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第8話 Side:染谷由紀
【Side:染谷由紀】
僕が初めて四季政宗の存在を知ったのは中学三年の春のことであった。
僕の在籍していた西中学校は部活動に力を入れている学校であり、様々な大会の常連校であった。僕が所属していた写真部はそんな大会の様子を撮影する担当となっていたため、応援演奏を務める吹奏楽部の生徒と一緒に現地に応援しに行くことが多かった。
それでも全ての大会に出向くわけではない。
基本的には野球部やサッカー部、バスケ部やバレー部といった、言い方は悪いがメジャーな部活動の大会の応援に出向くことが多い。理由は単純明快で応援席が用意されていることが多いからだ。そのため応援席が用意されていないような大会にはほとんど応援参加をしたことがない。
そんな中、同じクラスの剣道部の友達である乃村が今度剣道の大会に出るとのことで、普段は写真部として応援に行くことはないのだが、乃村が大会に出ると言うコトで個人的に応援に行くことにしたのだ。
もちろん写真を撮るためにカメラを持って。
今回の剣道の大会は地区大会であり、ここら一帯の中学校で一番大きな剣道場を持ってる東中学校で行われるとのことで、東中学校へと足を踏み入れた。
東中学校の剣道場は僕が想像していた以上に大きな剣道場で、一般的な中学校にある体育館とほぼ同等の広さを保有していた。その大きさに思わず「広ぉっ」と口を開いてしまうほどだ。
「由紀ちゃんはこれ付けておいて。応援者だよってわかる腕章ね」
今回応援に誘ってくれた乃村が会場に着くなり渡してくれたのは全体的に蛍光色の黄色で目立つ腕章で、緑色の文字でデカデカと「関係者」と書かれていた。
周りを見渡すと、ちらほら同じ腕章を付けている大人や生徒が見える。おそらくボクシングで言うところのセコンドのような立ち位置の人間が付けているのだろう。これを付けていると間近で写真を撮ることが出来るらしい。
僕は腕章を受け取り、左腕に着ける。
よくドラマやアニメで生徒会や風紀委員の生徒が左腕に腕章を付けているのをよく見るが、西中学校ではそういった文化はないため、腕章を見れたこともそうだが実際に自分が腕章を装着したことに若干テンションが上がっている。
こう考えると自分は結構単純な人間なのではないのだろうかと思えてくる。
僕はひとりでに自分自身に乾いた笑いを浮かべながら、カメラの準備をする。
僕がカメラを始めた理由は、両親の結婚式の写真に感動したからである。
たった一枚の写真にも関わらず、その写真が撮られるまでのストーリーがまるでフラッシュバックするような感覚を覚えた。僕が生まれるよりも前の話のため僕が知る由もないはずだが、まるで今までの様子を動画で撮っており、それを見せられたような気がした。
その感覚が忘れられなくて、両親に頼み込んでカメラを買ってもらったのを今でも覚えている。
初めて撮影した写真は今思えば本当に酷いものだったけど、撮り続けていればいつか自分も人を感動させられるような写真が撮れるのではないかと思い、何処に行くにもカメラを持って行っていた。
それが光を指したのかはわからないが、中学生になり写真部に入部してからは写真を撮るのが更に楽しくなり、いつの間にかいつくかの賞を取るまでになっていた。そんな才を評価してくれたのか、クラスの友達は今日僕を応援に招待してくれたのだろう。
「かっこよく撮ってくれよ!」
「ならかっこよく決めてよね!」
若干思い出に浸っていると、乃村が僕の写真に期待してくれている旨を遠回しに伝えてきてくれた。それが嬉しくて僕は茶化すような返事をする。
カメラの設定をしていると開会式的なものが行われ、さまざまな中学校のゼッケンを背中に貼った剣道着の中学生たちが綺麗に整列を始めた。剣道着自体はどの学校もほとんど変わりはないが、洗濯の差か色褪せていたり、擦り切れていたりとこれまでの努力が目に見えてわかるほどだ。
——試合が始める。
同時に剣道の試合を四試合行えるほどの広さを持つ東中学校の会場は一気に熱気に包まれた。
竹刀がぶつかり合う音に、怒号とも聞こえるような剣士立ちの掛け声。
その気迫に僕はカメラの設定をそこそこに一気にこの場の空気感に飲み込まれてしまった。
実は剣道の試合を見るのは今回が初めてだ。僕個人の剣道のイメージとしては面を狙って竹刀を振るうといった程度のものしかなかったが、今回実際に目にして僕の認識が間違いであったことに気がつく。
剣道は竹刀同士がぶつかる前からすでに戦いが始まっているのだ。
見合っている間は常に間合いを計り、いつでも攻め込めるようにそして攻め込ませないようにし、少しでも相手に隙があれば一気に攻め込む。ただ相手もただただ攻め込ませるわけではない。攻めてくる相手との間合いをあえて詰めたり、逆に一歩引いて間合いを元に戻したり、竹刀で突いて逆に一本を取りに行ったりと、言葉で言い表すのが困難なほどの攻防が一瞬一瞬で行われている。
僕は撮影することを忘れ、剣道に夢中になっていた。
「由紀ちゃん! 剣道の試合はどう?」
「……すごいよ! 本当にすごい!」
次に試合を控えている乃村が声を掛けてくれた。そのまま「行ってくるわ!」と自信に満ちた声で言い放ったかと思うと、さっきまでの優しい目つきとはうって変わり、面を着ける瞬間に見えた目つきは鋭く、目の前の相手を倒すと意気込んだ者の目をしていた。
その視線が僕に向けられたものであったなら、僕は恐怖におののき震えが止まらなくなっていたことだろう。
僕はカメラを構えながら、ふと今から戦うであろう相手のコトが気になった。相手はすでに面を被っていたため顔こそ見ることは叶わなかったが、面の網の隙間から見えるその目つきは乃村のそれと同じものであった。いや、正確に言えばそれ以上だろう。
真剣な眼差しといえばそうなのだがそれだけではない。視線だけで人を殺せるといった表現が正しいだろうか。でも僕はその視線に怖いという感情ではなく、かっこいいという感情が芽生えていた。
乃村の目つきで感じる感情とは異なっていた自分に驚く。
(やっばい、集中しなきゃ……)
今日ここに招待してもらった理由を思い出し、僕はカメラを構える。
今までの運動部の大会の写真は撮影する瞬間が決まっているものばかりであったと不意に思い出す。野球ならボールを打つ瞬間やキャッチする瞬間。サッカーならシュートを決める瞬間、バレーならアタックを決める瞬間であったり、アタック後のボールを拾い上げる瞬間など撮影する瞬間が決まっている。
しかし剣道はその撮影するタイミングを自分で見極める必要がある。いつ竹刀を振るうのかは竹刀を持っている剣士にしかわからない。そんなタイミングを本人ではなく試合を見ているだけの第三者が見極めるのは本当に難しいと感じながらも、僕はレンズ越しに見えるその景色を瞬きすることなくその一瞬一瞬を見入るように睨んだ。
刹那。
その瞬間を僕は見逃さなかった。
大きく振りかぶり面を狙う乃村の一撃を待っていたかのように、相手はすれ違うようにして胴に一振りをいれる。しかし審判の旗は上がらない。浅かったようだ。
すれ違った二人はすぐに体勢を立て直し、見合いを始める。そして竹刀の先端を互いにぶつけ合いながら間合いを測る。
僕はカメラを構え、次の動きを捉えた。
一瞬にして審判の旗が上がる。
それは相手の勝利を意味し、乃村の敗北をも意味していた。
しかし剣道は神聖なスポーツと言われるだけある。勝利しても敗北してもそれを表情や仕草に出すことはなく、最後まで相手への敬意を忘れずに礼をする両者に僕は尊敬の念を抱いた。
「ごめん! 負けたわ!」
乃村は自身の勝敗に関して悔しいという感情をむき出しにしながらも、応援者として呼んでくれた僕に対しては詫びるような表情を作りながら声を掛けてくれた。
負けたということは乃村の中学での剣道は今日で終わりであることを意味していた。
それがわかっているからこそ、僕もどんな声を掛けていいかがわからない。だがここで声を掛けないわけにはいかない。
僕は本心で自身の思いを伝える。
「めちゃくちゃかっこよかったよ! 剣道の試合なんて初めて見たけど本当に感動したよ! 勝敗自体はよくない結果だったかもしれないけど、僕が初めて見た剣道の試合が乃村くんの試合で本当によかったよ。写真も撮ったよ!」
「そういってもらえて嬉しいよ。由紀ちゃんありがとう。写真見たいんだけど……いい?」
「もちろんだよ!」
僕は今撮ったばかりの写真をカメラのディスプレイを二人で見入るようにして確認する。
乃村は思っていた以上に写真がよく撮れていたらしく、「なぁなぁこの写真くれねぇ?」とせがむほど嬉しかったようだ。
「このあとどうすんだ?」
「剣道部的にはどうするの?」
「個人戦は終わったけど、団体戦がまだあるからな……一応は午後に備えるって感じだけど、個人戦としては俺に勝ったやつを応援するって感じかな。残念なことに西中の個人戦は全員初戦敗退だからな」
「そうなんだ……。午後も応援するね! 乃村くんに勝ったのってどこの学校の子なの?」
それに対し乃村は「あぁ〜」と若干話しづらそうにしながらも説明をしてくれた。なんでも乃村くんの初戦の相手は優勝候補である東中学校の四季政宗という選手であることを教えてくれた。
乃村くん自身も初戦から優勝候補にあたるとは思っていなかったようで、先ほどの試合を振り返りながら苦虫を噛み潰したような顔をする。しかし乃村くんは四季政宗を一切攻めることはなく「ま、俺が弱かっただけだな。高校生になったら一位から鍛えなおすわ」とすでに前を向いているようであった。
「ねぇ、僕もその四季くんって子を応援しに行っていい?」
「いいに決まってんだろ! 関係者ではあるけど同フロアでの応援は出来ないから二階から一緒に応援しような!」
僕と乃村くんは二階にあがり、優勝候補である四季政宗の応援をする。
乃村くんに説明を受けながら僕はカメラを構え、四季政宗の雄姿の一瞬一瞬を写真に残していく。最初こそ乃村くんが応援するからと教えてくれたため、それに付いていくに過ぎなかったのだが、僕の心はもう四季政宗に夢中になっていた。
彼の竹刀捌きに、足の運び方。素人の僕でもわかるほど一つ一つの動きが丁寧でかつ洗練されたものであることは明白であった。僕はカメラのシャッターを切るのを忘れてしまうほど、彼の魅力にどっぷりと浸かってしまったようだ。
(……いや、何やってるんだよ僕は! シャッターを切れ! 最高の瞬間を見逃すな!)
そう自身を奮い立たせ、僕はレンズを覗き込む。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
初めて剣道の試合を目の当たりにしてから早数週間が経過しようとしていた。
あの日以降僕はいろいろと慌ただしい日常を送ることとなっていた。
と、いうのもあの日撮影した写真をインターネットに投稿したところ大きな反響を呼んだのだ。撮影対象は四季政宗であり、写真は決勝戦で優勝の決め手となった面を狙った瞬間のものだ。竹刀を振り下ろすその躍動感。面の隙間から垣間見える四季政宗の目力の強さ。相手選手へとの距離を一気に詰める足の踏み込みの強さなど、その一枚の写真に四季政宗の剣道のすべてが詰まっているようなそんな写真であった。
個人的にはいい写真が撮れた。といった軽い気持ちで写真を投稿した。面を付けていたし、パッと見ただけではそれが四季政宗であると断定できる人間はほとんどいないだろうと思っての投稿だ。もちろん投稿した写真はそれだけではない。友達である乃村の写真も一緒に投稿したのだが、四季政宗の写真の方がバズってしまったのだ。
四季政宗の写真は順当に伸び続け、僕はその写真で写真部の活動である写真のコンテストに出場することにしたのだが、それがさらに僕の忙しさをさらに増加させる原因になった。
そのコンテストで僕の撮影した四季政宗が最優秀賞を取ったのだ。
今までも何度か賞をいただくことはあったものの、中学校最後のコンテストでこんなにも大きな賞を受賞できるとは思っていなかったため、本当に嬉しかった。
それもこれもあの剣道の大会に招待してくれた乃村くんのおかげだろう。乃村くんにしつつ、僕は四季政宗のことが気になってしょうがなかった。
申し訳ないことに写真を勝手に撮影し、それをコンテストに提出し、賞までいただいてしまったのだ。できれば本人に直接許可を取りたかったのだが、それが叶わないままここまで来てしまった。
そんなことをずっと考えていると、できることならもう一度会いたいと思うようになっていた。
(これってどんな感情なんだろ……)
僕はあの日からさらに、四季政宗という人物に支配されているようだ。
撮影した四季政宗の写真を毎日のように見返し、あの日の形式を思い出す。あの目、あの足の動き、あの威勢のある声。そのすべてがまるでつい先ほど行われたものかのように思い出すことができる。
その結果僕は見事に剣道の試合を見るのにハマってしまった。
剣道のルールはいまだに詳しいわけではないのだが、四季政宗の剣道が忘れられなくていろんな剣道の試合を動画サイトで漁っては見る日々を送っていたが、どんな試合を見ても、あの日見た四季政宗の感動を超える試合を見ることは出来なかった。
(何が違うんだ……直接見てるのとは違うってことかな……)
僕はなぜ自分がこんなことを思うのかがわからないため、部活の引退をした乃村に頼み込み、西中学校の剣道部の部活風景をのぞかせてもらうことにした。
部活を引退したら本来は即受験生だ。
そんな大事な時期にもかかわらず、快く頼み事を聞いてくれた乃村には感謝しかない。
そのあと何度か剣道部の練習を見させてもらったが、やはり四季政宗を見たときの感動を得られることは出来なかった。
(なんだ? 直接見たのに……本当に何が違うんだ?)
困惑を続ける僕に乃村が声を掛けてくれた。
「何? 由紀ちゃんは剣道にハマったの?」
「ハマった……のかな。自分でもよくわかってないんだよね」
「と、いうと?」
「賞取った写真あったでしょ? あの試合にめちゃくちゃ感動して、心を動かされたんだけど、他にどんな剣道の試合見てもあの時感じた感情にならないっていうか……。ごめん、わけわかんないよね」
乃村くんに変に気を遣わせるような発言をしてしまったかもしれないと思い、咄嗟に謝ってしまったが、乃村はそんなことは一切気にしていない様子で、僕の変な相談事のような発言に親身に向き合ってくれた。
「それは由紀ちゃんが初めて剣道の試合を目の当たりにしたっていうのも理由だとは思うけど、俺はそれだけが理由じゃないと思ってるよ」
「ど、どういうこと?」
「きっと由紀ちゃんは”四季政宗の試合”に感動したんだよ」
「四季政宗の試合に?」
乃村くんは僕の方を向いて、微笑みかけながら僕の心情をすべて察しているかのように語りかける。
「そう。由紀ちゃんはきっと四季政宗のことが好きなんだね!」
「……え、え? え? ち、違うよ! そんなんじゃないよ!」
「ははははっ」
乃村くんの急な発言に僕はあまりの衝撃に目を見開き、慌てるようにそれを否定する。
そもそも今まで誰かを好きになったことがない僕にとってそれはあまりにも理解の出来ない話であった。そもそも僕は男で四季政宗も男だ。同性同士の恋愛があるのは知っているが、それとこれとは別だろうと考えるが、そんなことも乃村はお見通しなのかわからないが、彼は笑いながら茶化すことなく僕の目を見て話してくれた。
「好きにはいろんな好きがあるんだよ由紀ちゃん。よく言うのはライクの好きとラブの好きかな。由紀ちゃんが四季政宗に対してどんな好きの感情を抱いているかはそれは本人にしかわからないけど、それがどういう感情であったとしても由紀ちゃんは四季政宗のことが好きなんだよ。好きだからこそ四季政宗の試合に感動したし、それを超えるような試合には巡り合えないんじゃないかな」
それが真理であると僕は認識する。
好きという言葉にはいろんな意味合いが含まれているとは思っているが、僕が四季政宗に対して感じているこの感情がどんな好きなのかは、まだ自分の中でははっきりしていない。
「すぐに結論は出さなくていいんじゃない? 俺らは受験生だし、別に考えることもあるだろうから少しずつ自分の気持ちと向き合っていけばいいよ」
「そうだね……ありがとう!」
「おうよ!」
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
本格的に受験シーズンとなり、僕はどこの高校を受験するか考えるようになっていた。もちろん写真を撮ることが好きなため写真部がある高校にしたいとは考えているのだが、写真部は案外どこの高校にもあるもので、どこの高校を受験するかを決めかねていた。
他に選択の材料として、家と学校との距離であったり、友達が受験するとかが挙げられるだろう。
そんな考えをしていると、ふと頭をよぎった。
――剣道が強い高校に行ったら、四季政宗に会えるのではないのだろうか。
こんな動機は不純であると自分でもわかっている。
しかし考えだしてしまった僕の思考回路はそれを止めることは出来ず、剣道の強い高校を調べだしていた。
こんなこと半分ストーカーのような行動だろう。しかし四季政宗が剣道の強い高校に進むかどうかは僕自身は知らないわけで、写真部があるからという理由を建前にして自分自身を騙す。
本当は気づいていた。
いや、気づかされたといっていいだろう。
あれから四季政宗に対して、僕自身がどういう”好き”という感情をいただいているかを考えていた。
ただ数回剣道の試合を見ただけの彼をどう好きになったのか。
面を付けていて顔もわからない。怒号とも聞こえる声を聞いただけで普段の話し声もわからない。そんな彼の魅力は何なのかを。
「………………一目惚れってことだよなぁ」
大きなため息を一回。
僕は初めて感じる恋心のどんな向き合い方をすればいいかわからないでいた。
四季政宗のことを好きだと認めてしまった今、やはり会いたいと思うのが必然だろう。四季政宗についてもっと知りたい。どんな顔をしているのか、どんな声をしているのか。今までどれだけ剣道に人生を注ぎ込んできたのか。
これが恋というものなのだろう。
それからというもの、僕は剣道の強い高校を調べ始めた。
剣道の大会で優勝するくらいだ。もしかしたらスポーツ推薦などで進学するのかもしれない。ここら一帯の地域で剣道が有名な高校は——旭川高等学校だ。
僕はすぐに旭川高等学校について調べ始めた。どんな学科を選択出来るのか、写真部はあるのか、自宅からの距離は。学力的に僕に受験資格がある高校なのかなど。ありとあらゆるコトを調べ尽くした。
その日からやることは明白だ。
旭川高等学校を受験するため勉強をする。これ一択だ。
そして僕は無事に旭川高等学校に合格した。
その時はまだ四季政宗が旭川高等学校にいるかどうかなんてわからなかったが、写真のコンテストで賞を受賞したとき以上に喜んでしまった。両親は「勉強頑張ってたもんな」くらいにしか思っていないだろうが、好きな人にもう一度会えるかもしれないという感情が僕の身体を自然にそう動かしたに違いない。
入学式までこの胸の高鳴りが続くだろうが、僕は耐えられるだろうかと一人不安になって浮いていた。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
入学式の日は先日までの雨が嘘のように晴れ間が広がっていた。雨の影響か桜の花びらがへばり付き今までに見たことのない桜色の校舎が映える、そんな入学式であった。
そしてそんな校舎よりも僕の目を奪った人物がいた。
顔も見たことはない。怒号のような掛け声以外の声も聞いたことがない。それでも僕はその人物が四季政宗であると瞬時に理解した。
ずっと会いたいと思っていた人だ。
何度もあの日見た光景を思い出しながら撮影した写真を何度も見直していたのだ、間違いない。いや間違えるわけがない。あのクセのある摺り足に、袖口から見える筋肉が付いていることが伺える角張った手に、面の隙間から見えていたあの真剣な眼差しを送ることができる目に、中学生のころから更に伸びたあの高身長。絶対にそうだ。彼が四季政宗だ。
僕はこの人にもう一度会うためにこの高校を受験したのだ。まさかヤマが当たって本当にあの四季政宗がこの旭川高等学校にいるなんて思ってもいなかったため、その驚きと感動で固まってしまった。
そんな僕の様子に誰も気がついていないのか、旭川高等学校に進学した同じ中学校出身の生徒は僕に話しかける。人の好意を無碍にするわけにもいかないので笑顔で対応をする。その瞬間を誰かに見られているような感覚に陥ったが、気のせいだろうとあまり気に留めていなかった。
同じ高校に進学できただけでも良かったのだが、ココまできて何もしないわけには行かない。どうにかして四季政宗と友達になりたいのだ。好きだからといって付き合えるなんて思ってはいない。それでも。いや、だからこそ友達くらいにはなりたいのだ。
そんなとき転機が訪れた。
入学してすぐに行われた体力測定だ。
旭川高等学校の体力測定は合同で行われる。公平性を保つためにペアになる生徒はくじ引きで決まるのだが、あろうことか僕は四季政宗と同じペアである十五番を引いたのだ。
これはお近づきになれるチャンスである。
四季政宗は同じ番号を引いた人を探しているようだったため、僕は勇気をふり絞って声を掛けた。
「あの!」
「ん?」
「僕、染谷由紀って言います。四季くんの番号は十五番ですか?」
そう言いながら僕は四季政宗に番号札を見せる。
案外スマートに声を掛けられたと思っていたが、内心はやらかしてしまったとも思っていた。
彼にとっては初対面であるにもかかわらず、名前で呼んでしまったのだ。
四季政宗からしたら恐怖でしかないだろう。実際自分が同じ立場であったなら鳥肌が立っているかもしれない。しかし四季政宗は名前で初対面であるにもかかわらず名前で呼ばれたことに気が付いていないのか。はたまた名前で呼ばれたことに気が付いてはいるがあえて気にしないそぶりをしているのかはわからなかったが、ただ一つ言えることは僕が声を掛けたタイミングで目を見開いてしたということだ。
さすがに驚いたのだろう。
僕は咄嗟に謝ってしまったが、それに対し気さくに話を続けてくれた。
四季政宗は僕が思っている以上にかっこいい人で、優しく接してくれるし、スポーツも万能でさらに頭もそれなりにいいらしい。この情報はこの旭川に入学してから聞いた話だ。所謂ハイスペック男子というものらしい。
この体力測定を境に、僕と四季くんはよく会話をするようになった。
廊下ですれ違った際には声を掛けてくれるし、選択授業がたまたま同じだったのだがその時は僕の席を確保してくれていたりする。クラスは違えどかなり距離の近い友達と呼べる関係になったのではないかと自負している。
しかしながらそれ以外の進展は一切ないのが現状だ。
もともと好きだという気持ちこそあったものの、付き合いたいとか告白したいとかそんなものは一切考えていなかった。いや一切というと少しだけ嘘になってしまうかもしれない。僕も一応男に生まれたのであって、好きだと自覚してからはキスなんてものをしてみたいという感情やそれ以上の行為に及んでみたいとも思ったことくらいはある。
しかしそんなことは身分不相応であることくらい自分でもわかっている。
だから今のこの距離感が一番いいのかもしれない。
自分の気持ちを再度認識したところで、僕が次に取るべき行動は部活の見学に行くことだ。この高校に入学したのも四季政宗に会うためだったのだが、その追加要素の一つとして剣道している四季政宗が見たかったというのもあった。
そのため入学してから何度か剣道部に足を運んではいるのだが、一度も剣道部で四季政宗の姿を見たことがない。それが理解できず、もしかして旭川には複数の剣道部が存在しているのかと思い、約一か月の間放課後は毎日校内のいろんな場所を探索したのだが、成果を挙げることはできなかった。
一応先生にも剣道部は複数存在するのかと確認をしたのだが、案の定旭川に剣道部は一つしか存在しないらしく、剣道部の担当顧問の先生にも話を伺ったのだが、顧問も四季政宗が剣道部に入部してくれると思っていたらしく、いつまでたっても剣道部の門を叩かないことに疑問を抱いていたらしい。
そんな四季政宗の剣道をしている姿を見るために、放課後の時間を使っていたため自分の部活動のことをすっかり忘れていた。本当は写真部に入部する予定だったのだがこの一か月の内に体験入部の時期は過ぎ去り、いろんな部活動が新入部員を確保し本格的な活動を始めてしまっていた。
つまるところ、僕の写真部への入部は時期を逃してしまったことにより、入部自体を諦めることにした。
「……不幸続きじゃん」
この高校に入学してきてからというもの、四季政宗と話すようになった以外に特に善いと思える状況に出くわしたことがない。
このままではどんどんネガティブになっていってしまう。四季政宗の剣道をしているところを見ることが叶わないのは愚か、その姿を再度写真に収めることも出来ない。どんどん気持ちが沈んでいくのが自分でわかる。
僕は大きな溜息を吐く。
今僕にできることは何かと考えたときに、下がりに下がったテンションを上げることだろう。
「そういえばコンテストで賞を取った時に遊園地のチケットももらったっけ……」
そんなことを呟きながら僕は財布にしまっていたチケットを眺めていた。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
この遊園地に僕が今日来たのは神のお導きによるものなのかもしれない。
僕が訪れた遊園地は”血みどろベア”というどこの層に需要があるのかわからない、何故か血だらけのクマがマスコットキャラクターとして君臨している。テレビのCMなどで僕も何度か見たことはあるのだが、実際に目の当たりにするのは今回が初めてだ。
血みどろベアはマスコットキャラクターにしては、遊園地であろうテーマパークには居てほしくないほど怖いのだ。そのため血みどろベアは不人気であるのだが、この遊園地自体はアトラクションが豊富かつ、遊園地の敷地内に構える飲食店にしては金額も良心的である点が功を奏し、遊園地自体に出入りする人間は多い。つまり繁盛はしているのだ。
僕は今日そんな遊園地に一人で来ている。
周りを見るとカップルであったり子連れの家族であったりと、僕以外一人で来ている人はぱっと見では見つけることが出来ない。
僕は場違いではないかと思いながらもせっかく遊園地まで羽を伸ばしに来たのだからとある程度は見て回ることにした。特にアトラクション等は興味がないが、こういったところでしか撮ることができない写真もあるだろうと思い、遊園地内を散策する。
(あ、血みどろベアだ……)
散策中に見つけたこの遊園地のマスコットキャラクターだが、僕はなぜかそんな血みどろベアから目が離せなくなっていた。
血みどろベア含め、この遊園地にいるキャラクターはすべて着ぐるみなのだが、他の着ぐるみとは違い、この血みどろベアはほとんど動かないのだ。棒立ちしているだけのようにも見える。だが逆に言えばその一切客を喜ばせる気のないその雑な振る舞いが血みどろベアの怖い部分を引き立てているようで、僕はいつの間にかカメラをその着ぐるみに向けていた。
(…………あれ? なんだろう。既視感がある気がする)
僕は構えていたカメラをゆっくりと下ろしながら、ほとんど動かない血みどろベアの動きに注目する。
ただ立っているだけのように見えるが芯がぶれていないのだ。本来立っているだけと言っても左右に揺れていたりするものなのだが、そんなことは一切ない。まるで着ぐるみの中の人など居ないかのような立ち振る舞いなのだ。
また少し歩いたと思ったらすぐにまた立ち止まるのだが、その歩き方もどこか見たことがあるような気がしてならない。着ぐるみを着ているから重いという理由で摺り足になっているわけではないことはすぐにわかった。
――慣れている!
僕は瞬時にそう判断した。
摺り足の用に摺りながら歩く人も最近は増えてきていると聞く。しかし目の前の着ぐるみの動きは身体に染み込ませた動きそのものなのだ。
そして僕はこの摺り足の歩き方をする人物を知っている。
「……あの!」
自分自身でも驚いたが、いつの間にか僕は血みどろベアの着ぐるみに話しかけていた。
血みどろベアは声を掛けられたことに対しびっくりした様子をしていたが、すぐに仕事モードへと切り替え、身振り手振りで僕に合図を送る。
僕はここで初めて着ぐるみの中の人は声を発してはいけないのだと知った。いや考えてみればそうだろう。キャラクターのイメージに直結するような重要なお仕事だ。もちろん女性キャラの中身が男性であったり、逆に男性キャラの中身が女性であったりもするだろう。声を出してしまえばそのキャラクターのイメージが一気に崩壊してしまう。声を出さないのは至極当然のことであった。
「驚かせてしまってごめんなさい。よかったら僕と写真を撮ってくれませんか?」
僕は驚かせてしまったことを謝罪しつつ、咄嗟に僕と写真を撮らないかと提案をした。そんな僕の提案に不慣れな様子を見せながらも、ゆっくりと頷き一緒に写真を撮ることを承諾してくれた血みどろベアの腕に僕は抱きつくようにしてスマホのカメラでシャッターを切る。
「写真ありがとうございました! この写真待ち受けにしてもいいですか?」
そして今撮ったばかりの写真を待ち受けにするべく、また血みどろベアに確認を取る。それに対し血だらけの爪を見せつけるようにしてサムズアップをした血みどろベアを見てから僕は待ち受けを血みどろベアのツーショットにした。
そのまま何度かお礼を伝え、その場を後にする。いや正確に言えば逃げるようにしてその場を去ったのだ。これ以上あの場にいたら僕の心臓が持たないし、何より自分自身が何をしでかすかわかったもんじゃないからだ。
僕は待ち受けに設定したばかりの写真を眺めながら一人呟く。
「四季くんとのツーショットだ……!」
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
僕はあの日以降、遊園地の年間パスポートを購入し毎週のように血みどろベアの着ぐるみを着た四季くんに会いに行っていた。好きだと自覚してから今まで何も行動に移すことが出来ていなかったが、こういった方法もあるのかと一人、自分自身の感情に変化してきていることに気づいていた。
正直な話、一種のストーカー行為のようではないかと自分自身の行動に対して疑問を持つこともなかったと言えば嘘になるが、高校受験だって、遊園地の着ぐるみだって偶然の産物であることには変わりはないわけで、自分自身を正当化するためにもこういった考えをするのは辞めた。
そんなある日、僕はいつも通り遊園地に足を運んだのだが、血みどろベアの様子がいつもとは違うことに気が付いた。僕は瞬時にそれが四季政宗でないことを察した。
ただただ立っているだけのときは左右に揺れているし、歩き方もいつものような摺り足ではなく足をしっかりと上げて歩くタイプの歩き方をしているのだ。この歩き方の方がクマっぽさが出ていたよい気がするのだが、今はそんなことはどうでもいいのだ。
ここで考えられるのは二つ。
一つは今日がたまたま休みであったということ。二つ目は血みどろベアの着ぐるみのバイトを辞めてしまったということだ。
ほぼ毎週のように血みどろベアの着ぐるみを着ていたであろう四季くんがすぐに辞めるのは考えづらい。そのため後者ではなく前者の説が濃厚だとは思うのだが、毎週バイトに入っていたのに、急にお休みするのだろうかと心配になった。
普通であれば高校生ならせっかくの休日はバイトではなく、遊びに行くくらいあるだろうと思うかもしれない。それこそ四季くんは高校生だ。友人もたくさんいるだろう四季くんが毎日バイト三昧であるのは考えづらい。そのため今日はただただお休みなのだろうと思い、また明日来ることにした。
しかし翌日遊園地を訪れても、またいつもと動きの違う血みどろベアがそこにはいた。
(……四季くん今日もいないのか…………何かあったのかな?)
四季くんがどうして土日の両方ともバイト先に顔を出さなかったのかの理由が翌日の月曜日に判明した。それは四季くんが自分のクラスで話しているのを聞いたからだ。
四季くんとよく会話をしているのを見かける佐伯くんと話をしているのが聞こえてきた。クラスの中心で割と大きな声でしゃべっていたため、クラスの前を通りかかっただけの僕の耳にも聞こえてきた。
話の内容としては四季くんが熱を出してしまい、寝込んでしまっていたとのことらしい。
話を聞くに、四季くんが熱を出すこと自体が珍しいことらしく、熱を出すなんてよっぽどのことがあったのかもしれないと心配になる。
選択授業の時間になり、いつも通り僕の席を確保してくれている四季くんのところに行き、腰を下ろす。そのまま四季くんの身体を気遣う言葉を投げかける。それに対しどうして知っているのかと驚いた表情を見せていたが、体調が悪いと聞いた旨を説明すると納得してくれたのか、次の話に移った。
「染谷ってスマホの待ち受けって何にしてんの? 俺は実は昔剣道やっててその時の写真なんだよね」
それは予想もしていなかった話題だった。そして四季くんが見せてくれたスマホの待ち受けに僕は自分の瞳孔が開いていくのがわかる程驚きを隠せないでいた。何せその写真は僕が初めて四季政宗という存在を知り、恋に落ちたときに撮った写真だからである。
その写真で賞を受賞し、さらにはインターネットにアップしてバズった写真でもある。
その写真を四季くんが自身のスマホの待ち受けにしてくれていることが嬉しくてたまらない。
当の四季くんは勝手にインターネットから写真を取ってきたことを若干悔いているようであったが、そもそもインターネットに勝手に写真をアップしたのは僕であり、悪いのは全面的に僕のため、問題ない旨を伝えておいた。
もちろんその写真を撮ったのは僕であることは伝えずにだ。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴ ∵
なんとなくだが、最近四季くんの様子がおかしい気がする。
なにかソワソワしているというか、僕に何か言いたいのだろうがなかなか言い出せないようなそんな雰囲気を感じるのだ。
だからといって特段僕が何かしでかしたのか問われれば思い当たる節がない。
……いや、そんなことはない。ほぼ毎週のように四季くんのバイト先に出向き、ツーショットを撮っているのだ。本人からしてみればあまり嬉しい状況ではないだろう。
もしかしたら「もう遊園地には来ないでほしい」と伝えたいのだが、その勇気がないのではないかと思うようにもなってきた。
そんなことを考え始めると途端に怖くなってくる。
もちろん四季くんのことを好きであることは本人には伝えていないし、四季くんからしてみて僕はただただ血みどろベアの熱狂的なファンとしか見えていないだろう。
少し前に血みどろベアのグッズは持っているのかと質問されたことはあったが、あれはいったい何だったのだろうか。
もしかしてあんなにも遊園地に通い詰めているのに、グッズの一つや二つ持っていないことに疑念を抱いているのだろうか。正直四季くんが中の人をやっているという理由ではあるが血みどろベアのグッズが欲しいのは事実だ。
しかし学生であり、アルバイトもしていない僕にとってグッズを買うほどのお金に余裕はないため、現状は仕方なく諦めている状況だ。
(コンテストの賞金は遊園地の年間パスポートに使っちゃったし……僕も四季くんみたいにアルバイト始めてみようかな)
そんなことを考えながらクラスで昼食を取っていたときの出来事だ。
同じクラスの友人と机を囲みながら昼食を取っていると、いつの間にか周りに数名の生徒が僕を中心として輪を作るように並んでおり、そして……
「「「ゆきちゃん、誕生日おめでとぉぉぉぉ!」」」
と一気に教室中がお祝いムードに変わったのだ。
正直自分の誕生日を忘れていた。最近は四季くんの挙動不審な行動が気になって自身の誕生日どころではなかったからだ。
しかし今は一旦そのことは置いておいていいのかもしれない。クラスを上げて盛大に僕の誕生日を祝ってくれているのだ。嬉しい以外の感情は今は不要だろう。
僕は考えるのをやめ、盛大に祝われてやることにした。
午後は合同体育だ。
体育祭が近いのとその準備で体育はクラス単体ではなく合同での開催となる。そのため体力測定以来の四季くんと一緒の体育の授業だ。
僕は普段通り着々と体育祭の練習をする予定だったのだが、四季くんは少し違ったようだ。
「そ、染谷は今日何か予定があるのか?」
緊張しているのか、四季くんの声が裏がっている。
なぜ緊張しているのかはわからないが、僕はそれを気にしないようにして軽い返事をする。
「予定? 逆に四季くんは何かあるの?」
「染谷に用がある。放課後体育館裏に来てほしいんだけど……」
「うん……行く。絶対に行く」
「うん、待ってる」
どういうことだろうか。
これは期待していいのだろうか。
いや、期待はしない方があとあと幸せになれると聞いたことがある。
そもそも四季くんが僕の誕生日を知っているわけがない。
そのため期待しない方が自分のためかもしれない。
放課後になり、僕は体育館裏へと着いた。
僕の方がほんの少しだけ先に体育館裏に到着していたらしく、「遅れてごめん!」と僕が先に付いていると思っていなかったのか四季くんは謝りながら走って来てくれた。
それに対し僕も今来たところである旨を伝え、本題に入ろうとする。
しかしいつまでたっても話始めようとしない四季くんが若干気になり、顔を覗き込むように声を掛ける。その時の四季くんの表情は何かを決めたかのような決心に満ちた表情をしていた。
「きょ、今日誕生日なんだよね?」
「え? どうして僕の誕生日知ってるの?」
「昼休み、クラスで祝われてるの見て知った……」
そう言いながら四季くんはスクールバッグから丁寧に梱包されたものを取り出しながら「誕生日おめでとう」といい、それを僕に手渡してきた。
突然の出来事に僕は挙動不審な返答しかすることが出来ないでいた。
「あ、開けていいの?」
「うん、喜んでくれるといいんだけど……」
僕は袋も梱包も破かないように丁寧に剥がす。
それは血みどろベアのミニぬいぐるみであった。
好きな人から持った初めてのプレゼントが好きな人が中の人をやっている遊園地のマスコットキャラクターのミニぬいぐるみなんて、喜ばないわけがない。
僕はそれを抱きかかえるようにして「ありがとう! 大切にする。本当にありがとう!」と四季くんへの感謝の言葉を述べるのであった。
しかし僕の気持ちは四季くんの口から放たれた言葉によって、どうしようもない方向へと進んでいった。
「かわいい」
「…………………………え?」
最初は聞き間違いだと思った。
しかし四季くんはその言葉に嘘偽りがないことを証明するかのように、次から次へと僕への思いを言葉にして紡いでいった。
――僕は今、好きな人から告白をされている
僕がそれを理解するにはさほど時間はかからなかった。
四季くんの手が震えている。本気なんだと。そう心から思えた。
僕もその気持ちに応えたい。抱きかかえるようにしていた血みどろベアのミニぬいぐるみを強く握りしめる。
しかし四季くんは僕の返事を聞く前に、「せっかくの誕生日なのに変なこと言ってごめん。全部忘れて。誕生日おめでとう。本当にごめん」と言ってその場から居なくなってしまった。
声を掛けるのもさすがはスポーツ万能の四季くんだろう。すでにその背中は小さくなっていた。
いやだ。なかったことにしてほしくない。両思いだなんて思わなかった。
僕が好きな人が、僕のことが好き。
それはなんて、なんて嬉しいことだろうか。
だから次は僕から伝えよう。
――次は僕の想いを四季くんに届ける番だ!
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