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第87話

 男は大きな不安に飲み込まれ、テーブルの上の綺麗な生け花をガシャンと地面に叩きつけた。飛び散った破片をサッと片付ける家政婦や難しい顔をしている三人の秘書は咎めることは出来ない。   「一体どうなってるんだ!あれから二日も経ってるんだぞ!」 「…どうやら派遣した役人からの連絡が途絶えたようでして…。お嬢様の情報を開示するように情報局に申請しておりますが時間がかかります」    ジョージ・バーンは秘書の報告に怒り心頭だ。もう投げるものがテーブルに無かったから良かったが。   「くそ、こうしている間にサロメは苦しい思いをしてるかもしれない…!私が直接行く!」 「それはなりません!…役人らがサロメ様の所へ到着したという連絡は来ています。入れ違いになったらそれこそ大変ですよ」    娘を助けたい気持ちは痛いほど分かるが、彼はエレモアシティーの市長だ。『スターシールド』が何者かの攻撃により崩壊し、沢山の死人怪我人が出ている。その対応をしなければならないはずなのに、娘の事以外何も手についていない状況だ。   (…これでは来月の市長選挙に(ひびき)かねん!)と考えるのは秘書ならば当然だ。それに彼ら秘書らはもっと重大な問題を彼に隠している。互いに目配せし、言うか言わまいか迷っているのだ。 『やめておこう』、『いや、ちゃんと伝えた方がいいのではないか』、チラチラと交わされるアイコンタクトで結論など出るはずはない。 「…とにかく連絡があったら直ぐ私に報告を」  ジョージはそう言ってノソノソと脂の乗った体を揺らしながら出ていった。      扉が閉まり数秒、秘書らはおしゃべりな家政婦を退室させる。疲れ切った顔で三人同時にため息をついた。 「…どうやら先生はあの動画のことを忘れているようだな。」  それは昨日の午後七時過ぎ、市長のデータベースに宛名不明の動画ファイルが送られてきた。開いてみると動画がクラッシュしており画面は真っ暗、彼はどうせイタズラだろうと秘書らに対処するようデータを転送したのだ。    それがまさか自分の娘を拐ったと思われる犯人からのビデオレターとは知らずに。      動画を修復してみると、そこには床に横たわり拘束されたサロメ・バーンと見知らぬ男が写っていた。どこかの建物の中、恐らくはエレモアシティー内だろう。天井が一部落ちて日光が射し込んでいる。しかし家具や生活感が全くないので空き家だろう。   ―『こんにちは、突然ですが貴方の可愛い娘さんを拉致しました。驚かないで、条件は簡単ですよ』   男は強い王国訛りで簡潔に目的を話した。   『不死身の男と娘さんを交換です。ね?簡単でしょう』と不気味な笑顔を向けて男はぐったりとしたサロメに近づいて見せる。口をあんぐり開け、半目のまま動かないサロメに一瞬死んでいるのかと秘書達は固まった。どうやら酷い拷問を受けて気を失っているだけらしい。…男が言うには、だが。 「発信元がモーリス・ジョンソン、サロメ様の救助を任された役人のデータベースからです。それに大量のウイルスが仕込まれていたようで、再生終了と同時に外付け機器が一台ぶっ壊れましたよ。」 「…全く困ったもんだ」    運がいいのか悪いのか、この動画を見たのは秘書達三人だけで、ジョージの目に触れることは無かった。   「どうするの?不死身の男を、って言われてもどこの誰なのかも分からないじゃない」 「…ここは警察に通報した方が懸命かと…」 「バカ、大っぴらになったらどうするよ。俺ら首切られるかもしれないぞ」   「………」    三人は生活がかかっているのでクビにはなりたくない。ただでさえ住居は瓦礫にまみれ、今失職すればお先真っ暗だからだ。   「…うーん、彼ならやってくれるかなあ……」 三人の中で一番若い秘書のひとりが小さくそう呟いた。    「彼?」 「はい、私の知人でして…所謂何でも屋みたいなやつなんですが…」 「なんか怪しい…信用できるの?」    何でも屋、映画やドラマなど画面の世界の中ではたまに出てくる職業だが他のふたりはイマイチぴんときていない。   「腕は確かだと思います。それに顧客の情報に関しては大丈夫です。…ですがスケジュールが合わないと受けてくれないかもしれない」 「スケジュール?そんなに忙しい奴なのか?」 「…一応まだ学生なので…」 「はあ?がくせいぃ?」    三人は暫く様々な意見をぶつけ合い、どの方法が穏便に、市長にバレずに上手くいくかを模索する。   「…じゃあそいつに頼むしかねぇって事か」  意見が纏まるのは早かった。その何でも屋に頼めばこの重荷を丸投げ出来るのだから。  

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