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第81話
赤いマークが地図上に点滅している。彼らは「ああ、生きているかな」と互いに顔を見合わせた。何せその建物は瓦礫が突き刺さり、人の気配など一切しないからだ。
「サロメ様、いらっしゃいますか!」
今にも外れそうな扉をゆっくり開けてそう声をかける。しかし暗闇の中に彼女の姿は見えない。目が慣れてぼんやりと荒れた室内の家具が浮かび上がった。慎重にドア枠を越えると、飛び出た釘にズボンの裾がびりっと切れる。
「ああ、せっかく安い給料で買ったのに…」と小言を漏らすと、後ろからドンと背中を殴られた。いや、殴ったのではなく体当たりされただけだろう。
「もー急に止まらんでくださいよー、ただでさえ暗いのに。…げ、そのパプリオンのパンツ高いんじゃないんですか?」
ライトは悲惨な状態になった裾を照らした。
「…こんなとこに着てくるんじゃなかった。」
「保証して貰えないんですか?」
「んなもんあるか!…あの脂市長は自分の娘以外どうだっていいんだよ」
危険区域に使い捨ての部下を向かわせ、自分の娘を救出するように言う奴だぞ、と二人は思っていたが口にはしなかった。だが互いに肩を竦め「さっさと連れて帰って飲みに行こう」と歩みを進める。
サロメ・バーンの救出の為、彼ら下っ端はデータベースの情報を使いここまでやって来た。やる気は全くない。ボーナスすら付かないクソみたいな任務だからだ。
一部屋根が倒壊して月明かりが差し込んでいた。この下にサロメ・バーンがいたなら助かっていないだろう。その他は酒場らしくカウンターの席や酒の残骸が散らかっている。
「にしてもなんかここ、王打会の所有する店なんですよね?襲われたりしないかな…」
「…この様子じゃ誰もいないだろうな。こう言っちゃなんだが死体だけでも回収しねぇと」
「うわッ!何かいません!?」
彼は一瞬薄闇の中、机の下にギラリと光った双眼を見た気がして、ライトを向ける。獣か?それとも王打会の人間か?……そこにはぽっかりと空白があるだけで、誰か、何かがいる訳では無い。
「馬鹿、脅かすんじゃねぇ!何もいねえじゃねーか…」
「あ、あれ〜?おかしいな。何かいた気がしたんだけど…」
「あ、…あそこ入れそうだな」
一人が不意に奥の部屋を見つける。どうやら地下倉庫の入口のようだ。データベースを確認して、彼女の位置をもう一度確認する。
「方角的にはこっちですね」
入口が上手い具合にガレキで塞がれているので、二人は内心面倒に思いながらそれらを退かしていった。
「全く、なんだってこんなこと…。」
「しょうがないだろう。市長にとっちゃ原因の究明より、市民の救助より自分の娘が優先なんだ。いいからそっちの端を持ってくれ」
大きな木の柱を腕がつりそうになりながら抱えるが、全く持ち上がらない。チラリと視線を隣に向けるといるはずの同僚がいないではないか。
「……おい、どこいった?」
ゴポゴポとストローで息を吹きかけ水面を泡立てるような不気味な音。ライトをそちらに向けて、男はひっと息を飲む。
「あ゙……」
ブクブクに腫れ上がったそれは、口から血を吹き出しながらゆっくり膝を付いて倒れた。服装からして先程まで話をしていた同僚で間違いない。ビクビクと体を痙攣させ、受身も取らず床に倒れ込む、その衝撃で膨れ上がった水脹れがばちゅんと爆ぜ、血なのか体液か分からぬ液体が顔にかかった。
熱い、そして生臭い。ドロリと粘土のある液体が、肌にねっとり絡みつく。
「うわあ゙あ゙あ゙ッ!!」
闇の中で男は何が起きているのかも分からず無我夢中で出口へ方向転換を試みる。
キュッと靴が溢れた液体に滑り、生暖かい何かにぶつかった。それは地獄の底から響き渡るような低い笑い声を上げるのだ。
凄まじい握力にて絞り上げられた首。ぼうっと闇に浮かび上がった二つの双眼は限界まで開かれ、口元は三日月のように笑っている。
食料も尽き、残っているのはほんの少しの水と大量の酒。酸素が薄くなっているその倉庫の扉がゆっくりと開け放たれた時、彼女は涙でぐしゃぐしゃに崩れた顔で疲弊していた。鼻のギプスは掻きむしったせいでズレている。
「お迎えにあがりました」
聞き慣れないイントネーションでそう告げる声。照らされるライトは容赦なく彼女の目を貫いた。ゆっくりと階段を下る男は、一体どんな人物なのかわからない。
「助けに来てくれたの?」
「はい。市長が心配しておられますよ」
ヌン、と差し伸べられた手を握ると、恐ろしいほど冷たい。…まるで死んだ母親の手のようでサロメは背筋が泡立った。それにギリギリと手首を握られ痛い。
「ちょっと!痛いんだけど!アンタほんとにパパに頼まれた人?」
「ああ、すみませんね。これを見せたら信じられますか?」
男は首に下げていた社員証をライトで照らしながら見せた。そこには『エレモアシティー会計事務 モーリス・ジョンソン』と書いてある。
「さあ、危ないので手を繋ぎましょうね。外に車を回してあります」
父親が用意した人間なら問題ない、サロメは大人しくその手を握り先に進む男の後をついて行った。階段を上り、久しぶりの地上だ。しかし新鮮なはずの空気は、ツンッと鼻腔を刺し、目がシパシパして涙が滲む。
「…なんか臭くない?」
「そうですか。鼻炎なのでわかりません」
足元に転がっているのはなんだ?サロメは何かわからないままその障害物を超える。月明かりが漏れた扉、ようやく出口が現れた。スッと離れた男の手。
(帰ったらパパとちゃんと話さなきゃ…)
「後部座席にどうぞ」
その男はサロメを車に乗せるため、ドアを開いて待っている。どんな男なのか、出来ればイイ男がいいと期待したが、平凡で特徴のない顔立ちだ。がっかりしたところでふと気がついた。
(目の色が違う、猫みたい)
バンと閉められた扉。サロメは行き先が地獄だと気が付かず発進する車に身を預けた。
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