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第4話
その暗く狭い部屋は、防音のせいか外の音が一切漏れない。床にはこびり付いた黒い染みが、壁には爪で引っ掻いたような傷が無数に付けられている。
そこは元々敵兵やテロリスト共を拷問する時に使われていたいわく付きの部屋だが、監視プログラムも設置されていないので密談には都合がいい。
休憩所に使ってください、と壁沿いに置かれた三つのベンチは満席になる事など絶対にありえない。
「遅かったわね」
扉を開けて正面のベンチに足を組み座るローレン・クロウリーは、不機嫌を隠すことなどなくそのヒールをカンカンと踏み鳴らす。
そこに呼び出されたノエルはいつもの無表情のままだ。
「虚偽の申告をしたらどうなるか、想像できなかったとでもいうの?」
「虚偽、…なんの事ですか」
「そう言うと思ったわ。」
第一声からノエルの嘘を見抜いた彼女は言い訳をさせない為に証拠を集めていたようだ。
ローレンは映写ペンを内ポケットから取り出すと、爪痕だらけの壁に証拠を映し出した。
空き地に転がった六つの死体、それはノエルの記憶に新しい。「…身に覚えありません」と吐かした男にまだすっとぼけるつもりか、と片眉を上げた彼女は言い逃れ出来ぬよう次を見せつける。
『じゃあそいつにこの空き地を案内したんだな?』
『うん』
『黒髪、以外に特徴は?』
『…たしか左頬にホクロがあった』
その取り調べ室には、見覚えのある小汚い少年がちんまりと椅子に座っている。強面の警察官二人に詰め寄られ言われるがままに情報を吐き出すのだ。
「黒髪にホクロ、ねぇ。…言い訳、聞いてあげる」
「…。」
その女にいくら言い訳しても全て証拠を出されるだろう。なのでノエルの出来る事といったら揚げ足を取る事くらいだ。
「どう見ても萎縮している子供が無理やり言わされた事を信じるんですね」と何食わぬ顔で言ってやる。彼女が呆れようがこの際どうでもいい。どうせ正直に言おうがローレンは同じ態度を取っただろう。
「…はあ、捜査部の連中もあなたを疑ってる。『ゾンビ男』の情報を共有しなかった、…それは全体の捜査に関わることよ。」
機密部隊の情報だけを当てにしている訳ではないだろうが、捜査部隊としても『虚偽報告』で足踏みするのは当然だがあってはならない。
「俺が見たのは王国打倒委員会らしき人間達です。あの男じゃない。我々の目的は男を見つけ出すことで、連中が死んでようが何してようが関係ありません」
その詭弁を鼻で笑う余裕が彼女にはある。
「サコダがエレモアシティーで男を発見した。更にその男が王国打倒委員会に拘束されているという情報もね」
最低最悪の成績の同僚の思わぬ活躍にノエルは視線を汚い床に向ける。瞼がピクピクと跳ねるのは、動きの鈍い表情筋へ感情の抵抗だ。使えない奴が使わなくて良いところで能力と運を発揮させる、それはノエルを不愉快にさせた。
「正直、このままだと昇進は難しい」と残念そうに俯いた彼女が今回の任務にノエルとサコダを上に推薦してくれたことは、聞かずとも明白だ。
「まあ、あなたに連携は無理だと初めからわかっていたのだけれどね。」
「…ご期待に添えず申し訳ありません。」
「もしかして降りるつもりでいる?残念だけどそうはさせない」
ベンチから立ち上がったローレンは意地の悪い笑みを浮かべる。
「…俺は何をすれば?」
あの古い拳銃では、いくら不死身でも為す術が無かっただろう。ノエルがあの時拘束していればそうはならなかったはずである。
「男を救出、保護する。そしてここへ連れてくる…ただそれだけよ。あなたの大嫌いな報告も、仲間も必要のない。詳しい情報はデータベースに入れてあるわ。優秀なあなたには簡単な任務でしょ」
彼女は「結果を出しなさい」と辛辣な一言を残し、踵を鳴らしてさっさと退室した。
不気味な部屋に残されたノエルは、ボリボリと頭を搔いて座り心地の悪いベンチに腰掛ける。
帝国警察がただ不死身の男を参考人として保護する?…それは絶対にありえない。彼らは何かしら使い道を考えている。
(かといってあの王国打倒委員会とかいう連中もろくでもない。…いやそもそも何故俺があの男の最善を考えなければならないのか)
毎日に嫌気が差して、ほんの出来心で見逃しただけ。あの『ありがとう』に恥ぬ行動を、等とお人好しな事は考えていない。そう自分自身に暗示を掛けてノエルは早速与えられたデータを元に任務に取り掛かるとする。
どちらに転んでもあの不死身の男は何かしらに利用される運命なのだ。…思うところは置いておいて救出してから考えることにする。
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