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第84話

 オークション会場は外観とは違い、キラキラと光るシャンデリア、深緑の壁紙に金色のアカンサスの葉の模様、猫足の家具、ノエルの服装が浮かない豪華絢爛だ。    開け放たれた正面の扉の先には広い舞台と客席が見える。結構な人間がすでに着席しており、どいつもこいつも金に物言わせるような類の人間にノエルは思えた。派手なものは嫌いじゃないが、下品なものは嫌いだ。 「いやあ、今年も楽しみですなあ」 通り過ぎる彼らはどこかで見た覚えのある政治家だ。左手には有名な資産家、右手には世界で活躍する女優やオペラ歌手など、著名人ばかりである。    炙り出し、とフェルトマイアーはそう言った。今回の任務は帝国警察としてではないことは確かである。誰が、どの組織が『不死身の男』を認知し、どこまで知っているのか。彼はそれを明確にさせたいのだろう。 (俺の判断に任せると言われても…。とりあえず受付を済ませるか…)  四人の受付嬢が参加者を丁寧に、だが素早く選別している。わざわざ人間を採用するのは見目麗しい彼女らを拝みたい連中の要望だろう。「こちらへどうぞ」手前の受付嬢はそうノエルに声をかけた。 「参加者の方ですか?」 「いや、出品者のほうだ」 「ナンバープレートをお持ちですか?」 「ああ、…どうぞ」     『17』の番号札を静かにテーブルの上に置くと、彼女は真ん中が空洞になった球体のマシーンにそれを翳した。青色にそれが光ると他の受付嬢までこちらを凝視した。彼女らはすぐに通常業務に戻るが一瞬流れた空気にノエルは居心地の悪さを感じる。…もしや何か不手際があったのだろうか。    「…確認いたしました。…あちらの扉から真っ直ぐ進んでいただいて、青札のかかった待合室でお待ちください」  ノエルはその指示に従い、世間話をする彼らの合間を抜ける。 天使が彫られた木の扉を開けて、一本道の長い廊下を落ち着いた足取りで進んだ。何部屋か通り過ぎて、ようやく青色の札が下がった扉を発見し、軽くノックをして入室する。 黒い視線が一斉にノエルを映した。生気のない、濁った瞳。そこには数人、椅子も何もない部屋の冷たいタイルの上に座っている。身なりもボロボロで、ノエルのように着飾っている者は一人もいない。    顔がそっくりのまだ年端もいかない双子、足が悪いのか杖をついて苦しそうな呼吸を繰り返す老人、啜り泣く女を面倒そうに眺める青年、みんなして同じ目をしているのだ。 (……これは一体…) 「よお、随分着飾ってんじゃん。帝国のマダムにでも飼ってもらう気?」    煙草を吹かしながら王国訛りの強い青年に声をかけられたノエルは、その煙と匂いに顔を顰める。   「いやそんなつもりはない。…すまないが他所で吸ってくれないか?」 「はあ?なんであんたの言うこと聞かないといけないわけ?」 「外に禁煙の看板があったはずだ。ルールは守れ」    禁煙の看板など無かったが、青年は小さく舌打ちをして煙草を床に落とし靴で踏みにじって消した。   「アンタ部屋まちがえてんじゃねーの?帝国民(クズ)のボンボンはもっとセンスの無ぇ金の無駄遣いみてぇな部屋だろ。それに"変"な話し方で笑えるんだけど。」  カッと顔が熱くなるのは服装をからかわれたからではない。ただ幼い頃の嫌な思い出が頭を掠めたからだ。 (俺はあの頃のように弱い人間じゃない…)  ノエルはひと呼吸置いて、任務に集中すべきだと自分に言い聞かせる。    まず出品者は優生者の美男美女に違いないと思っていた自分の思慮の浅さを反省しなければならない。受付で身分の確認をされなかったのは身分などどうでもいい人間だと判断されたからだろう。   (王国民の売買を行っているとは…闇が深そうだ) 「…失礼だが貴方達は優生者じゃないよな。選別登録者データに登録しているようには見えない。」 「俺らがゴミクズだって言いてぇのか?確かに俺らは優生者でも帝国民でもねぇ、…王国民だ」  じっとりと彼らに睨まれ、ノエルはあろう事か気圧される。    王国民の人間に共通しているのは、暗い瞳の奥にある尖った切先だ。      「…すまない、言い方を間違えた」と素直に謝罪を口にし、自分が今回のオークションに知り合いの代わりに参加することになったという事、一体どのようなものなのかよく分かっていないことを話した。   「気にせんでええ、悪いのは何時だって私腹を肥やす上の人間だ。」    杖をついた老人はヨボヨボの体でこちらへ近づいて、優しくノエルの肩を叩く。よく見たら彼は片目が義眼だ。 「だがあんたも不運だ。きっとその知人に騙されたんだろう。」 「…どういう事でしょうか?『一日限定』だけではないんですか」 「んなわけねーだろ。本当アンタなんも知らんのな。一日限定なのは俺らより後に出品される"優生者"だけだ。」    薄々勘づいていた。優生者達が帝都にただのデート権の為に王国民の侵入を許すことは無い。それこそ特別な許可か身分を偽造しない限り。   「どっかの国のビンボー人を助けるために俺ら王国民が犠牲になるんよ。性奴隷やら見世物小屋、臓器売買やらなんやら使い道があるんだとさ。」    ケラケラと彼は笑うが、全く笑えない話だ。ノエルは帝国がクリーンだとは思っていないが、いくら何でも趣味が悪い。   「…チャリティーで集まった金を懐に入れる訳じゃないのか?」    男は一応当初の目的である『過激派組織への横流し』があるのか無いのか情報を集める。   「アイツらは他国のビンボー人のことは本気で助けたいと思ってんだ。たまにニュースで流れんだろ?どっかの国の大統領が馬鹿面下げて『帝国に感謝します』ってさ。帝国に感謝じゃなくて俺ら王国民に感謝して欲しいね」    ノエルはすぐさまデータベースで情報を探った。帝国のサーバーでは確かに『チャリティーオークションでの功績』という記事が沢山ヒットする。   情報統制で帝国に都合のいいものだけ選別されている可能性もあるので、『トツゲキ』というアプリを経由してからネットにアクセスする。…しかし結果はさほど変わらないようだ。   (本当に彼らは善意でこのチャリティーオークションを開催している?)   「私はこんなとこ、来たくなかった!」    おんおんと泣く女を見るに、彼らは無理やりここへ連れてこられたのだろう。誰もどこかの国の苦しむ人間のため人生を捨てたくはない。だからといってノエルができることと言ったら限られている。…今は『不死身の男』の任務なのだから特にだ。 「ま、アンタも俺らと同じ地獄を味わうといいよ」  ニカっと青年は濁った目をそのままに笑った。オークション開始までの猶予は彼らには残されていない。   『長らくお待たせ致しました。只今から帝国チャリティーオークションを…』    少し離れた所から開催を知らせるアナウンスが聞こえる。どうやら始まったようだ。    ドンドンと雑に殴られる扉は誰の許可もなく開け放たれ、スタッフらしき男は「商品は移動しろ」と横暴な態度を隠すことなく接する。右手の警棒は電流が流れ、抵抗しようものならそれで痛めつけられる。 そこにいた彼らは、奥歯を噛み締め自分の怒りを制御しているのだ。 「さっさと立て!」としゃがみ込んでいる女の腕を乱暴に掴み、ドンと扉に向かって押した。彼女はそのままタイルの上に転倒し、ノエルはすぐに駆け寄った。可哀想に、膝の皮膚が切れて赤い血がぷっくりと滲み出る。 「立てるか?」 「…うん、ありがとう」  ノエルは彼女に手を貸して、その暴力的な男に向かってギッと睨みつけた。女子供に、それも自分たちの権力を盾に好き勝手する連中はどうも好きになれない。どうせこのような人間は立場によってコロコロと態度を変える。 「…出ろ!」、周りの視線にたじろいだ男は声を張り上げ警棒で地面を叩いた。一瞬電光が散り、仕方なく彼らは移動を開始する。ゾロゾロとゾンビのように待合室を出て断頭台に向かうのだ。ノエルは一番最後にその扉を潜って、彼らの後をついていく。  一本道の廊下の先、彼の言った地獄が待っているのか。  

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