることをすることで、未来で後悔しない選択を取ることが、未来の心配をせずに済む方法であることを。  「リオ、俺ね————」 —fin—

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