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第85話

 リンクスキャットの毛皮を引き剥がして加工されたファーは、男の早足にふわふわと揺らいだ。真っ赤なサングラスに、腰まで伸びた栗色の髪、ツンととんがった黒いブーツは、派手好きの人間が多いこの会場でも特に目立っている。 「参加者の方ですか?」 「うん、ところでおねーさんめっちゃ美人だね。ご飯でもどう?」  軽薄なその男に受付嬢はあからさまに面倒そうに眉を顰める。慣れているのだろう、表情ひとつ変えず「データベースの照合を行いますので、このマシーンに手を翳してください」とマニュアル通りの対応を行った。 確認が取れるまで、男はニヤけた面を止める気は無い。    サム・マーチン、年齢は二十五歳、選別登録はされているが、リストにその名前は無い。それをほんの数秒で読み取ったマシーンは赤い点滅を三回ほど繰り返した。   「お客様のデータを拝見したところ参加者リストに記載がありません」    普通ならばそこで慌てるだろうが、男はキツい香水を撒き散らしながら大袈裟に正方形のカードをテーブルに滑らせる。   「あー、それね。僕は一般優生者枠だから。確認して」 「……」 「いやぁ、なんてラッキーなんだろ。たった二枠しかない一般人枠に入れてもらえるなんて。ほら、さっさと確認してよー」    急かされるまま、彼女はそのカードをマシーンに読み込ませている。今度はピピッと軽い音がして、男が嘘を言っていないことを証明するのだ。   「…確かに。ではこの『一般優生者枠』のカードを首に下げて、指定の席にご着席ください。」        正面の壇上には大きなモニターが浮いており、前方は円卓が、後方にはズラリと座席が等間隔に並べられている。    男は自分の指定された席が最後列であることに不満げだ。前に行けば行くほど著名人や権力者が独占している。  狭い通路に広がったファーは邪魔だ、すでに着席している連中は鼻を突く香水に顔を顰め、気遣いなどしない男はブニュっとそのブーツの踵で他の人間の足を踏みつけた。    文句をつけられる前に「ごめんねー」と口だけの謝罪で乗り切るのだから心臓に毛が生えているに違いない。   「えぇー、なんかしょぼ」    実に分かりやすい座席である。一般優生者はなんの装飾のないパイプ椅子だ。その椅子の上に番号札(パドル)が置いてある。なるほどこれを掲げて入札するのかとワクワクと心が踊った。 「君も一般枠当選したんだねー」 「え、あー、うん」 大学生くらいだろうか、隣の席の青年に馴れ馴れしく話しかけた。彼は顔を引き攣らせ関わりたくないというオーラを出している。 「僕ここ初めてなんだけど仕組みを教えて」 「…オレが?申し訳ないけど他の人に聞いてください」 塩対応は正しいだろう。男は『失礼』という言葉を知らないのでその青年を凝視した。質の良い礼服、脱がなくとも身体の靱やかな筋肉。スポーツマンなのだろう、健康的な出で立ちである。あれだ、常に人の中心に居そうなタイプの人間だ。 赤いサングラスから感じる視線に青年は耐えられず「何か?」とつい聞いてしまう。 「いんやぁ、知り合いに雰囲気が似てたから。でもよーく見たらあんまり似てなかったや」 「…はあ?はぁ〜…」    嫌そうに眉を寄せ、青年は(面倒な奴が隣になった)と言わんばかりにため息をついた。   「ねえ、その内ポケットから覗いてるのなに?」    次に男の目を奪ったのは、青年のジャケットからひょっこり頭を出した小さなロボットだ。    『ココ寒イ』 それは手のひらに収まるくらいの球体で、中心にはロボットの感情が分かる小さなモニター付きだ。解像度は低いがそこには雫マークが表示されている。所々塗装が剥げて年季が入っているので大切にしているのだろう。   「ゲッ!出てくるなって言っただろ!」と青年はそれを無理やり内ポケットに押し込むが、そいつは頭をひょっこり出して高くか細い声で『イアン、電話キテルヨ』と知らせるのだ。   「…後でかけ直すってメッセージ送っておいてくれ」 『オーケー、スグ送信スルネ』 「…後しばらくマナーモードな」  『アイヨ。マナーモード。』    小声でやり取りし、ようやくソイツは内ポケットで小さく折りたたまった。青年のジャケットが膨らむことも無く…一体どのような構造になっている?と男は興味津々だ。   「すごい!僕にも見せて!」 「…お断りします。」 「えー!なんで。減るもんじゃないしいいじゃないか〜!家のロボはポンコツで参考までに…」  「―もう始まるんで黙って」   会場の照明が一つ、二つと落ち、壇上がライトアップされた。司会者の女が演台の前にやって来て、深呼吸、明るい声色で話し始める。 『長らくお待たせ致しました。只今から帝国チャリティーオークションを開催致します。私競売人(オークショニア)兼司会を務めます、ジェリー・ジェーンでございます!』  女はオークションの落札金額全額を寄付すること、金銭のやりとりなど分かりやすく説明する。しかしその男には何一つ頭に入ってこなかった。 『まずは毎年恒例、家政婦にするも良し、好奇心の解消に使うも良しの王国民オークションからです』

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