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第86話

 ただ王国民だっただけ、ただ運が悪かっただけ。  自分の人生がその言葉で片付けられるのは誰だって嫌だろう。はじめに壇上に引きずられたのは若い女だ。泣き腫らした目、縮こまった体でスポットライトの中央でしゃがみ込んだ。 『ではまず名前と年齢を』 同じ女であるはずの競売人は笑顔で泣き崩れる彼女にマイクを向ける。それでもなお泣き続けるからか、「王国民は自分の名前もいえねぇのか」などの酷いヤジが飛び交った。   『アピールポイントがあれば…』 「…なんであたしが…家に帰りたい…」    このままでは埒が明かないと司会者の女は最低入札価格をモニターに映し出す。『…ロットナンバー14番、百コインから』それは子供のお小遣い程度の舐め腐った金額である。 「百一コイン!」 「百二コイン!」  くすくすと彼女を嘲笑う声が聞こえ、舞台袖で待機していたノエルはギリっと歯を噛み締めた。こんなことが罷り通って良いはずはない。    彼らは端金で王国民のプライドをズタズタにして喜んでいる。王国民の人身売買は彼らにとって"前座"でしかないのだ。   『百二コイン、他にいらっしゃいませんか?』   (…胸糞悪い)    キリキリと胃が傷んで、ノエルはこの国を牛耳っている人間がどれほど王国民に辛辣で差別的か思い出した。     『え?…王国民とハーフなの?だからなんか違和感あると思ったんだよね』  大学の友人は悪気があった訳では無いだろう。彼ら帝国民、特に優生者は王国民と優れた帝国民の血が混ざって人として動いていると考えつかなかっただけで。   『ノエルくんて喋り方変だよね、訛ってるの?』    そう言われ続け、ノエルはどんどん自分の喋り方を気にするようになった。亡き母が話していたリズムやイントネーションを"恥ずかしく"感じて、いつしか抑揚を付けないロボットより酷い無機質な話し方を覚えたのだ。      帝国で生きる王国民(彼ら)はノエル以上の苦しみを味わっている。     「――十万コイン!」    よく通る声が、マイクもなしにここまで聞こえた。それは思い切りが良く、周りに流されず堂々としている。    (…まさか)、意識の全てがその声の方へ集中した。その姿すら見ていないのに、体が、心がグッと惹き付けられる。       『十万コイン、…他にいらっしゃいませんか?』    誰もそれ以上の値段は口にしない、競売人は木槌(ガベル)をカン!と鳴らし『225番、十万コインで落札』と声を張った。      会場のどよめき、それは王国民にそこそこの値段がつくことが珍しい事なのだと物語っている。   『……えー、続いての商品は…』 「…くそ、次は俺か……」    先程まで小生意気な雰囲気を纏っていた青年も流石に怖気付いているようだ。だが拳をぎゅっと握り、一人、また一人と壇上に消えていく。競売人は進行通り、そしてヤジも健在だ。馬鹿にしたような最低入札価格百コイン。 ―しかし今年のチャリティーオークションは何かが違う。そこで値札を付け合う優生者達はたった一人の男によってそう確信した。 『百五コイン、他にいらっしゃいませ―』 「十万コイン!」    また同じ男が同じように競り落とした。そしてまた次、さらに次の商品も…。  ノエル以外、同じ部屋に居た王国民は皆。   「なんだアイツは?」 「一般優生者枠の人間らしい」  「…はっ、救世主にでもなったつもりかね」  ザワついた会場、…いよいよノエルの番である。表に出るということは晒し者になるということだ。  しかしノエルの興味関心は周りの空気に飲まれず落札を続ける男に向いている。   『続いての商品はこちらです!』  壇上を優雅に歩く。しんと静まりかえった会場の視線を独占するのはピアノコンクール以来か。当時は緊張のあまり演奏する直前に指がつって…思い出したくない黒歴史だ。     『ではお名前と年齢をお願いします』  (どこだ?)  前方の円卓にはどう見ても気取った鼻につく連中ばかりだ。では後ろか、視力は良い方だが後ろに行くに連れ暗く見えづらい。   (…いかんいかん、きちんと自分の仕事は熟さねば)と頭を仕事モードに切り替える。     『…えー、では自分の価値をアピールしてください』    向けられたマイクをノエルは奪い取った。 「俺は不死身だ」  何を言っている、普通ならばそう思うはずだ。自信過剰のちょっと痛い奴の戯言だと。  フェルトマイアーが何のつもりで計画を直前まで隠し、放り出したのか分からないが、不死身の男に心当たりのある連中ならば喉から手が出るほど壇上のノエルが欲しいに違いない。それにこの釣り餌に掛かった間抜けな獲物は不死身の男の姿すら見たことがない証拠にもなる。 『………ロットナンバー17番、百コインから』 「四十万コイン!!」 「百万コインだ!」  入札者は正面の円卓に座る派手な歌姫、彼女は王国打倒委員会と密接な繋がりがあると噂されている。若さとルックスで人気の政治家はきっと不死身を手に入れて揺るぎない地位が欲しいのだろう。だがどいつもこいつも小物臭が消えない。こいつら全員捕まえたとしても大した情報は得られないだろう。 (自ら『不死身を利用しようとしている組織と関係している』と言っているようなものだ。)    しかし保守党の国務大臣や優生者の中でもエリート、帝国軍の将校、…こいつらは顔色ひとつ変えない。     (大物は入札すらしない…か。クソ、課長は俺にどうしろっていうんだ) 「一千万コイン!!」    気がつけば値段がどんどん競り上がって、競売人が木槌を鳴らした時には『五千万コイン』でノエルは落札されていた。  正直不満だった。何せ他の王国民の時はそのよく通る声が落札していたのに、ノエルの番になった途端会場から居なくなったのではないかと思うほど静かになったからだ。   (絶対にあの男がいると思ったが…思い違いだったのか。そもそも不死身を手に入れたがっている連中の中に放り込むほど課長も馬鹿じゃないはずだ)    乱暴なスタッフが待っている扉の方へ歩いていく。「…お前にそんなに価値があるとは思えない」とそいつらは嫌味を零すが、大事な商品には暴行は加えない。   (…そういえば俺は誰に落札されたんだ?)    確か後方の席の方からだった気がする、…誰に落とされていようがどうだっていいが、逃げ出す方法は考えておかねばならない。    気は進まないが落札物保管庫(待機室)に保管されに行く事にした。   「おい!ちょっとあんたね、どっから入ってきたんだ!」と後ろのスタッフらが騒がしい。    …不死身を早速奪いにでも来たか?構わず歩みを続けるが、その喧騒はノエルの後を引っ付いてくる。   「ここは関係者以外立ち入り禁止だ!」 「オレはちゃんと許可得てますよ。」 「勝手なこと言うな」 「ほら、許可証。」    ノエルが足を止めチラリと視線を向けると、同じ藍色の瞳と目が合った。   「―兄貴!!!」    そう呼ばれて初めて ノエルは一番顔を合わせたくない人間と出くわした事に気がついたのだった。      

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