1 / 2

白柵の内側にいる人

「ちょ……っと、もう……」  眩しい木漏れ日が揺れる遊歩道。  俺の左隣で朔弥(さくや)はくすぐったそうに身を竦めた。  よく見れば、俺より少し背の低い朔弥の黒髪の一部が、風もないのに上へ下へと踊っている。 「なんだ、またちょっかいかけられてんのか」 「うん……、悪意はなさそうなんだけど……」  困ったように笑う朔弥は、実にお人よしだと思う。  本当に悪意のない奴は、人の髪なんて引っ張らねえんだよ。 「ったく、懲りねぇ奴らだな」  俺は、朔弥の柔らかな前髪を弄ぶ犯人へと手を伸ばす。 「そこ……、あ、敬史(けいし)の指、触れたよ」 「ん、これな」  指先に、確かに何かがふわっと絡みつく。  蜘蛛の糸のような、そんなささやかな感触を確かめながら、俺はそいつを朔弥から引っぺがして、一歩距離を取る。 「ほら、もう柵閉じとけ」  俺の言葉に、朔弥はほんの一瞬寂しげな顔をして、それから「はぁい」と答えて俺の側だけ開いていた白柵を閉じる。  思わず、少し俯いてしまったその黒髪を撫でてやりたくなる。  だが今の朔弥は『柵の中』だ。  俺にも、もちろん他の誰にも、触れることはできない。  まあ、柵を建てた本人は別だけどな。  俺は、左手にわずかに残った蜘蛛の糸のような感触を、そこらにぺいっと投げ捨ててから朔弥に言う。 「帰ったら、いっぱい構ってやっから」  俺の言葉に、朔弥は瞳を輝かせて頷く。 「うんっ」  素直な仕草に、つい『俺が守ってやらねぇと』みたいな気分になる。  別に何ひとつ、俺が守ってやらなきゃなんない理由はないんだけどさ。  いやまあ、そんなこともないか。朔弥は大事な親友だもんな。俺が守ったっていいよな。  もし俺に弟がいたら、こんな感じなんだろうか。  こんなに素直で可愛い朔弥だが、友達は俺が初めてだという。  まあそりゃ、こんな柵があればな……。  朔弥の周囲をぐるりと取り囲む白柵は、いわゆる『結界』だ。  色んなものに好かれやすい朔弥を守るため、朔弥が幼い頃に祖父さんが用意した物らしい。  チューリップの咲く花壇にでも立ってそうな、木製の柵を白く塗っただけの、一見どこにでもありそうな白い柵は、朔弥が歩けば歩いた分だけ移動する。  この柵が誰にでも見えるなら、きっと朔弥が孤立することもなかったんだろうけどな。  柵が見えるのは、朔弥と朔弥の祖父さんと、なぜか俺だけだった。  朔弥を初めて見たのは、小学五年生の夏休みの終わり頃。  俺は家に帰る途中で、街灯の隣にポツンと佇む朔弥に出会った。  周囲をぐるりと柵に囲まれて、所在なさげに俯いている少年を見て、俺は思わず尋ねた。 「こんなとこで何してんだ?」  幼い朔弥が驚いたように顔を上げる。  背は俺よりちょい小さいくらいだけど、顔は俺より一回りくらい小さくて、大きな瞳がくりくりしてて可愛い。  服が男っぽいから男子かと思ったけど、もしかしたら女子かも知んねーな。なんて俺は思う。 「え……」 「もしかして、捨てられたのか?」 「えっ!?」  だってほら、捨て猫とか捨て犬とかって、段ボールに入れられてたりすんだろ?  朔弥は周りを柵に囲まれてるからさ、そんなふうに見えたんだよ。 「僕、先週ここに引っ越してきたんだけど……、ちょっと、道に迷っちゃって」 「ふうん?」 「えっと、二階建ての、緑の屋根の家を目印にしてたんだけど……」 「あ、それ多分俺ん家だ。ここらだと緑の屋根って俺んとこだけだもんな、目立つってよく言われる」  俺の言葉に朔弥が破顔する。 「本当!? 場所分かる?」 「当然。ついてきな」  言って数歩駆け出してから、俺は慌てて振り返った。  そういや、こいつ柵ん中入ってたよな。  柵は腰の高さくらいまであったし、運動が苦手なやつだと出てくるのにちょっと時間が要るかもしれない。 「ぅえっ!?」  見知らぬ少年は柵を気にする様子もなく、俺のすぐ後ろについてきていた。  柵もまた、地面に刺さっているように見える部分ですらそのままに、地面の上を滑るように移動してくる。  俺が立ち止まったので、朔弥もまた立ち止まって小さく首を傾げる。 「どうかした?」 「その柵、どうなってんだ?」 「ぇ……」  その時の朔弥の驚いた顔は今でも覚えている。  本当に、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。 「僕の柵が……見えるの……?」 「ん? ああ、なんかすげーなそれ」  小五の俺の、バカみたいな感想に、朔弥はこぼれるような笑顔で答えた。 「うんっ」

ともだちにシェアしよう!