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静電気

 二学期が始まって、俺のクラスに転校生が来た。  年下に見えた朔弥は、実は同い年だった。  それにもちょっと驚いたけど、俺がもっと驚いたのは、俺以外の奴にはあの柵が見えてないってことだ。  学校で、教室で、人との距離が近づく機会は意外と多い。  前から後ろの席にプリントを配る時や、後ろから前の席にプリントを回収する時。  それは頻発した。 「ちょ、ちょっと待ってね」  前から二番目の朔弥が慌てて柵を開こうとする。  それが待てなかったのか、一番前の席の田口は「ここ置いとくから」と机の上にプリントを置こうと手を伸ばした。  途端に、バチィッと音を立てて弾かれる腕とプリントの束。 「痛っってぇ……」  田口の、弾かれた指先がじわりと赤くなる。 「ご……ごめんね……」  謝る朔弥を、田口が睨みつける。 「おー、また山代(やましろ)の静電気かー?」  先生の、うんざりしたような声。山代は朔弥の苗字だ。  朔弥の結界に人が弾かれる現象について、朔弥の親は『超静電気体質』だと学校に説明していた。 「すみません……」  朔弥がもう一度謝る。 「めちゃめちゃ痛てーんだけど。見てこれ先生ー、赤くなった!!」 「田口も気をつけろよ」 「もう俺この席やだよー」  田口の言葉にみんなが笑う。  笑い声の中で、朔弥は小さくなっていた。 「田口くんに悪いことしちゃったなぁ……」  帰り道、しょんぼりしたままの朔弥が言う。  朔弥の家が俺の近くだったこともあって、転校初日の帰り道に付き添いを先生に頼まれて以降、俺達は一緒に帰るようになっていた。 「んな事ねーだろ。待てって言ってんのに待たなかった田口が悪いんだって。お前は柵開けようとしてたのにさ」  先生も、朔弥の親の説明通り、帯電している電気を逃すのに少し時間がかかるから、触れる前に声をかけて少し待ってほしいという事をクラスの全員に伝えていた。  それでもこうやって、数日に一度は事故が起こる。 「他の奴も皆、お前の柵が見えたらいいのにな」  俺の呟きに、朔弥が小さく「ありがとう」と言う。  礼を言われるような事、俺は全然してねーけど。  そこまで考えてから、ふと閃く。 「いや、そうだよ。……俺がやればいいんだよ」 「え? 何を?」 「俺は見えてんだしさ。お前に触りそうな奴がいたら、俺が止めてやればいいんだって」  そう言って、俺はドヤ顔で朔弥を見る。 「だろ?」  朔弥は、大きな瞳がこぼれそうなほど目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう、東条くん」 「その『東条くん』ってのさ、なんか肩苦しいと思ってたんだよな。俺のことは|敬史《けいし》でいいよ」  俺が言うと、朔弥が戸惑いつつ答える。 「え、じゃあ僕も、朔弥(さくや)って呼んでもらったらいいの……かな?」  なんで疑問系なんだよ。 「今まではなんて呼ばれてたんだ?」 「んー……、僕、仲のいい友達っていなかったから……。ずっと苗字で呼ばれてた」 「そーなのか? 話しやすいし、いい奴なのにな」  それになんか、可愛いんだよな。  男にこんなこと言ったら嫌かも知れないから、言うつもりはないけどさ。  朔弥は、しゅんと俯いて呟くように言った。 「この、白柵があるから……」  なるほどな。と俺はようやく納得する。  まあ、仲良くなってくれば皆、手を叩いたり肩を叩いたり背中を叩いたり、それなりに接触するもんだよな。  その度に痛い目に遭うんじゃ、近寄りたくなくなる気持ちもわからなくはない。 「けどさ、柵が開いてる時なら触れるのにな」  俺の言葉に、朔弥はじわりと柵を開く。  それがなんだか嬉しくて、開いた柵の隙間に手を突っ込んで、朔弥の頭をくしゃくしゃと撫でた。 「あ、そっか。柵だから朔弥か。ん。覚えた」  俺が手を引っ込めると、柵がスルスルと閉まる。 「そういうわけじゃないんだけど……まあ、それで覚えてくれるならいいかなぁ」  朔弥は俺にくしゃくしゃにされた髪のままで、そう言って笑った。

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