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第2話
その四角い画面の向こう、監視プログラムがその美術館の一角を鮮明に映し出している。休日だったからか親子連れや年老いた夫婦、美大生と様々な客層が芸術鑑賞していたのだ。それは代わり映えのしない映像だった。突如現れた覆面の集団が、その平穏を奪うまで。
彼らはピストルで無差別に殺戮し始める。逃げ惑う人々の命を容赦なく奪うと、まだ息がある人間を手持ちのナイフで滅多刺しにするのだ。なんの恨みがあるというのか、目を背けたくなるような惨状。
だが問題はそこでは無い。それ以上におかしな事がその中で起きている。
執拗に殺され、地面に倒れたその中の一人。画角の奥の方からすく、と立ち上がったその全身血だらけの男は壁を伝って歩き出した。
…瀕死だがどうにか逃げ出そうとしている?実は他の被害者に隠れて死んだふりをしていた?確かにその可能性もまだあった。
そのノロノロと歩く男に気がついた彼らは直ぐに背中に弾丸を浴びせる。男は腹が裂けて、普通ならば立っていられないだろう。流石に複数の銃弾を受け、べシャリと倒れる。死んでしまった、…映像がそこで終わっていたならそう思うはずである。
「嘘でしょ…」
昼食を取りながら呟いた隣の男は石のように固まった。
再び立ち上がったそのゾンビのような男はユラユラとどこかに向かって歩き出すのだ。腹からは臓物が垂れ下がって、ドボドボと血と一緒に地面を引きずっている。その姿はゾンビが肉を求めて彷徨い歩いているようだ。
「…映像はここで何者かに遮断された。」
打ちっぱなしのコンクリート、窓ひとつない部屋。使い古されたモニターを前に集められた二人はまだ状況が分かっていない。
「あの、ローレン部隊長〜…俺らは何を見せられたんです?新作のゾンビ映画か何かですか?」
率直な意見はリク・サコダらしい。落ち着きなくソワソワと足を揺らして、「ね?ノエル先輩もそう思いますよね!」とこちらに同意を求める。
「………同意なら他に求めろ」と冷たくあしらうと、彼は不貞腐れたように「いいじゃないっすか!孤高ぶらないで下さいよ〜」と面倒な絡み方をしてくる。
ノエル・アーサーはこの帝国警察、国家秩序維持課機密部隊に所属している一部隊員である。簡潔にすると、我が帝国の国益を侵害するテロリスト共の情報を収集して、捜査部に引き渡すといった内容だ。仕事に関しては誰よりも真面目に取り組み向き合ってきたが、この仕事に"誇り"は持っていない。ノエルは楽しみも喜びも感じることなく淡々と責務をこなしているだけだった。
だが、そんな男が今日初めてこの仕事で高揚感を覚えている。それは見てはいけないものを見た時のような不安と、誰も見た事のない世界を覗いている特別感がそうさせているに違いない。
「でも、なんでこんなグロい映像見せられなきゃいけないんすか?俺繊細だからこういうの見たあとご飯食べれないんすよ」
ソーセージマフィン片手にサコダはそう言った。図太さは部隊の中でも一番だろう。
「黙って最後まで聞きなさいね。…これは先日帝国美術館で起こった無差別殺傷事件の映像よ」
ローレン・クロウリーは部隊長という所もあってか、落ち着きなく騒ぐサコダの足をヒールの踵で踏みつける。そのぽってりとした唇を意地悪く釣り上げれば流石のサコダもしゅんと肩を縮めた。
「…バカにも分かりやすいように説明すると、容疑者は全部で十二人。計画的犯行で死傷者二十八人の戦後最悪のテロ事件よ。最近流行りの『王国打倒委員会』とかいうやつら」
次にモニターに映し出されたのは、風船のように膨らんだ人、らしきものだ。ぶよぶよになった皮膚は赤黒く変色している。
「ゔぇ、これなんすか?」
「DNA鑑定の結果この惨劇を起こした張本人達。全部で七人、纏まって転がってたらしいの。他は逃亡したんじゃないかしら」
「…マジ?なんでこんな化け物見たいになってんの?岸に打ち上げられたクラゲみたい」
「それは調査中ね。そこであなた達二人を呼び出した」
数ある隊員の中から態々休日を狙って呼び出したのにはそれなりに理由があるということだろう。
彼女はモニターの画面を切り替えて、"ゾンビのような男"の映像を再生する。そして彼女が一時停止したのは趣味が悪い、腹からブツが溢れているシーンだ。
「この男を探して欲しいの」
「ちょっと、…この男を探すって…?流石に死んでると思うんすけど…」
「これを見て」
流された映像には、美術館の正面入り口が映し出されていた。そこにはあのゾンビ男が階段をゆっくり降りてくる姿が捉えられている。真ん中あたりで座り込んで、あろう事か自分のはみ出た臓器を両手で中に押し戻しているのだ。そんなことをしても意味など無いはずだが、男は立ち上がると先程までの鈍さなど感じさせぬ足取りで階段を駆け下りた。
「ど、どういうことすか?」
ポロリ、とその口からパンくずが零れる。行儀悪く油でベチャベチャな手をサコダはジャケットで拭った。その様子をノエルは不快に思って顔を顰める。
「見ての通り、このゾンビ男は自分の臓物を戻して何事も無かったかのようにその場から逃げたの」
ローレンは大きなため息をついて、「私も理解できないけどね」と付け加えた。
「不死身ってことすか?…ほんと映画の世界みたいになってるけど…。でもそんなファンタジー、部署違い…いや次元違いも甚だしいすよ。俺普段の任務もいっぱいいっぱいなのに…」
サコダは弱音を吐いて、散らばった食べかすを手でかき集めてテーブルの下に落とす。全くどうしようもないやつだ。
「これは上からのお達し。確かにほかの者より職務内容が多くなるけれど、…昇進には有利になる。部隊内で最低最悪の成績の誰かさんや、…仲間に馴染めず問題ばかり起こす誰かさんにはちょうどいい案件ね」
それぞれ心当たりがあったせいで『やらない』という選択肢は初めから用意されていないのである。
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